第16話「試練の招待」
それは、宣戦布告でも、脅迫でもなかった。
むしろ――
招待だった。
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深夜。
金輝島の上空に、黒い“文字”が浮かび上がった。
雲を裂き、夜空そのものに刻まれる。
『境界の王へ』
世界中の観測衛星が、同時にそれを捉える。
「……魔王からの、直接通信」
ミルスの声が、わずかに震えた。
文字は、ゆっくりと続く。
『力ではなく選択を以て立つ者』
『その器が本物かどうか』
『確かめさせてもらう』
最後の一文が、空気を凍らせた。
『来い境界の狭間へ』
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国連指令区画。
「罠だ」
即座に、複数の声が上がる。
「行く必要はない」
「応じれば、魔王の思惑通りだ」
クリス・ロンドは、画面越しに瑛斗を見る。
「少年」
「君が行かなければ、世界はどうなる?」
瑛斗は、一瞬だけ考えた。
「……境界は、不安定なままです」
「魔王は、別の形で揺さぶる」
松田美由紀が、静かに言った。
「つまり」
「行くかどうかに関わらず、試練は来る」
沈黙。
その意味は、重い。
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瑛斗は、仲間たちを見た。
「……俺は、行く」
皐月が、即座に言う。
「一人では、行かせない」
ラークも、剣を肩に担ぐ。
「招待なら、同行者も必要だろ」
ルルが、珍しく真顔になる。
「境界の狭間は、“世界の間”」
「生半可な覚悟じゃ、帰ってこれない」
瑛斗は、深く息を吸った。
「……覚悟なら、もうしてる」
それは、強がりではなかった。
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数時間後。
島の中央に、巨大な魔法陣と科学装置が並ぶ。
「狭間への座標、固定完了」
「戻りの保証は?」
ミルスは、首を振った。
「……ありません」
皐月は、瑛斗の手を握る。
「怖くなったら、引っ張るから」
「戻る方向に」
瑛斗は、小さく笑った。
「頼もしいな」
光が、三人を包む。
ルルの声が、遠くなる。
「――生きて、帰って」
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世界が、裏返った。
上下も、前後もない。
光と闇が、溶け合った空間。
「……ここが」
「境界の狭間」
ラークが、低く呟く。
そこに――玉座があった。
虚空に浮かぶ、黒曜石のような椅子。
そして。
そこに座る、一人の男。
魔王デイド。
「ようこそ」
穏やかな声。
だが、圧倒的な存在感。
「……俺たちを、殺しに来たわけじゃないみたいだな」
ラークが言う。
デイドは、微笑んだ。
「殺すだけなら、ここに呼ばない」
「私は、“見る”ために来させた」
瑛斗は、一歩前に出る。
「何を、試す?」
デイドは、指を鳴らした。
空間が、分岐する。
無数の光景。
救われる都市。
滅びる村。
戦争を選ぶ国。
共存を拒む人々。
「選べ」
デイドの声が、響く。
「正解は、存在しない」
「だが――」
「逃げる選択だけは、王に相応しくない」
皐月の呼吸が、早くなる。
ラークが、歯を食いしばる。
「……精神攻撃か」
「いいや」
デイドは、首を振った。
「現実の予告」
「いずれ、全て起こりうる未来だ」
瑛斗は、拳を握る。
(また……選べって言うのか)
だが、今回は違った。
瑛斗は、顔を上げた。
「……全部、選ばない」
デイドの目が、わずかに細まる。
「ほう?」
「一つの未来に、固定しない」
「選び続ける余地を、残す」
沈黙。
やがて――
デイドは、静かに笑った。
「……なるほど」
「それが、人の王の答えか」
玉座から、立ち上がる。
「合格だ」
「……なに?」
「少なくとも」
「今の貴様を、壊す理由はない」
空間が、揺らぎ始める。
「だが、忘れるな」
「次は――」
デイドの声が、低くなる。
「魔神族が、動く」
「選択では、止まらぬ存在だ」
光が、三人を包んだ。
⸻
金輝島。
三人は、膝をついた。
「……生きてる」
ラークが、苦笑する。
皐月は、瑛斗の肩を掴む。
「……帰ってきた」
瑛斗は、空を見上げた。
「……試練は、終わってない」
遠く。
虚界の奥で、別の闇が目を開いた。
デーモンロード・ダーク。
「……次は、俺の番だな」




