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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
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act.25

 天使化からの蘇生と直後のHP、MP消費で疲労が溜まっているのか、プロフェットから回復を受けてもリュータはまだ目を覚まさない。大丈夫ですか、とリュータに声を掛けていたプロフェットが、こちらの言葉に顔を上げた。

「カイン。あいつ、今ならまだ助けられるかもしれないだろ。プロフェット、レツに蘇生魔法、頼めるか」

 落ちていく魔王城最終フロアを見上げる。敵として既に対象外になってしまっているなら手の施しようがないが、万に一つでも可能性があるなら、そして自分にできることがあるなら行動した方が後悔をせずに済む。

「うん、地上の城は任せて。……その、気をつけてね」

「いざとなったらリュータの体を座標に設定して飛んで帰れるから大丈夫だ」

 地上に残された城の方で倒れているだろうレツはプロフェットに任せて、回復したMPを使ってもう一度上空へ飛ぶ。

 崩れ落ちる不安定なフロアで、小さな魔王は瞼を閉ざしたまま笑みを浮かべている。

 これは自己満足だ。倒されることを望んでいたカインにとっては、要らぬ世話かもしれないが。こちらとしても彼らには散々振り回されてきているのだ。少しくらい勝手をしても文句を言われる筋合いはない。

 MPの余剰分が勿体無いが、蘇生魔法に消費するMPは今の自分の最大MPとほぼ同じだ。MP回復薬をひとつ使用して、倒れたまま動かないカインに蘇生魔法を使ってみる。

 スマホのステータスガジェットでは、レツの時と同じくやはりパーティーメンバーに彼の名前は表示されない。けれど、パーティーメンバーでないと回復魔法をかけてやることができないわけではないのだ。それなら、きっと蘇生魔法も有効なはず。

 効果があったのか、スマホですぐに確認できないのがもどかしいところである。いかにも後衛らしい華奢な体を抱え上げて、転移魔法を構築し始めた。MP一で転移できる首の魔法陣は確かに便利だが、それゆえ一人分しか移送できないのがいっそう不便に思えてしまう。

 転移魔法を発動させようとしたその時、ふと魔王城のデバックポイントがこの場所にあるような気がして一旦中断する。発動しかけた移動魔法の魔法陣の上にカインを寝かせて、彼を先に地上へ転送させた。

 服と一緒に取り返した腕輪は手元にある。カインが倒れたことによって浮上していたこのフロアが崩れかけているところからして、“魔王”は既に倒されたものと認識されているはずだ。そして今のところ、カインの記憶と思しき情報は自分の頭には入ってきていない。リュータ――ウリエルには引き継ぎは行われないという話を信じるとするなら、今現在魔王の座には誰もついていないことになる。

 この状態でたとえば、資格を持たない自分が腕輪を使って他のデバックポイントと同じように管理者登録を行おうとしたらどうなるだろう。

 いざとなったら素早く発動できる首の魔法陣もある。完全に崩れてしまう前に、一度やってみるのもありかもしれない。

 分断された扉の向かいに、風雷の神殿入り口で見かけた石版と同じデザインのものを発見する。フロア最奥にぽつんと置かれた、豪奢どころか質素そのものな石の玉座だ。あの椅子に何かあるはず。近付いて椅子の背に触れたその時、誰もいなくなったフロアの全体が時間を止めた。次いで周囲が暗闇に染まり、いつものデバックポイントの風景になる。途端、一人だけしか進むことができないはずのデバックポイントに、なぜかリュータが飛び込んできた。

「ユウジ! ……あれ、ここどこ?」

「リュータ、おまえ……あー」

 デバックポイントとカインによって宙に浮いていたフロアの座標は同じだ。座標の書き換え先が対象外の地点になる瞬間に、合流魔法陣でも使って滑り込みで二人入れたのだろう。座標を入れ替える魔法なので、タイミングが完全に被れば動作に影響が出るのかもしれない。バグって今地上にはもう一人リュータがいたりして。

