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朱希と喧嘩?

 長い一日だった。

 夏季もひやひやものである。

 家に帰ると、どっと疲れの波が押し寄せてきた。

 一度その波に飲まれてしまうと、立ち直ることも出来ず、ソファーに突っ伏していた。


 その時、玄関のドアがガチャリと開き、ずかずかと足音が聞こえ、朱希がやってきた。


「よっ!」


「よお」


 簡易的な敬礼をした後、朱希はキッチンを見た。


「何か作るの?」


「あー、どうしようかな」


 ハッキリ言って精神的に疲れている。

 むしろ朱希は学校のことなどなんでもないようにしている。

 そのメンタルの強さには感心させられる。

 それとも、この間の静江の件と言い、自分がメンタル豆腐なのかと思い始める夏季。


 まあ、弱っているついでだ。

 ここは言いたいことを言っておこう。


「お前さ。もうあんなことすんなよ?」


「あんなこと?」


「高梨の件だ」


「ああ」


 なんでもないことのように言う。

 夏季は怒りと同時に不安となった。


「あそこで引いてくれたからよかったものの、本当に殴られていたかもしれないんだぞ?」


「ん~」


 キツめに言ったのだが、上を向きながら唇に手を当てる。


「大丈夫じゃない? あそこで手を上げる程馬鹿じゃないでしょ?」


 確かに、あれだけ大勢が見ている場で女子を殴ったら大問題になる。

 停学?

 あるいは退学か?

 考えればそんなことは解る。


 しかしだ。


「怒ったら見境がなくなるのが人間てもんだ。血が上っていたかもしれない」


「まっ、そうかもしれないけどね~」


 カリっと、怒りがこみ上げてみた。

 夏季は朱希を睨みつける。


「ちょっとお前危機感がなさ過ぎるんじゃないか? お前はクラスでも発言力も存在感もある〝四季朱希〟なのかも知れないが、そんなのお構いなしに突っかかって来る奴もいるんだぞ!」


