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だるい朱希

「うーん。遠足かぁ~」


 朱希は夏季のベッドに横たわり、ゴロゴロと漫画を手に持ちながら寝がえりを打った。


 夏季は机に向かって一緒に漫画を読んでいたが、くるりとオフィスチェアを回す。


「なんだ、行きたくないのか?」


 不思議そうに夏季が尋ねると、朱希はげんなりしながら頷く。


「だって、山に登るんだよ。かったるいよ~」


「いや、別に登山と言える程大袈裟なわけじゃないぞ。小高い丘みたいなもんだ。歩道もしっかりしてて、軽く階段を上がるくらいで」


「それがだるいんだって。何が悲しくて歩かないといけないの? 何それ美味しいの?」


「多分美味い」


「・・・え、マジで言ってる?」


 信じられないという顔で朱希は夏季に焦点を当てた。


「山頂が展望台になってて、そこで昼ご飯の予定だろ? きっと辛い思いをして登った後に食べる弁当はとても美味しいと思うんだ」


「はぁ・・・」


「それにきっと空気も美味い!」


 朱希はげんなりして枕に顔をうずめた。


「朱希?」


「お兄ちゃんは眩しいねー。何その青春野郎って面」


「・・・いや、面って」


「そういうのいいです。山歩きなんてほんと無理。行きたい人だけで行けばいいじゃん。むしろ登山部に任せればいいと思うよ」


「うちの学校に登山部はないだろ」


「はー、やだやだ。汗もかくだろうしさ、虫だって出るでしょ? その報酬がお弁当と空気? 割に合わなくない?」


「展望台からの景色は絶景らしいぞ?」


「景色ねぇ・・・」


 それを聞いても、朱希の心はまったく揺れ動かされないらしい。

 ベッドの上でバタバタと足を動かし、行きたくないと体で表現している。

 夏季は首を傾げた。


「辛い登山の後の景色を見たいが為に、山に挑戦する登山家は多いんだけどな」


「そんなもん、テレビで見ればいいよ」


「いやいや、自分で登るから感動もひとしおなんだよ」


 なんとか朱希の気持ちを盛り上げようとしたのだが、朱希は半眼で夏季を見るばかりで、高揚の兆しを見せない。


 夏季は頭をかいた。

 せっかくの学校行事。

 朱希にも楽しんでほしいのだが、何かいいアイディアはないものだろうか?

 頭を悩ませるが、ふと、ゲーム機が目に入った。


「朱希。今度発売予定のお前が欲しいゲームソフトな。俺が買ってやるよ」


「ほぇ!!」


 朱希がベッドから跳ね起きた。

 もし犬ならばブンブン尻尾を振っているだろう。


「そ、それは誠ですか兄上!!」


「ああ、正し、条件がある」


「じょ、条件?」


「今度の遠足を楽しみなさい。そしたらゲームを買ってやろう」


「なんと!」


「どうだ。ご褒美があると思えば頑張れるか?」


 ニヤリと笑うと朱希はコクコクと頷いた。


「あたし頑張る。頑張って山に登るよ!」


「よし、その意気だ。頑張れ朱希」


「イエッサー」


 朱希はベッドの上で立ち上がり敬礼した。

 現金な妹だ。

 夏季は苦笑しつつ、朱希がやる気を出してくれたことに喜んだ。


 ただ一つ、懸念がある。

 朱希の体力だ。


 山登りとなれば相応の体力を必要とするだろう。

 しかし、その体力が朱希にはない。

 どうしてものだろうか。

 夏季は考えを巡らせた。


*********


「僕が班長をやりたいんだけど、駄目かな?」


 夏季はホームルームで、そう申し出た。

 しかし、皆がこれに驚く。

 それもその筈。

 既に班長は朱希と決まっていたからだ。


「え、なんで? 四季さんじゃ駄目なのか?」


 健太が首を傾げる。

 かおりも同様で、和泉はあまり朱希に関わりたくないのか、無言を貫く。


 そして、朱希は、


「どういうつもりなの、草村君? 私が班長では不満ということ?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。一度そういうのもやってみたかったというか」


「それならば、この前班長を決める時に言えばいいじゃない。何故、今言うの?」


「それは・・・その時は班長の経験の大切さに気が付かなかったんだけど、よく思い返してみればそれもいいかなって」


 夏季はぎこちなくそう言うと、朱希はスゥっと目を細めた。


「もしかして、私の体力のなさを気にしているのかしら?」


 体が震えないように気を使った。

 正しくその通り。

 班長になれば朱希は絶対に無理をする。

 逆に、夏季が班長ならばその点、気を配ることが出来る筈だ。


 失敗したと思う。

 最初の班長決めの時に、この点に気が付いていたら、こんな面倒なことを言わなくてもよかったのに。

 しかし、それも後の祭りだ。


 朱希の体力面の不安に気が付いたのか、かおりは申し訳なさそうに頷く。


「・・・朱希ちゃん。ここは草村君に任せちゃっていいんじゃないかな?」


「・・・かおり」


 朱希は怒りを込めた瞳でかおりを睨んだ。

 一瞬かおりは怯むも、じっと朱希を見返す。


「草村君ならそつなくこなせると思うし。ねっ?」


「・・・私では、不安だというの?」


「そ、そんなんじゃない。そうじゃなくて」


「四季さん!」


 これ以上2人で会話させては不味いと思った夏季は、強引に割って入った。


「頼む。僕に班長をやらせてくれ。お願いだ」


 夏季は真摯に朱希に願い出た。

 ずっと瞳を見つめて離さない夏季を、朱希もじぃっと見つめている。


 そして、諦めたようにふぅっと息を吐いた。


「・・・好きにすればいいわ」


 それだけ言うと、朱希は自分の席に戻っていった。

 もうこれ以上会話をしたくないと言わんばかりに。


 かおりはオドオドしつつも、朱希の方に歩み寄り、何やら話しをしている。


 夏季達男子組は、ただ佇んで見ていた。


「・・・これは、怒らせちゃったね」


 健太が「まいったなぁ」と苦笑いを浮かべ、和泉は戦々恐々としている。

 朱希は一度怒りだすと後を引くことがある。

 夏季は、酷く申し訳なく思い、項垂れた。


 気分が悪くなる。


 朱希が体力面にコンプレックスを抱えていることは解っていたのに、デリカシーのないことを言ってしまい、班全体に悪影響を及ぼしてしまった。


 朱希だけではなく、他の皆にも申し訳ない。

 これでよかったなどとはとても言えず、夏季はそのまま突っ立っていた。



 その日、朱希は夏季の部屋に来なかった。

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