「転送魔法でカインだけが戻ってきたから、心配で」

「そりゃ悪かったな。まあ、目覚めたんならよかった」

 リュータが寝こけていたので目印がわりに置いてきたわけだが、どうやら置いていった直後に目が覚めていたようだ。プロフェットから状況を訊いて追ってきたのだろう。いやおまえまで来ると何かあった時に合流魔法陣では脱出できなくなるんだけどな。

「ここ、なに? さっきまで戦ってた場所とは違うみたいだけど」

「さっきの場所だよ。どうも、このフロア自体がデバックポイントだったらしい。今出ちまうと一緒に崩壊して二度と入れなくなりそうだから、どうにかしてポイント移せねえかなと思ってさ」

 ざっと説明してみたが、変わらずリュータは難しい顔で首を傾げている。

「えーとだな、魔王のすごい力はこの部屋で扱えるんだけど、この部屋が落っこちて崩壊したら、現代に帰るために必要な魔法とかも使えなくなるかもしれないだろ」

「なるほど。じゃあ、今からその魔王の力を使ってこの部屋が落っこちても壊れないようにするんだね」

「だからどうにか別のポイントにこの部屋の機能を――あ、そうか、そっちのが明らかに楽そうだな」

 難しく考えすぎていたのはこちらの方だったようだ。頭を悩ませるまでもない。この場所で行えるのは変数管理と、カインによって破壊されたと思われる冥地の神殿のステータス管理。このフロアの建物の外部・内部強度をとりあえずでたらめな数値にまで強化して――九八七六五四三二一二三四五六七八九とかいう数値にしてみた――、搭乗者、自分たちのラックを一時的に最大に上げる。変数・乱数管理機能でリスク確率をゼロに引き下げて編集完了である。

「じゃ、移動魔法組みつつぼちぼち戻るか」

 この場所と外部では時間の流れが異なっているおかげで、移動魔法では座標設定にゆっくり時間をかけることができる。

「ユウジ、危ない!」

「うおっ!」

 デバックモードの切り替えを行おうとして、リュータに引き寄せられた。たった今まで自分の居た場所に、白い渦がきらきらと輝いている。

「なんだあれ」

「……マムが、どうして」

 たまにリュータや師匠の話に出てきていた、天使を管理する存在にあたる者の名が挙げられた。天使の総大将的な偉い人なんだろうと漠然と捉えてその正体についてはろくに考えたことがなかったが、このデバックポイントに干渉できるということは。

「システムエラーを起こさせたのは、あなたたちですね」

 白い渦が暗闇の中でいっそう輝き、女性の形を取った。神々しさでいえばマリア像のような雰囲気だが、発言内容がいきなり異質だ。

「……システムエラーって、なんのこと」

 リュータが庇うように一歩前に出て、マムと呼んだ女性に話しかける。

「この世界には定期的にシステムの綻びを見つけ、自動修正するプログラムが必要です。しかし、同じものばかりを使っているとシステムの根幹に関わろうとしてくるものが後を絶たない。そこで私たちは、別のサーバーから移送する形で自動修正プログラム自体の定期入替も組み込みました」

 女性の言葉に寒気がした。

 現代に生きる人間は三次元の存在で、アニメやマンガ、ゲームなんかのキャラクターはいわゆる二次元の存在という表現をされる。二次元のキャラクターの愛好家が三次元に存在しても、二次元の内部にいるキャラクターが三次元の存在に直接コンタクトを取ることはできない。当然だ。二次元の存在は、「意思はなく」「生きてなどいない」のだから。ただの点と線で表された架空の存在。個々を個として見ることがないから、三次元に生きる人間たちは自分の支配下において二次元の世界を好きなように空想し、その中で彼ら、彼女らを生かし、殺し、愛で、あるいは忌む。

