第17話「魔神の影」
虚界最深部。
光も、音も、概念すら曖昧な場所。
そこに――
“意志”だけが座していた。
「……遅い」
低く、しかし確実に世界を震わせる声。
闇が、人の形を取る。
黒翼。
裂けた角。
赤黒く脈動する核。
デーモンロード・ダーク。
「魔王デイドは、甘すぎる」
「選ばせる?考えさせる?」
「人間に、そんな猶予はいらない」
彼が一歩踏み出すたび、虚界が軋む。
「世界は、ぶつかり合えばいい」
「残った方が、正解だ」
⸻
同時刻。
地球・中東地域。
砂漠の真ん中で、地面が割れた。
警告も、前兆もない。
裂け目の向こうに見えるのは――
赤黒い空と、歪んだ岩山。
「……ドラード?」
だが、違う。
そこは、魔神族の領域。
境界が、強制的に引き裂かれる。
「う、うわぁぁ!」
人と、異界の魔獣が、同時に放り出される。
共存も、選択もない。
ただ――
混沌。
⸻
金輝島。
警報が、連続で鳴り響く。
「強制融合反応、確認!」
「都市部ではありませんが、規模が異常です!」
ミルスが、青ざめる。
「……境界操作じゃない」
「破壊です」
瑛斗は、歯を食いしばった。
「……ダーク」
ルルが、険しい顔になる。
「魔神族は、“通す”も“戻す”も無視する」
「世界を、一つに叩き潰す」
ラークが、拳を握る。
「……力押しか」
「そう」
ルルは、静かに言った。
「選択の余地を、奪う敵」
⸻
次の瞬間。
瑛斗の視界が、強制的に引き寄せられた。
赤黒い空。
燃える大地。
その中心に――
ダークが、立っている。
『……見えているな、境界の王』
直接、意識に響く声。
『これが、俺のやり方だ』
『救う?守る?』
『そんなもの、意味はない』
ダークが、腕を振る。
境界が、破裂する。
地球と、魔神領が、強引に噛み合わされる。
「……っ!」
瑛斗は、膝をつく。
皐月が、必死に支える。
「瑛斗!」
「……だめだ」
「戻せない……!」
ラークが、剣を振る。
だが――
空間が、剣を拒む。
「斬れない……?」
ルルが、叫ぶ。
「ダークは、境界の“外”にいる!」
「戻す対象が、存在しない!」
ダークの声が、響く。
『どうする?王』
『選べない敵を、前にして』
『それでも、選ぶか?』
瑛斗は、荒い息を吐いた。
(……選べない)
(でも――)
拳を、胸に当てる。
「……俺は」
「拒否する」
『……ほう?』
「選択を、奪うやり方を」
瑛斗の背後で、境界が、今までと違う反応を見せる。
揺らぎが、一点に集中する。
ルルが、息を呑んだ。
「……これ、境界が――」
「瑛斗の意志に、同調してる」
皐月が、叫ぶ。
「来てる……!」
人々の声。
世界中の恐怖と、
怒りと、
祈り。
それらが、瑛斗へ流れ込む。
「……ぐっ!」
ラークが、必死に支える。
「一人で、受けるな!」
瑛斗は、叫び返す。
「一人じゃない!」
皐月が、歯を食いしばる。
「支える!」
三人の足元に、新しい光の紋が現れる。
それは――
分断でも、融合でもない。
“停止”。
ダークの動きが、一瞬だけ止まった。
『……何をした』
瑛斗は、立ち上がる。
「世界を、“選べない状態”にするのを」
「今だけ、止めた」
完全ではない。長くはもたない。
だが――
確かに、魔神の進行は止まった。
ダークは、ゆっくりと笑った。
『……面白い』
『だが』
『次は、止まらない』
空間が、再び歪む。
ダークの姿が、薄れる。
『覚えておけ』
『選択を拒むなら』
『力で示せ』
そして――
消えた。
⸻
静寂。
瑛斗は、その場に崩れ落ちた。
「……限界」
皐月が、抱き支える。
「……でも」
「止めた」
ルルは、震える声で言った。
「……境界が、新しい段階に入った」
「“拒否”すら、選択肢になった」
ラークが、遠くを見る。
「つまり……
次は、真正面から殴り合いか」
瑛斗は、息を整えながら、呟いた。
「……俺、強くならないと」
遠く、虚界。
ダークは、闇の中で笑っていた。
「いい」
「それでこそ、壊しがいがある」




