第12話「最初の協力者」
夜明け前。
金輝島は、静まり返っていた。
だが、その静けさは安らぎではない。
――張りつめた均衡。
瑛斗は、目を覚ました瞬間に理解した。
(……違う)
昨日までとは、身体の感覚が微妙に異なっている。
胸の奥にあった“圧”が、確かに軽くなっているのだ。
「……皐月」
隣のベッドを見る。
彼女は、眠っている。
だが、呼吸は規則正しく、苦しそうな様子はない。
(成功……したんだな)
瑛斗は、そっと息を吐いた。
⸻
同時刻。
ドラード側・自由都市ギルド訓練場。
ラークは、剣を振っていた。
――一太刀、一太刀。
だが、いつもと違う。
剣先が、空間に引っかかるような感覚。
「……何だ、これは」
振るたびに、“向こう側”の気配を感じる。
(まるで……世界を斬っているみたいだ)
その瞬間。
頭の中に、声が響いた。
『……通ってる』
ラークは、思わず剣を止めた。
「……誰だ」
『境界』
短い言葉。
だが、はっきりと意味が伝わってくる。
「……瑛斗?」
返事はない。
だが、繋がっている感覚だけが残った。
⸻
会議テント。
ミルスが、測定結果を確認していた。
「……これは」
「どうした?」
松田が尋ねる。
「境界反応が、瑛斗さんと皐月さん以外にも微弱に発生しています」
「場所は?」
ミルスは、ドラード側のデータを指し示した。
「……ラークさん」
一斉に、視線が集まる。
⸻
昼。
瑛斗は、ラークと向かい合って立っていた。
「……何か、感じない?」
ラークは、正直に答える。
「剣を振ると、“抜ける”」
「空間が、少しだけ柔らかい」
ミルスが、確信を込めて言った。
「……間違いない」
「ラークは、“戻す人”になりかけている」
「戻す……?」
ルルが、宙でくるりと回る。
「境界が、行き過ぎた時にね」
「引き戻す役」
「壊れないように」
ラークは、眉をひそめた。
「つまり……俺も、巻き込まれると」
瑛斗は、即座に言った。
「……嫌なら、断っていい」
「無理にやることじゃない」
一瞬の沈黙。
ラークは、剣の柄を見つめた。
「……俺は、冒険者だ」
顔を上げる。
「未知に、踏み込むのが仕事だ」
そして、静かに笑った。
「それに――」
「お前一人に、背負わせるのは性に合わない」
瑛斗は、思わず息を詰めた。
「……ありがとう」
⸻
その瞬間。
空気が、ピンと張った。
ミルスが叫ぶ。
「来ます!」
空が、再び歪む。
だが、今回は――裂け目が、不安定だ。
「……魔神族?」
ルルが、首を振る。
「ちがう」
「……試してる」
裂け目の向こうから、黒い“手”が伸びてくる。
完全な実体を持たない、探るような動き。
「……ダーク」
瑛斗は、歯を食いしばる。
「来い」
「……俺たちは、もう一人じゃない」
瑛斗の周囲に、境界の光。
皐月の胸元が、淡く輝く。
ラークが、一歩前に出る。
「……戻れ」
剣を、振る。
――斬ったのは、“敵”ではない。
歪みだ。
空間が、音もなく閉じる。
黒い手が、霧のように消えた。
静寂。
成功――だが、完全ではない。
遠く、虚界。
ダークが、ゆっくりと笑った。
「……三人」
「なるほど」
「ならば、次は“数”で来る」
闇が、脈打つ。
⸻
金輝島。
瑛斗は、二人を見た。
皐月。
ラーク。
「……これが、チームってやつか」
皐月が、苦笑する。
「いきなり、世界規模だけどね」
ラークは、剣を肩に担ぐ。
「悪くない」
空には、まだ不穏な揺らぎが残っている。
だが――
境界は、確かに広がり始めていた。