 しかし、ゲームやマンガの発展した日本に生まれていれば、一度は考えたことがあるはずだ。もし二次元の世界が本当に存在したら、もしマンガ本の用紙のその内側で、テレビゲームの液晶の中で、その世界が実在していたら。箱庭の中で、セーブデータを削除したゲームの世界はどうなっただろう。魔王を倒す前に飽きてしまったゲームの、悪魔の跋扈する状態で放置された世界はどうなっただろう。マンガの作者が急病で亡くなって、連載が終了してしまった世界で必死に生きようとしていた主人公は。

 つまりは、そういうことだ。

「……あんたらがへったくそなプログラミングするから、システム内部の人間使ってバグの後始末させようってことか」

 今までは放置しておける許容範囲内の訂正だったが、カインがよけいなことをしたおかげで引き継ぎがうまくいかず、あちら側でエラーを吐いたから様子を見に来たというところか。こちらの問いに、マムが首を振る。

「渡部勇次。あなたなら分かるはずです。あなたたちだって、自分たちの管理下にある下位の存在が不審な動きを見せれば原因を探るはず。そうして、解決が不可能となればその箱庭ごと廃棄し、作り直す」

 彼女は、この世界よりも現実世界よりもさらに上位に存在する世界の住人とおぼしきもの。たとえるなら四次元や五次元といった、自分たちには正確な定義や証明の不可能な世界に居る存在なのだ。

「廃棄も視野に入れ、検討のためにこちらへアクセスしました」

 媒体を手にした上位次元の存在による、媒体ごとの廃棄処分を、下位次元の存在が覆すことはできない。こんな、宇宙の果てにロケットでたどり着けても知り得ないようなことを、この場で知らされることになるとは思いもしなかった。

「おかえりなさいな、愛し子ウリエル。そこの個体――渡部勇次が惜しいのならば、あなたのために専用の箱庭を作ってあげましょう。その渡部勇次だけを飼い、上次元から管理し、永遠に自分だけのものにできる小さな世界を与えましょう。私にも、執着という感情は理解できます。あなただけを連れて、渡部勇次と引き離そうなどとはもう考えません」

 リュータは――ウリエルは、本来“あちら側”の存在なのだ。支配されるだけの自分たちとは違って。生産されるという意味合いでは彼もまた、彼女らの手の内ではあるのだろうけれど、意思さえ認めてもらえない自分たちとは別格の存在。たとえるなら、自分たちが管理者によってかんたんに削除されてしまいかねない「パソコンの中に保存された画像データのうちの一枚」だとしたら、ウリエルは彼女たちによって作られパソコンの製造・管理を任されたロボットというところだろうか。

 ふと、彼はウリエルとしてあちら側に居た方がいいんじゃないかという考えが脳裏を過ぎる。存在の不確かなものは、彼ではなく自分だったのだ。居場所が不安定なのも、ずっと。

 いつ破かれたり、処分されたりするやも知れないこの場所に居るより、彼女の元についた方が、リュータは安全なんじゃないのか。

「確かに、ユウジのことは大切だけど――おれは、ユウジだけが欲しいんじゃない」

 あちら側に帰れと口をついて出そうになった、その時、リュータが反論した。

「ユウジが悲しいのも苦しいのも嫌なんだ。ユウジを、昔のおれみたいに、ユウの時みたいに、おれのせいで、ひとりぼっちにさせるのはもっと……いやだ」

 ここで誘いを拒絶してしまえば、きっと彼女らはウリエルごと処分しようとするだろう。けれど、それは本能で分かっているだろうにリュータの言葉には迷いなどなかった。

「おれはウリエルじゃない。天城竜太だ。おれの幸せは、ユウジが笑っていられる世界で、一緒に笑うことだから」

 ――だから、マム。あなたのところへは二度と、帰らない。

 静かに言い切った彼の言葉で、頭を支配しかけていた呪縛が解けた。彼が天使でも、どんな存在であっても、リュータはリュータだと元気づけてやったのは自分の方だ。彼となら一緒に死んでも構わないと言ったのも自分の方だ。彼が同じことを口にしたなら、それを否定するわけにはいかない。

