その景色は
朱希はこの歳の平均女性体重よりも幾分軽い。
平時であればおんぶなど、なんてことない体重だ。
だが、今は夏季も上り坂を登り続け、かなり体力を消費している。
その上で更に上り坂は続く。
所々に小階段まである。
これがかなりキツイ。
軽いと言っても40㎏はあるだろう。
そもそもその重量を持つことが特に鍛えているわけでもない15歳の少年には厳しいのだ。
「はぁはぁ」
「ねえお兄ちゃん」
「なんだ?」
「重いとか言ったらはったおすよ」
「はは、軽い軽い」
と言いつつ、結構キツイ。
手がぷるぷるしてきた。
その時、後ろから誰かが近づいてくる気配がした。
朱希をおぶっているので、振り返ることが出来ないのだが。
「どうしたんですか!?」
やって来たのは中村先生だった。
やはり夏季達が最後尾だったのだろう。
もう別ルートに行ってしまう生徒はいないと判断し、登って来たのだ。
「先生。四季さんが、具合が悪そうなのでおぶっています」
「まあ! 大丈夫なんですか四季さん」
「はい。私は大丈夫です。草村君が大袈裟なんですよ」
「でも、顔色が悪いわ。それに赤い。熱があるんじゃないの?」
中村先生は心配そうに朱希に近づく。
それだけで朱希の体調不良は十分推し量れるだろう。
「待ってなさい。上に行って、鞍馬先生を呼んでくるわ。それにタンカも。草村君。四季さんをここに降ろして休ませてください」
中村先生はそう決断するが、夏季はこれに異議を唱える。
中村先生の判断が最善であると分かっているとしてもだ。
「・・・先生。四季さんは僕がおぶっていきます。もう少しで山頂ですし、問題ありません」
「そんな! 貴方だって辛いでしょう。ここは先生達に任せて」
「いえ、大丈夫です。やらせてください」
「そうはいきません。貴方達はここで休んでしてください。後は大人の」
「うるっせぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「っつ!?」
突然大声を出され、中村先生は絶句した。
普段、温厚な夏季からしたらまずあり得ないことだ。
「朱希は俺が運ぶ! 誰にも代わりは任せない!」
「草村君・・・」
「すいません先生。本当に大丈夫です。もう山頂は間近です。やらせて下さい。朱希は、俺じゃないと駄目なんだ!」
「~~もう! 私は上で待機しています。ゆっくりでいいですから。まったく、もうすぐ山頂じゃなければ絶対に許さないんですからね!」
そう言って中村先生は足早で登って行った。
夏季もそれに続き、一度朱希を背負い直すと足を前に出す。
「お兄ちゃん。間近であんな大声出さないでよ。耳に響く」
「あっ、悪い」
「熱くならないで。熱いのはあたし1人で十分だよ」
「はは、悪いな」
ほんと、どうかしてる。
思わず熱くなって先生に向かって大声を出してしまった。
朱希のこととなると、夏季は冷静ではいられないらしい。
「はぁはぁ。もう少し。もう少しだ」
「お兄ちゃん」
弱弱しく朱希が声を上げた。
「なんだ?」
「ありがとうね」
それを聞いて夏季は目をぱちくりされる。
そして、どうしようもなく嬉しい気持ちが胸を満たした。
「いいんだよ。妹の力になるのは当たり前だ」
「それでも、ありがとう・・・」
体がギシギシと悲鳴を上げている。
それでも登る。
この手は決して離さない。
上を見上げると、山頂が見えた。
「み、えた。山頂だ。着いたぞ朱希!」
「うん」
夏季は喜び、少し気力が戻って来た。
「お兄ちゃん降ろして。皆に見られたら恥ずかしいよ」
「・・・大丈夫か?」
「もう目の前じゃない。平気だよ」
夏季はゆっくりと朱希を下ろすと、ふらつく足で朱希は歩く。
「大丈夫か?」
「・・・余裕」
まったくそうは見えない。
ふらふらしている。
肩を貸そうとする夏季を拒み、自分の力で前へと進む。
そして、遂に山頂の見晴らし台へと到着した。
「つい、た」
かおりが朱希を見つけると急いで駆け寄った。
「朱希ちゃん! 大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫よ。それよりも、今は」
中村先生もやって来る。
しかし、朱希はそれには目もくれず、よろよろとした足取りで見晴らし台の奥へと進む。
眼下を一望できる所までやって来て、朱希は息を呑んだ。
「・・・綺麗」
その景色はこれまで朱希が見たどの景色よりも美しかった。
テレビで見ればなんてことない景色だ。
しかし、それがなんと眩い光景であろうか。
ああ、今ならば夏季の言ったことが理解できる。
自分の足で(最後は助けてもらったけれど)辿り着いた光景がこんなに素晴らしいものだったなんて。
いつの間にか、頬に涙が伝う。
朱希本人がそれに驚いた。
「あ、あれ?」
「朱希ちゃん。頂上だ。頂上だよ」
「・・・ええ」
かおりももらい泣きして、2人はしばらくその光景を見続けた。




