夏季のみた夢
俺は暗い教室の中にいた。
周りの生徒達は楽しく遊んだり、笑いながら話し合ったりしている中を、1人、孤独に佇んむ。
教師は俺を誉めそやす。
四季は凄い。
皆、四季のようになるんだぞと。
羨望の眼差しもあったが、ほとんどは畏怖が込もった目の光が俺を見つめている。
あいつは自分達とは違う。
違う生き物だ。
同じにはなれない。
同じになれない奴と一緒にいても仕方がない。
だから離れよう。
あいつの傍には寄らないようにしよう。
近くにいて、比べられたら堪らない。
同じ土壌にいることが間違っている。
近寄るな。
自分達に近寄るな。
そう、訴えていた。
「違う。こんなのは違う。間違っている!」
叫んだ。
孤独の牢獄に閉じ込められ、周りから声は聞こえるものの、その声は誰も自分に話しかけてはくれない。
引き取ってくれた母親さえも、自分を真っ直ぐに見つめてくれない。
「誰か。誰か、俺の声を聴いてくれ。誰か俺に応えてくれ。俺の望むものは、皆が当たり前と思っている日常。皆が普通と思っている学生生活だ。そんな当たり前の青春を俺は謳歌したいだけなんだ!!」
1人だ。
独りだ。
誰もいない。
・・・。
・・・いや。
いや、違う。
1人だけ、自分に笑いかけてくれた人がいた。
俺は、おれ、は・・・。
*********
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。起きて」
誰かが自分を呼んでいる。
自分を呼ぶのは誰だ。
誰も呼んでくれなかった自分を呼ぶその声は、誰だ?
夏季は目を閉じたまま、必死になって手を伸ばした。
ぽよん。
「はぇ?」
手ごたえがおかしい。
もっとしっかりとした、安心した硬い感触が、欲しいのに。
もにゅんもにゅん。
「お、おおおおおおっ! ちょ! あっ」
弾力がある。
自分が求めている物とは違う気がするが、これはこれで何処か安らぐ。
もっとだ。
もっとこの感覚を・・・。
もにゅんもにゅんぽいん。
「だらっしゃーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ドゴォ!!!!
「ぐああああああ!!」
とてつもない激痛が頭にキタ。
何が起こったのか?
夏季は星が飛び出てくる目を擦り、辺りを見渡す。
どうやら自分はベッドで寝ていたらしい。
では、先程までのは全てが夢だったのか。
何かとても寂しい夢を見ていた気がする。
だが、最後に不可思議な感触があった。
この手に掴んだあの感触は一体なんだ。
何となくいつまでも揉んでいたいと思ったあれは、一体?
まだ薄暗いが、目がようやく慣れてきた。
誰かが夏季の前に立っている。
目を細めると、それが自分の妹である朱希だと認識した。
何故か朱希は涙目で胸を隠している。
暗くてよく見えないが、顔が、赤い? 何故だ?
「えっと・・・。朱希、どうして朝から俺の部屋にいるんだ?」
朱希は四季家に部屋があり、夜はたまにこちらに泊まることもあるが、基本毎日帰っている。
朝からいるはずがないのだが、今日は一体どうしたのだろう?
「そこか! そこを聞くのか!? まずはあたしに何してくれたのか、そこを話そうじゃないか!」
「な、何か?」
どうやら朱希は相当怒っている。
寝る前に夏季は何かやってしまったのだろうかと焦る。
朱希がこれ程怒るのだから、ただ事ではないだろう。
しかし、昨日朱希と別れた時は何事もなかったと思う。
では何故だ?
自分は一体何をしてしまったのだ?
取り合えず謝る?
いやいやそれは悪手だ。
何について謝っているのか問われても答えられないのだから、その場しのぎに謝っているのがバレバレだ。
ここは更に怒りを買うのを覚悟で聞くしかない。
「あの、その、だ。朱希さんや・・・」
「あ゛?」
ガンの付け方が怖すぎる。
「えーと、ですね。貴方は何に対して怒っているのでしょう、か?」
「あ゛あ゛ん!!」
「ひぃ!」
「なめてんのかクソ兄貴。よくもあたしの柔肌の、更に一番柔らかい所を揉みしだいてくれたなコラ!!」
・・・。
どういうことだ?
