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 辺境にある港町はとても平和だ。二人一組で巡回する騎士達も、ついつい気が緩みがちである。

 ただ一人、堅物の隊長だけはいつも同じ警戒心をもって巡回にあたっているが、彼は本日非番だ。


「だんだん肌寒くなってきたな」

「雪の日の巡回は憂鬱だ」

「俺は雨のほうが嫌だけど」


 騎士になったばかりの若い二人組は、私語を慎むことなく歩いていた。


「隊長ってさ。暑い日でも、土砂降りにあっても、頭に雪がつもっても表情変わらなさそう」

「わかる。初めて隊長と組んで巡回に出た時、緊張で震えた」

「わかる。でも喋ってみると良い人だよな。先輩達も『意外と面白い人だぞ』って言うし」

「あの顔で怒ってないんだもんな。色々と損してるよ、隊長」

「自分自身には異様に厳しいけどな。休憩時間もクールダウンだとか言って、ずっと鍛錬してるし。副隊長に『隊長は鍛錬に取り憑かれているんですか』って呆れられてたし」

「まあでも、それが強さの秘訣だろうな。演習で隊長とあたらない事を祈る」

「俺も本気で祈ってる。噂に聞いたんだけどさ、隊長って毎日、早起きして家でも鍛錬してるらしい。動いてないと気が狂うんかな」

「俺は休まないと気が狂う。凄いわ、隊長」

「ああ、凄いな」


 取り止めのないことを喋っているうちに、巡回ルートも半分を過ぎていた。前述した通りこの港町は平和なので、騎士達が緊急で動く事態はほぼない。遭遇する事件といっても、ギックリ腰で動けなくなった老人を助けたり、脱走した牛を追いかけたり、危ない遊びをしている子供を注意したり、そんな程度だ。


「そう言えば隊長、子供達に『そこは危ないから離れろ』って言ったら、大泣きされてさ。固まってたぞ」

「心配して注意しただけだろうなぁ」

「なだめようとしたら、余計に泣かれてちょっとかわいそうだった」

「大人の俺達でもビビる迫力だもんな。子供には厳しいだろう」

「この国で一番強い騎士って言われてるのに、世知辛いよな」

「噂をすれば隊長じゃないか?」


 相方が指差す方向には、私服の隊長がいた。港へ続く道を歩いている彼のそばには、小柄な女性の姿も見えた。隊長が妻帯者であることは周知されているので、珍しい光景ではないのだが、この隊員達が夫妻を見かけるのは初めてだった。


「……隊長、笑ってないか?」

「……笑ってるな」

「笑うことあるんだな、隊長」

「そりゃあある…….いや、わからん。隊長だもんな」


 二人の足は止まり、ついつい目を凝らしてしまう。子供を前にしても愛想笑いすらできない、堅物な隊長が。異性なぞ眼中にありませんって感じの、硬派な隊長が。演習と演習の合間にも自主鍛錬して皆を青ざめさせた、真面目すぎる隊長が! ものすごく優しい顔で笑ってデートしている!?


「大切なんだなぁ、奥さんのこと」

「馬鹿。愛おしいって言うんだ、あれは」

「知ったような口をきくなよ。お前独身だろ」

「お前もな」

「……なんか隊長が羨ましくなってきた」

「俺もだよ」


 その時、少し強めの海風が吹き、女性が被っていた白い帽子を飛ばしてしまう。何の因果か、帽子は二人の方へ向かって飛んできて、ついでに噂の隊長まで連れてきてしまうのだった。二人は急いで姿勢を正し、隊長に一礼する。


