第11話「分かち合う境界」
朝。
金輝島に、薄い霧がかかっていた。
瑛斗は、医療テントのベッドに腰掛け、自分の手を見つめていた。
(……まだ、震えてる)
力を使わなくても、身体の奥が、常に軋んでいる感覚。
「調子は?」
ラークが、静かに声をかける。
「……正直、昨日よりマシって程度」
「それでも、立ってる」
ラークは、短く笑った。
「冒険者向きだな」
瑛斗も、少しだけ笑う。
だが、その笑顔は長く続かなかった。
⸻
会議テント。
地球側・ドラード側・精霊族が集められた。
ルルは、宙に浮かびながら言う。
「境界はね」
「ひとりで持つと、必ず壊れる」
「世界の重さは、人ひとり分じゃない」
ミルスが、真剣な表情で問う。
「“分ける”とは、どういう意味?」
ルルは、指を折る。
「境界の役割を、いくつかに分けるの」
「通す人」
「支える人」
「戻す人」
瑛斗は、思わず前のめりになる。
「……俺は?」
「通す人」
即答だった。
「世界と世界を、行き来させる役」
瑛斗は、胸の奥が冷えるのを感じた。
「じゃあ、支えるのは?」
ルルは、視線を巡らせた。
そして――皐月で、止まる。
「……え?」
皐月が、声を詰まらせる。
「私……?」
ルルは、こくりと頷く。
「あなた、“揺れ”に強い」
「人の気持ちを、つなぐ力がある」
瑛斗は、慌てて言った。
「待って!皐月は、普通の人だ!」
「普通、だから」
ルルは、穏やかに言う。
「世界は、普通の場所に戻りたい」
その言葉に、皐月は黙り込んだ。
⸻
「反対だ」
ラークが、低く言った。
「彼女は、戦えない」
「戦わせないよ」
ルルは首を振る。
「守る役」
「境界が、暴走しないように」
「感情の、錨になる」
ミルスが、静かに言った。
「……理屈は、通る」
「魔力でも、技術でもない」
「人としての“繋がり”」
会議は、重苦しく進んだ。
誰もが理解している。
――誰かが、危険を引き受ける。
⸻
夕方。
瑛斗と皐月は、島の端に立っていた。
「……怒ってる?」
瑛斗が聞く。
「怒ってない」
皐月は、海を見つめたまま言う。
「怖いだけ」
「当たり前だよな……」
しばらく、波の音だけが続く。
「でも」
皐月は、瑛斗を見た。
「一人で壊れるより、一緒に壊れない方法を探したい」
瑛斗は、言葉を失った。
「……ずるい」
「何が?」
「そんなこと言われたら、拒否できない」
皐月は、少しだけ笑った。
⸻
夜。
対話区画の中央。
簡易的な儀式陣が、設置された。
科学機器と、魔法陣が、並んでいる。
「成功率は?」
クリス・ロンドが問う。
ミルスは、正直に答えた。
「……低い」
「失敗すれば?」
「境界が、不安定になる」
瑛斗は、一歩前に出た。
「やろう」
「……瑛斗」
「今やらないと、次に魔神が来たら――」
誰も、反論できなかった。
ルルが、両手を広げる。
「はじめるよ」
光が、ゆっくりと集まる。
瑛斗と皐月の間に、見えない糸が伸びる。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……っ!」
瑛斗の視界に、皐月の記憶が流れ込む。
笑っている顔。
怒っている顔。
泣いている顔。
皐月も、息を呑む。
「……瑛斗の、
こんな顔……」
互いの心が、一瞬、重なった。
そして――
光が、静かに収まった。
⸻
ルルが、安堵の息を吐く。
「……つながった」
ミルスが、計測器を見る。
「境界反応……安定しています」
瑛斗は、ふらつきながら立ち上がった。
(……軽い)
完全ではない。
だが、確かに――
一人の重さじゃない。
皐月も、息を整えながら言う。
「……なんか、変な感じ」
「心の距離が、近すぎる」
瑛斗は、苦笑した。
「今さら、だろ」
皆が、少しだけ笑った。
だが。
遠く、虚界。
ダークは、その変化を感じ取っていた。
「……分けた、か」
「ならば――」
「まとめて、壊す」
闇が、うねり始める。




