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その後

「鞍馬先生。お願いします」


「はいはい。四季。大丈夫か?」


 中村先生が保険医の鞍馬先生を連れてやって来た。

 鞍馬先生は30代の女性だ。

 髪をポニーテールで縛り、眼鏡をかけている。


 足取りが危なっかしい朱希を座らせると額に手を当てた。


「あっちゃ、これは熱いな。38度は超えてる。中村先生、タンカ用意して」


「はい!」


「朱希ちゃん。熱あるの!?」


「軽いものよ」


「で、でも鞍馬先生は38度って・・・」


 かおりは仰天して朱希の顔を覗き込んだ。

 その時、中村先生がやって来る。


「鞍馬先生。タンカ持って来ました」


「はいサンキュ。じゃあ、ここに置いて。ねぇ。体力のある先生はタンカ持ってよ」


 そう言うと、力のありそうな男子教諭2人がやって来た。


 中村先生は夏季をキッと睨む。


「今度は我儘は許しませんよ草村君。タンカで運んだ方が早いし安全です。文句はないですね?」


「・・・はい」


 朱希のことを思うなら、そもそも下にいる時点でそうすべきだったのだ。

 夏季の限界は近く、踏ん張りが必要な下り坂を背負いながら下る体力はもう残っていない。

 悔しいが、ここは先生方に任せるしかないだろう。


 朱希はタンカに寝そべり、男性教諭がゆっくりと持ち上げた。


 他の生徒達も、有名人である朱希が体調を崩したと知り、心配そうにそれを見守る。


 夏季は少し離れ、がっくりと座り込んだ。

 しばらく動けそうになかった。


 そこへ、中村先生がやって来る。


「ほんと、草村君には呆れます」


「すいません・・・」


「いいですか? 先生にあんな口の利き方をしては駄目ですよ?」


「本当に申し訳ありませんでした」


 夏季は頭を下げた。

 中村先生は腰に手を当ててため息をつく。


「・・・まあ、貴方と四季さんの関係を考えれば、分からなくもないですけどね」


 中村先生は学校内で夏季達の関係を知る、数少ない1人だ。


 そもそも、いくら夏季の旧姓が草村であっても、今は四季家に引き取られているのだから苗字は〝四季〟なのである。

 しかし、家庭事情を鑑み、いらぬ詮索をさせない為に、学校側に事情を説明し、旧姓の草村を名乗らせてもらっていた。

 書類上では夏季はあくまでも〝四季夏季〟なのだ。


「貴方の気持ちはよく解ります。でも、選択は決して正しいとは言えません」


「はい」


「まあ、それを許しちゃった私も同罪なんですけどね」


 そう言って、中村先生はちろりと可愛らしい舌を出した。

 低身長のこの人がやると、ずっと若く見えて、女子高生といっても通用しそうだ。


(何歳なんだろう? 聞いたら怒られそうだな)


 流石に女性に年齢を聞くほどデリカシーのない男ではない。


「さあ、少し休んだらお昼ですよ。四季さんは心配でしょうけど、貴方が楽しまないと、四季さんが苦い思いをしますからね」


「はい」


 それから、夏季は班の3人に事情を説明した。

 熱があったことを知り、皆同様に驚いていたが、中村先生が言っていたように、楽しまなければ朱希は悲しい思いをする。

 だから一旦朱希のことは忘れ、お弁当を食べ、景色を楽しんだ。


 そして、再びあの長い道のりを下山したのだった。


*********


 それから朱希は速やかに病院に連れて行かれた。

 後で両親2人も病院に迎えに来て、先生に頭を下げることとなる。

 その後で、帰って来た夏季に、静江からありがたい小言をいくつか言われた。


「なんで気が付かなかったのですか?」云々(うんぬん)


 人から見れば理不尽とも思えるお小言だったが、夏季も同じ考えだったので、静江の言葉に特に反論はなかった。


 1人、家に帰った夏季は、そっとベランダに出ると、隣の四季家のベランダに飛び乗った。

 静江に小言を言われたばかりなので、玄関から入りずらかったのだ。


 カラカラと戸を開けて中に入る。

 部屋には朱希が1人で横になっていた。


 良かった。

 ここに静江がいたらまた小言を言われていただろう。


「あ、お兄ちゃん」


「朱希。熱はどうだ?」


 夏季は心配し、ベッドの傍に寄った。


「ん。7度4分まで下がったよ」


「そうか。でも薬で一時的に下がっただけかもしれないから、静かに寝てろよ」


「分かってる」


 夏季はそっと朱希の手を握った。


 山登りの時よりも大分熱も下がったようだ。

 一先ずは安心した。


「お兄ちゃん。ごめんね。迷惑かけちゃって」


「いいんだ」


 夏季は朱希の髪を撫でると、朱希はくすぐったそうに眼を閉じた。


「はぁ。情けないなぁ。結局お兄ちゃんに頼っちゃった・・・」


「いいじゃないか。これからもいっぱい頼れ」


「そうもいかないんですよ。あたしにもプライドってものがありましてね」


 そう言って、朱希は上半身だけ起き上がった。


「おい。寝てないと」


「ちょっとだけだから」


 儚げな笑みで、朱希は夏季を見た。


「ねえ、お兄ちゃん」


 そう言うと、朱希は夏季の頬に手を当てて、ゆっくりと近づく。

 夏季はぎょっとした。


「おいっ」


「感謝の気持ち、上げるね」


 そのままスゥっと、息が吹きかかる位置まで近づいてきた。


 近い近い近い!


 夏季が離れようとすると、朱希は夏季の首の後ろに手を回し、逃亡を阻止する。


「あ、朱希。おい、だ、駄目だって」


「お兄ちゃん」


 熱で上気した赤い顔。

 潤んだ瞳は妙に色香がある。

 そのまま目を閉じると、夏季の唇に、


「~~っつ」


 そこを通り過ぎると耳元で囁く。



「びっくりした?」



 そう言うと、朱希はぱっと離れた。


「へ? あ?」


 夏季は呆けて、口をパクパクと開閉する。


「へっへっへ~。朱希ちゃんの唇はそうそう簡単には奪えないのだ」


「こ、このぉ! 朱希!」


「大声出すとお母さんが来るよ」


「ぐ、こ、この」


 べーと舌を出して朱希は笑った。

 またもからかわれたと、夏季は憤慨する。


「こ、こいつは。それだけ元気ならもう大丈夫だな! お大事に!」


 負け惜しみを言うと、夏季はベランダから出て行った。



 しばらく朱希はそのままの姿勢だったが、上半身をそのまま前に倒し、布団に埋もれる。


「・・・攻め過ぎたぁ」


 そのままグルグルとベッドの上でのたうち回る。

 顔が更に熱くなり、熱が上がってしまった気がした。


「うわ~。頑張ったなーあたし」


 胸を押さえると、鼓動が早くなっている。

 これは熱のせいか、それとも。


「でも、これくらいしないとお兄ちゃんはドキドキしないよね。ちょっとくらい意識させてやらなきゃ、お兄ちゃん誰かに取られちゃうよ」


 そう、誰にも渡さない。

 あの男は自分の物だ。

 必ず、恋人に、いや、結婚してやる!



「あたしとお兄ちゃんに血の繋がりなんてないんだから」

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