「巡回ご苦労。何も異変はないか」


 妻の帽子を拾いにきた隊長は、部下を軽く労った。先程の笑みは幻のように消えている。本当に幻だったのかもしれない。


「はい! 異常ありません!」

「この後も気を引き締めてかかります!」


 こちらの二人組も、先程まで叩いていた軽口を華麗に仕舞う。別に喋りながら巡回しても隊長は怒らないのだが、堅物の雰囲気につられるのである。


「帽子、ありがとうございます! セドリック様」


 屈強な隊長の後ろからひょっこり顔を出したのは、彼の妻だ。最強の騎士の妻というより、どこにでもいそうな普通の女性であった。


「風のある日はボンネットを選ばないとだめですね」

「ボンネット、とは?」

「こう、顎の下で結べる紐がついてる……あら? セドリック様の隊の方達ですか?」

「そうだ。隊の中で一番若い二人だ」

「ごきげんよう。お勤めご苦労様ですわ」


 にこにこと明るい笑顔を向けられて、部下達は少し戸惑う。貴族の夫人というものは、下っ端の騎士に挨拶などしない人種だからだ。


「あっ、どうも……初めまして」

「こ、こんにちは……」

「セドリック様もこうやって、いつもお仕事なさっているんですね」


 隊長の妻には、相手も自然と笑顔にするような、ほんわかした雰囲気があった。


「わたしもここの道を通りますけど、セドリック様にお会いしたことがありませんわ」

「巡回ルートは複数あるからな」

「わたし、遠くからでもお見かけできないかしらって、歩きながらセドリック様を探しているんですよ。事前にお聞きしておけば会えますが、それはちょっとズルいですものね。偶然、出会えた方が運命的で素敵ですわ」

「そうか……だが、余所見は危ない」

「心配無用ですわ! わたしは夫一筋です!」

「そ、そうか……」


 あの隊長が明らかに照れていた。部下の視線にも気付いているのだろう。とても居心地が悪そうだ。

 強面の大男が、小動物みたいな妻に振り回されている様は、なかなかどうして面白い。何も見なかったことにするのが優しさだろうが、部下達は好奇心がうずいて仕方がなかった。


「お仕事の邪魔はしません! 遠くからこっそり眺めるだけです!」

「いや……手くらいは振り返すから」

「えっ? 宜しいんですか? ではセドリック様に見つけていただけるよう、両腕を思いっきり振り回しますわ!」

「回さなくていい。普通に頼む。君のことは必ず見つける」


 その後、夫婦は「足を止めさせて悪かった」と言い残して、散歩の続きに戻っていった。

 二人組も巡回を再開させるが、しばし無言だった。くどいようだが、あの堅物隊長がさりげなく……否、慣れた感じで妻の手を取ってエスコートする様は、彼らの視覚に衝撃を与えたのだ。


「……なんかさあ」

「……うん」

「凄いわ、隊長」

「ああ、凄いな」

「いや、隊長の奥さんが凄いのか」

「そりゃあ隊長の奥さんだからな」


 初々しい夫妻にあてられて、若い二人髪は顔を赤くしながら「凄い」をただ連呼するのであった。


 隊長夫妻と出くわした以外、何事もなく巡回を終えた二人は副隊長に報告をする。そのついでに「あの隊長にも勝てない相手はいたんですね」と言ってみたら、副隊長の片眉がぴくりと持ち上がった。


「それは奥方のことか? だったらお前達、運が良いな」

「運が良いって何がです?」

「知らないのか? 例のジンクス。隊の中じゃあけっこう有名だぞ」


 何のことだと二人して首を傾げる。彼らの素直な反応に、副隊長はニヤリと笑うのだった。


「巡回中に隊長の奥方から挨拶してもらうことができれば……」

「できれば、なんですか? 良いところで区切らないでくださいよ」

「もったいぶらないで教えてください」

「上官を急かすんじゃない。まったく……で、隊長の奥方に会えるとだな、その後トラブルに見舞われず定時で帰れるんだとさ」


 ちなみにこの日、若い二人の騎士はきっちり定時で帰宅していったそうだ。

本編はここまでです。この作品を見つけてくださり、ありがとうございました。

現実世界では親切な人が損をして、縁の下の力持ちとして頑張る人は正しく評価されていないように思います。努力した事が成果に繋がらないとしても、何らかの形で報われてほしい……なんて気持ちで執筆していました。グレースみたいにわかりやすく幸運が訪れてくれるとありがたいんですけどね(笑)


まだ書きたいエピソードがあるので、番外編として何話か付け加えようかなと思っています。気長にお待ちいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
素敵なお話をありがとうございました!
ほんわかで心あったまるお話、ありがとうございました!私も、グレース程ではなくても、親切を心がけたいと思います。 あとがきには全力で賛成です。
末永くお幸せに。
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