 忘れるところだった。彼を守りたいという自分のエゴで、彼の意思そのものを。

「そうですか。……では、プログラム通りに動かないデータは削除して、一から作り直すことにしましょう」

 マムが肩を竦めるような仕草を見せて、目の前に無数の小さな白い火球を生み出した。渦と同じ色のそれはおそらくは攻撃魔法だ。HP、MPに関わらず一発でも当たったら即死――というより、口振りからして存在自体なかったことにされてしまいそうである。

 案の定こちらに向かって飛んできた火球を左右に避ける。管理フロアの内部は暗闇に包まれていて、着弾箇所にいったい何があったのか、当たった部分は消滅したのかどうかも分からない。

「絶対、守るから」

 リュータがぼそりと呟いた。なら、おまえのことはオレが守ってやる。なんて口に出して言えるほど強くはないけれど。せめてお荷物はお荷物らしく、彼の足場を固定してやろう。

 ただ重たいだけのお荷物でも、彼を引き留めるだけの重石には、なれたのだから。

「リュータ」

 服のポケットの中で、師匠からの最後のプレゼントに手を触れる。師匠が敢えて魔王に引き継がせなかった、いわくつきの安っぽい腕輪。師匠のすべてを引き継いで、二人分の知識と二人分の考察が、何か武器にならないだろうか。

「うん」

「オレさ、今結構めんどくせえこと考えてるんだけど。……付き合ってくれるか」

「そんなこと。決まってるじゃないか。おれはユウジと一緒に居るよ。面倒でも、厄介でも」

 二次元の登場人物が、三次元の管理者を出し抜けたならそれはもう大偉業だと思う。

 だが不思議と、途方のなさも無力感も感じなかった。

「ありがとう。……なんかさ、根拠なんてないけど。おまえと一緒だったら、なんとかなりそうな気がするんだよな」

 彼に求められた時に感じた、奇跡だって起こせそうな万能感は今でも自分の中にしっかりと残っているのだ。

 やってやるさ。乗りかかった船だもんな。


「松崎。おい、松崎……大護」

 揺り起こされる感覚が、なんとなく久しぶりのような気がする。突っ伏して眠っていたおかげであちこちの痛む上半身をのろのろと上げてみると、目の前に居たのは“誰か”によく似た男だった。

「ユ……ああ、秀か」

「居眠りか? てか今週おまえずっと午前様だったろ、いつ寝てんの?」

「悪い。……変な夢見てた」

 変な夢、だったと思う。会社の同僚というだけでそれ以上でもそれ以下でもない友人止まりの目の前の彼が、眠っている間よく出てきていた。

 気付けば会社のデスクから覗いた窓はとっくに真っ暗どころか明るんでいて、どうやら残業して作業している間に居眠りからの朝帰りコースに突入していたようだ。シャワー、シャワー浴びたい。

「ふーん。なあところでさ」

 秀がこちらのデスクに行儀悪く乗り上げて、顔を近付けてきた。オレ今涎とかデスクの跡とか顔についてるかも。あんまり見ないでほしい。

「こんな人使い荒い会社二人で辞めちまおうぜ」

「……それで、どうするんだ?」

「起業すんだよ、起業。俺に良いゲームのアイデアがあるんだ。俺たちで次世代ゲームの看板タイトル作ってやるんだ」

 誰にでも同じ言葉で誘いかけていそうな様子ではなかった。夢を語る彼の話を聞きながら、デスクの上の書類を片づける。

「たぶん今とあんまり変わんねえ、それ以上に仕事量的には大変だろうけど。でも俺さ、大護とならすげえの作れるんじゃないかって思っててさ」

 デスクから軽く跳び降りた彼が、籠もりきったオフィスの窓をからりと開けた。朝焼けが寝起きの目に染みる。

 それから自信ありげな彼の笑顔が、染みた視界にまぶしく映った。理由は分からないけれど、ほんのすこし。

「なあ。俺と、ちっとだけ、世界変えてみようぜ」

 ほんのすこしだけ、見とれてしまった。


――END?


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