ぎこちないスタート
朱希とはあれから気まずいままだった。
あれ以来、夏季の部屋に朱希は遊びに来なくなった。
教室内で視線が合うことがあっても完全に無視された。
これまでは思わせぶりな顔をしていたのに。
特にあれ以降、班で決めることもなかったので、それから5人で会話をする機会もなかったが、どうにも居心地が悪い。
救いとしては、朱希がかおりとは普通に会話をしていることだった。
どうやら朱希の怒りは夏季1人に向けられているらしい。
それは本当に良かったと思う。
これでかおりまでとばっちりにあったら、本当に居た堪れない。
とはいえ、妹にこれだけ無視されて心穏やかでいられる筈がない。
夏季はしょんぼりしながら数日を過ごした。
そして、校外学習の日がやって来る。
*********
「皆さーん。これから目的地に向かいます。準備は万端ですかー?」
担任の中村先生が変わらずのほほんとした声でクラスメイト達に問いかけた。
特にこれといった反応はない。
「大丈夫でーす」
などの声がちらほらと聞こえる程度だ。
数人の生徒がこそこそと話をしている。
楽しみだとか、反対にダルいだとか、お弁当は何だとか、そんな話だ。
ふと、朱希と視線が交差した。
だが、朱希は何事もなかったかのように視線を外す。
夏季は寂しさを隠せなかった。
中村先生は頷くと、点呼を取り出した。
スムーズに進んでいくと、ある生徒の名前を呼んだ後、先生はため息をついた。
「はー。高梨君は欠席ですかー」
そう。
クラス一の問題児。
高梨は欠席していた。
元々班決めの時から自主的な動きを見せず、人数が足りない班に自動的に入れられてしまい、それでも特に何も言わなかった。
なんとなく皆、『こいつ、休むんじゃね?』と思っていたが案の定だ。
先生の反応からして欠席届けはないらしい。
無断欠席だ。
「仕方ありません。皆さんバスに乗って下さい」
中村先生に促され、ぞろぞろと生徒達はバスに乗り込んだ。
「はい。皆さん席につきましたね。では、クラス順に出発します。しばらく待機して下さいね」
「せんせー。おやつ食べていいですかー?」
女生徒の1人がそう言うと、中村先生は苦笑して頷いた。
「気が早いですなー。どうぞー。皆さんも食べたい人は食べていいですよ」
「やった! つぐみちゃん話わかるー」
「名前じゃなくて先生でお願いしまーす」
下の名前をちゃんづけで呼ばれてしまい、一応女生徒を嗜めるも、それ程本気で怒っているわけではないらしい。
まだ若いし、友達感覚で接してくれる生徒達に愛着が湧いているのかもしれない。
そうこうしていると、バスがゆっくりと動き出した。
ようやくスタートというわけだ。
バスが動き出すと、いやが上にも気分が盛り上がってきた。
通常の学生生活とは違う高揚感に夏季は支配されていった。
しばらく走ると、周りはガヤガヤと話し声が聞こえるようになり、生徒間で盛り上がりを見せる。
夏季も隣にいる健太と楽しく話をしていた。
時たま反対側斜め前の席に座っている朱希に視線を送るが、あちらは見向きもしない。
落ち込んだ。
(いかんいかん。しょんぼりしている時じゃないぞ。今はこの遠足を楽しもう)
その時反対側の席に座っている女生徒の様子がおかしいことに気がついた。
夏季はそっと声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
「・・・う、うん。ちょっと気分悪くて」
「バス酔いか」
夏季はすぐさま自分のバッグから酔い止め薬を取り出し、女生徒に差し出した。
元々は朱希の具合が悪くなった時の為に持っていたものだが、それが役に立った。
「これ、酔い止め。よかったら使って」
「え、いいの?」
女生徒が目を丸くすると、夏季はコクリと頷く。
「念の為持ってきて良かった。飲み物ある? よかったら僕の飲む? まだ口はつけてないよ」
「ううん。お茶持ってきてる。ありがとう」
女生徒は夏季から薬を受け取ると、ペットボトルのお茶と一緒に薬を飲み込む。
「効いてくれるといいんだけど。あっ、外の景色を見てると気が楽になるかも。ねえ、ちょっと席替わって上げれないかな?」
「あ、うん」
夏季は酔っている女生徒の隣の女生徒に声をかけ、替わるように頼み、2人は席を交換した。
「ありがとね。草村君」
女生徒は申し訳なさそうに謝ると、夏季は微笑んだ。
「あっ」
もしかしたら他にも具合が悪くなっている生徒がいるかもしれない。
夏季は席を立ち、バスの中をぐるりと見渡した。
生徒達は思い思いに騒いでおり、他に気分が悪そうな人は見当たらなかった。
朱希もかおりと談笑している。
夏季は安心して席に座った。
「そういうとこだよなー夏季は」
隣で健太がとても優しそうに夏季を見ていた。
夏季は意味が分からず健太に問う。
「そういうところって、何が?」
「いや、夏季が友達で良かったって思ってさ」
ますます意味が分からない。
夏季は首を傾げると、視線を感じてそちらを見た。
朱希だ。
朱希がチラリとこちらを見ていた。
夏季を見てくれただけで、妙に嬉しくなってしまうのだから、現金なものだ。
しかし、その視線は好意的なものではなかった。
ジィっと、鋭い視線を向けてくる。
(なんだろう? 咎める? 責める? なんだあの目・・・)
視線が交わったのは一瞬で朱希はすぐにそっぽを向いてしまう。
夏季はわけも分からず、首を傾げるばかり。
さっきから首を傾げ過ぎでぐるりと回ってしまいそうだ。
その視線が『他の子にばかり優しくしてないで、自分を構え!』なんて思っているとは、鈍感な夏季は夢にも思わなかったのだった。




