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譲れない手の中


そのまま薄暗い廊下の突き当たり、あんまり使われていない第二音楽室の前で灯は逃げ場を失ってしまった。


「はぁはぁはぁ…」


息が上がる。


体育以外で走る事なんてめったに無いのに。


「はぁはぁはぁ…」


その後ろで長距離走が苦手な男がフラフラしながら足を止める。


「はぁはぁはぁ…」


お互い、乱れた息を整えながらただ見つめ合ってみた。


「な、…はあ、っなに。」


やっとの事で灯が声を出す。


「はぁはぁ…、っなんで追いかけてくるの…?」


「はぁはぁ…、だって井上が逃げるから…っ」


肩で息をする岸谷くんに、灯は首を傾げる。


「…っ、岸谷くんその前から走ってたじゃん。」


やっと落ちついて来た息をもう一度ゆっくり吸い込んで、灯は少し笑った。


「…そうだっけ。」


それにつられて岸谷くんも下手くそな笑顔を作る。

クシャッとした、なんだか困っているような、不機嫌そうな…変な笑顔。

灯はフハハと首を天井に向けながら笑って、その後へたり込んだ。

足が痛い。

明らかに運動不足だ。


「…返して貰おうと思って。」


「へ?」


岸谷くんが遠慮がちに灯の手の中を指差した。


灯はそのノートをゆっくりと見つめる。


名前の欄にガッツリ“岸谷”とかかれていた。


「え!これ岸谷くんのノート?!」


「…うん。」


岸谷くんはポリポリ頭を掻いてぬっと腕を突き出す。


「…。」


返して、と突き出された手に、灯はなかなかノートを置けないでいた。


「…。」


「…井上?」


「ね、ちょっとこのノート借りてていい?」


「…っ!?」


灯は遠慮がちに訪ねた。




「ダメ。」


即答する岸谷くんの眉間にシワが増える。


正直怖い。


怖いけど。


「…ダメ?」


「ダメ。」


「どうしてもダメ?」


「…ダメ。」


「なんで?」


どうしても、


どうしても、もう一度確かめたいのだ。


必要以上に食い下がり、ノートをギュッと胸に抱く灯に岸谷くんは、あぁぁ…と何故か下を向いて頭を抱えた。


「…。」


「…。」


しばらく黙ってしまった岸谷くんは、ふと顔を上げ、真剣な目をする。


その目があまりにも綺麗で灯は思わずドキッとした。


1歩、2歩と近付く岸谷くんに、灯はノートを更にギュッと抱き締める。


「…いいよ。」


「…え、」


目の前にしゃがみ込む岸谷くんの頭を見ながら、灯は固まった。


岸谷くんはそっと灯からノートを取って、その場でペラペラめくり始める。


「いいけど、…そのかわりもうここで見て。」


近い。


息がかかるほど近い。




心臓、痛い。




廊下にノートを開ける岸谷くんの表情は見えない。


灯は彼の頭頂部を見つめながら、ただバクバクする心臓を抑えていた。


ペラペラ…。


あるページで岸谷くんの手が止まり、スッとノートが灯に返される。


「………っ!」


それは、


そのページは。


あの時たまたま拾ったページと同じ。





【井上が好きだ。】




「…っ。」


横を向きながらただ片手で顔を覆い黙る彼をもう一度見つめ、灯はそのノートをまたギュッと抱き締めた。


「…。」


しばらくして、一言も発しない灯に不安そうに岸谷くんは視線を走らせる。


「…あ。」


灯はその視線に気付き、慌てて自分のカバンを漁り、一冊のノートを取り出した。


「…?」


ズイッと今度は逆に岸谷くんにそのノートを押し付ける。


岸谷くんは遠慮がちにそのノートをパラパラとめくった。


パラパラ…


パラ…。


あるページでピタリと動きを止め、岸谷くんは視線を灯に戻す。


「…。」


「…。」



「…【かもしれない】って、何。」


嬉しそうにそう呟いた彼に、灯りもつられて笑った。



「へへ……っキャッ!」




ヘチャッと笑う灯を、


岸谷くんは思わず抱き締めた。



【Fin】


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