「解ってるよそれくらい」


「いや、解っていない。お前は」

「解ってるって言ってるだろ!」


 大声を言われ、夏季は息を呑んだ。


「お兄ちゃんの言いたいことは解っているし、心配してくれてるのも解ってる。でも、あの場で声を上げないあたしはあたしじゃない!」


「・・・朱希」


「フン!」 と、朱希は首を横に振った。


「分かった。とは言わないぞ。お前がもしあんなことをまたするというなら、俺はお前を止める」


「ま、お兄ちゃんはそうするんだろうね」


 ストンと朱希はソファーに座り、腕を頭の後ろに組む。

 気まずい時間が流れた。

 2人は沈黙を続け、このまま朱希は帰ってしまうのかも知れないと、夏季は思い始めた。


 それを証明するように、朱希は立ち上がる。

 夏季は目を閉じた。

 これは引きずるかもしれないな。


 そう思っていたら、朱希は夏季の目の前に立った。


「お兄ちゃん」


「ん? 言っておくが俺は意見を曲げな」

「ごめんなさい」

「!」


 突然謝られ、夏季はぎょっとした。


「・・・あたしも意見を曲げない」


「そっか」


 あくまでも自分の意見を貫く。

 それが〝四季朱希〟という人物。

 一本の芯を持つ少女なのだ。


「でも、お兄ちゃんを心配させたことは事実で、それは本当に悪いと思っている」


「・・・朱希」


「だから、ごめんなさい。それに心配してくれてありがとう」


 珍しく朱希は神妙な顔をして一礼をした。


 こうなってしまうと困ったのは夏季だ。

 朱希が夏季に対し、これだけ真面目な顔をするのは極めて珍しい。


「まあ、座れ」


「ん」


 ちょっと居心地が悪そうに、朱希はソファーに座る。


「俺も同じように意見を曲げない」


「ん」


「だけど、言い過ぎた。悪かったな」


「へへ」


 朱希がはにかむので、夏季も苦笑する。


「意地っ張りな兄妹だ」


「ん。そだね」


 そう言うと、朱希は夏季の隣にやって来て肩を寄せた。


「お、おい」


「うへへ。いいじゃーん」


 嬉しそうに朱希は夏季にしがみ付く。

 ちょっと当たってはいけない部分が当たってしまい、夏季はなんとも困った状態に陥った。

 朱希は基本痩せているのだが、出るところはちゃんと出ているのだ。

 目を泳がせ、夏季は上擦った声を上げた。


「あー、その、なんだ。夕飯作るから」


「んー。もうちょっとしたらね」


 更に腕に力を込め、頬刷りしてくる朱希はまるで猫のようだ。

 夏季は苦笑し、朱希の頭を軽く撫でるのだった。 


*********


 あれから倉本も夏季と健太に絡むことが増えた。

 倉本改め和泉は内気ではあるものの、全く喋らないわけではなく、むしろ懐けばよく喋る性格だった。

 夏季は勿論、健太も気さくに話しかけるので和泉も安心して話すことが出来る。

 あれ以来、高梨は和泉に絡んでこなくなった。

 高梨の心理は分からないが、進んで面倒事を増やすつもりはないのかもしれない。


「で、このキャラは攻撃力が低いけど、クリティカル率が高いんだ。それにスキルを上乗せすれば、かなり強いアタッカーになる」


「へー。攻撃力だけ見ればいいわけじゃないんだ」


 和泉はソシャゲを解説し、夏季は後ろから和泉のスマホを眺めた。

 和泉はやはり結構なオタクだった。

 その点で夏季や健太とも気が合った。


 夏季はライトなオタクであり、健太も読書が趣味で雑食な彼は、有名作家や作品は勿論ラノベも読む人間だ。

 その代わり、アニメやゲームはあまりやらない。

 それでも、ラノベを読んでいるので綺麗なイラストやRPGのストーリーはよく解っている。

 和泉がやっていたソシャゲを知っていたのは、本屋でバイトしている時に攻略本を見ていたのだとか。

 そんな3人が揃えば、話も弾むというものだ。


「あの、さ。俺、実は2人と話したいとずっと思ってたんだ」


「そうなの?」


 意外だったので問い返すと、和泉は照れながら頷いた。


「ほら、ラノベの話とかたまにしてるだろ? それを聞いてたから・・・あっ、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、やることなくて寝たふりして耳を澄ませてたら、なんとなく聞こえてきて。な、なんか悪い」


「や。それは全然いいんだけど。だってさ健太君」


 健太は朗らかに笑った。


「そうだったんだ。俺も話せてよかったよ」


「だったら、声をかけてくれれば良かったのに」


 そう言うと、和泉は顔を赤くして下を向く。

 健太はため息をつくと、夏季に苦言を呈する。


「夏季、誰も彼もお前みたいに物おじせずに声を掛けられるわけじゃない。俺だって、入学時に夏季が声を掛けてくれたから一緒にいられるんだしさ」


「そういえばそうだったね」


 入学当初。

 夏季は教室を見渡し、誰か話しかけやすい人はいないだろうかと見渡したところ、小説を持っていた健太が目に留まった。

 それはラノベではなかったけれど、読書家なら穏やかな性格をしているのではないかという、ある意味偏見で健太に近寄った。


 夏季はこの陰キャだの陽キャだのといった呼び方が嫌いだが、陽か陰かで言われれば健太は陰キャに当たるのだろう。

 だが、穏やかでいて、中々のツッコミ上手な健太は、今では夏季の親友であり、意外にもボルダリングに挑戦してみたいと言ったバイタリティーも見せる。

 やはり、キャラクターなどは一概に黒か白かでは分けられるものではないと、夏季は思った。


「そういえば夏季ってさ」


「ん? 何、和泉君」


 あれから和泉は夏季のことを下の名前で呼ぶようになった。

 和泉も夏季に呼び捨てでいいと言っているのだが、なんとなく夏季は健太も同じだが、〝君〟を付けてしまう。


「英語得意なのか? 以前キュートって言った時があっただろ。あの時の発音が凄い良かったから」


「え?」


 夏季は目を丸くした。

 そういえば、前に和泉がプレイしているソシャゲのキャラをそう評したことがあったが、覚えていたのか。


「・・・夏季、教えてやりな」


 健太に苦笑いされながらそう言われ、夏季は胸を張って言う。


「ふっ、自慢じゃないが、小テストで英語は32点だったぜ」


「えっ、そうなのか? てか、何故に自慢げ!?」


「赤点は回避できるんじゃないかなと」


「いや、平均点いかんによっては出来ないかもしれないぞ。中間試験大丈夫なのかそれ!」


 和泉が心配すると、夏季は更に胸を張る。


「試験前日には本気出す!」


「間に合わないよ!!」


 夏季の友達にツッコミ役が更に加わった。

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