触った?
いや、揉みしだいたと言ったか?
自分が、朱希に?
推理してみよう。
揉むと言うキーワードと、胸を押せて涙目な朱希。
この二つを合わせて導き出される結論とは?
「・・・ま、まさか」
ダラダラダラと、夏季から汗が噴射した。
それはもう、サウナの中が涼しいと思えるくらいに一瞬で噴き出した。
だというのに、ガクガクと身体は震える。
自分がやらかしてしまった行動は分かった。
寝ぼけていたのだ。
どんな夢を見ていたのか思い出せないが、無意識に手を伸ばしてしまい、そこにあった朱希の胸を、もみもみしてしまったのだろう。
ヤバイ。
これは非常にヤバイ。
とにかく、謝らなければ!
「すいませんでした!!」
夏季は姿勢を正して土下座した。
そんな夏季の頭を容赦なく朱希は踏みつける。
「ちょっと性欲がないんじゃないかと心配になっていたけど、まさかあたしに欲情するとは」
「違う。誤解だ!!」
「ほぉ?」
「寝ぼけてたんだ。腕を伸ばした先にたまたまお前がいた。やましい気持ちは全くない。本当だ!」
ぐわっと頭を上げて釈明する。
乗せてあった朱希の足を払う形となり、態勢を崩して朱希は「とっとっ」と言いながら後ろに下がった。
「じゃあ、事故だと、兄上はそう言いたいわけか?」
「あ、ああ。まったくもって申し訳ないと思っているが、劣情に負けたとかそういうことはない。信じてくれ!」
夏季は真摯に朱希の顔を見た。
朱希もじーっと夏季の顔を見返すと、ため息を吐いて目を瞑る。
「・・・分かった。取り合えず変態兄ってわけじゃなさそうだね」
「信じてくれるか?」
期待に胸を膨らませて、目を輝かせると、朱希は難しい顔をしながらも頷いた。
「取り合えず、クラスのみんなには言わないでおいてあげるよ」
恐ろしいことを言う。
そんな話が広まれば、夏季の学生生活は漏れなく終了だ。
後ろ指を指されて、学校を去らなければならないだろう。
そんな最悪の未来を回避できて、夏季はだらりと汗を流しながらも胸を撫でおろす。
「ぎゃ、逆に聞いていいか?」
「何さ」
「なんで朱希が俺の部屋にいるんだ?」
朱希もこちらの家の鍵を持っているので、侵入自体は問題ないだろう。
しかし、理由が分からない。
「ふっ、一度やってみたかったのだよ。ラノベやギャルゲーでよくある。朝兄を起こすというイベントを」
ズルりと、夏季はパジャマを肩からずり落とした。
そんなことで、夏季は朱希に頭を殴られ、踏まれたのか。
「まだ暗いじゃないか。なんでこんな時間に起こしに来るんだ?」
時計を見ると時間は朝の5時。
起こす時間にしては早すぎる。
「お兄ちゃん朝早いじゃん。これくらいの時間じゃないと起きてる時あるから」
確かに夏季は朝が早い。
6時には目を覚ましている時があるし、下手をすれば5時半には布団に転がっていても覚醒している時がある。
「・・・だからお前は昨日早く寝たのか」
そう言えば、朱希は昨日早く消灯した。
あの時から、この朝イベントを計画していたのだろう。
「まさか、兄に胸を揉まれるとは思わなかったよ」
「いや、ほんとごめん」
「まあ、これはこれで、お約束と言えばお約束だし、良しとしよう」
確かにこんなイベントはフィクションの世界では存在するし、そういう意味ではイベント回収といえなくもない。
「それでだよ。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ?」
朱希は先程とは打って変わってもじもじし、チラチラ夏季を見る。
夏季は首を傾げ、朱希の言葉を待った。
「どうだった? あたしの胸は?」
「え、あー、あー」
(胸を揉んだ感想? そんなのどう答えりゃいいんだ?)
正直言って、寝ぼけていたのでよく覚えていない。
しかし、そんな朧気ながら感じた記憶は・・・。
「結構な物をお持ちで」
正直に言ったら、殴られた。
正解は、なんだったんだ。




