デートの帰り道で
夏季は気だるげにショッピングモールを歩いていた。
朱希の買い物も終わり、じゃあ帰るかと提案したところ。
「は? 何を言っているの? まだ時間はあるわ。ショッピングを続けましょう」
そんな答えが返ってきた。
先程は朱希の笑顔が見られるなら、こんなデートも悪くはないと思ったが、早くも前言撤回。
もう帰りたくなってきた。
朱希は変わらぬ速度でショッピングモールを悠々と歩く。
いつの間にか朱希は夏季と腕を組んでいる。
ちょっと恥ずかしいが、今日はデートだ。
少しくらいはいいかなと思う。
しばらく朱希は様々な店に足を止めた。
洋服、鞄、靴、化粧品、雑貨。
目を回しながら、夏季は朱希について行った。
そろそろ疲れもピークに達しようとしていた。
別にショッピングモールを行ったり来たり歩くくらいの距離、問題ないはずなのだが、この疲労感はやはり気疲れだろうか。
「なあ、他に何か買いたい物があるのか?」
堪らず夏季は朱希に尋ねると朱希はなんてことない顔をして言った。
「え? 別に何も買おうとしていないけど」
「・・・は?」
何を言っているのか解らず、夏季は硬直した。
「服は一着買ったもの。後はウインドショッピングよ」
「・・・嘘、だろ」
「え? なんで?」
唖然とする夏季を不思議そうに朱希は見た。
朱希にとって、服を買った後のウインドショッピングは自然な流れなのだろう。
まあ、夏季にとってはこの目的無く歩くことに戸惑いを覚えているだけなのだけれど。
朱希は夏季の態度で、何となく察したらしい。
「ああ、そういうこと。買う気がなくても歩くことに意味はあるのよ?」
「あるのか?」
朱希は頷く。
「このショッピングモールにどんなテナントがあるのか。そのテナントにどんな商品があるのか。それを知っておくことはとても有意義よ。何か物が必要と思った時に、頭の中に引き出しがあることは非常に重要。目的の物を買ったらすぐ帰ってしまっては勿体ないでしょう。兄さんは頭が固すぎ」
夏季は頭をかいた。
確かに、夏季は欲しい物を買ったら、さっさと帰っただろう。
しかし、朱希の目的は服だけでなく、このショッピング自体にあったのだ。
いや、夏季との楽しい時間。
ショッピングデートが朱希の最重要の目的。
夏季にとって、朱希の後ろをついて行く行動は苦行であったが、そうではない。
朱希と一緒にこのデートを楽しもう。
「そうだな。悪い。じゃあ次は何処に行こうか?」
朱希はニッコリと笑う。
「そうね。それじゃ・・・。」
何かを言おうとした朱希がピタリと止まった。
声をかけようとして、夏季も気がつく。
ジャラジャラジャラ。
この音は?
振り返るとそこにあったのは、ゲームセンターだ。
朱希はそれを凝視し、微動だにしない。
いや、小刻みにそわそわと動いている。
夏季は苦笑した。
「行こうぜ」
「え?」
「行こうぜゲーセン。今日は俺達2人だけだ。誰に気兼ねするわけでもないだろ?」
それを聞いた朱希は、ぱっと明るい顔を作り、タッと駆け出した。
「お兄ちゃん、早く行こ!」
夏季は小さく笑った。
どうやらゲームセンターを前に、貼りつけていた仮面はとっぱわれたらしい。
2人きりの時に見せる朱希の顔だ。
「慌てなくてもゲーセンは逃げねーよ」
夏季はゆったりと朱希を追った。
朱希が最初に目を付けたのはUFOキャッチャーだった。
だが、取ろうとしている景品がぬいぐるみだったので、夏季は慌てて止める。
朱希はもう十分ぬいぐるみを持っている。
この間も2個入手したばかり。
置ききれなくて、夏季の部屋にいくつか置いているくらいだ。
これ以上あっても置き場所に困る。
むすっとしつつも納得した朱希は、お菓子が景品のUFOキャッチャーに向かう。
舌なめずりする朱希は、クレーンを巧みに動かし、簡単にお菓子をゲットしてしまった。
景品のお菓子を穴に落とし、喜びのガッツポーズを決める。
「大きなポテチを取ったな。食えるのか?」
「余裕」
スーパーやコンビニで売られている物よりも大きいが、朱希が食べると言うならば食べるのだろう。
ちょっと体に悪そうだから夏季も手伝うつもりだが。
獲得して満足したのか、朱希は別のコーナーに向かう。
そこにあったのはレーシングゲームの機体だ。
「お兄ちゃん。これやろ!」
「ほう。こいつは」
それは夏季の自宅にあるレースゲーム。これは実際に運転できる機体だ。
この間、朱希は余裕をかまして夏季を嬲り、夏季の思わぬ反撃で返り討ちにあった。
どうやらそのリベンジのようだ。
「いいだろう。受けて立つ」
ここでいいところを見せようと、夏季は席に着いた。
朱希も座り、コイン投入。
レース開始だ。
序盤は互角。
簡単なコースなのでCPUは相手にならない。
夏季と朱希の一騎打ちである。
お互い抜いたり抜かれたり、アイテムを駆使し、どちらも一歩も譲らぬデッドヒート。
そしてとうとうファイナルラップ。
今は朱希がリードしている。
このままゴール出来るか!?
夏季はこの間家で勝っているし、ここで負けてもいいと考えていた。
妹に花を持たせるのも悪くはない。
が、
「「あ」」
取ってしまった。
前方の敵を攻撃する追撃弾を。
まさかここでこのアイテムが出ようとは。
朱希は夏季が引いたところを横目で見てしまっているようで、口をあわあわとしている。
(さて、困ったぞ)
手加減するなら、このアイテムを使わないままゴールするのがベストだが、朱希は夏季がアイテムを引いている瞬間を見てしまっている。
ここで使わなければ手加減していたとバレるだろう。
負けるのは嫌だが、手心を加えられるのはもっと嫌だ。
それが朱希という女の子である。
(仕方ない。許せ朱希!)
投げつけられた追撃弾が朱希のキャラに激突。
激しくスピンした。
「ぎゃーーー!!」
朱希は悲鳴を上げ、その隙に夏季はゴールした。
頭を抱える朱希を横目に、なんとも言えない罪悪感に襲われる。
「い、いや。これってさ。あれだ。運ゲーだな。結局最後でいいアイテムを引けるかどうかっていうさ・・・」
殊更元気に言うと、朱希はプルプル震えながら、
「もう一回・・・」
「はぇ?」
「もう一回だ。ていうか、あたしが勝つまでやる!!」
「あ、はは。ですよねー」
こうして夏季はしばらく朱希に付き合わされることになった。
*********
「いやー、楽しかったねー」
朱希はご機嫌で帰り道を歩いていた。
あれから朱希は夏季に連勝し、大変ご満悦な様子だ。
気に入った服も買えたし、夏季でいいのかどうかは分からないが、デートを楽しんでくれていたと思う。
「それじゃあ、またな」
「うん。今日はありがとうお兄ちゃん」
家の前で挨拶をし、家に入ろうとしたその時だ。
「あら。朱希。・・・それに夏季さん」
思わず、そちらを凝視した。
そこにいたのは、父の奥さん。
朱希の母親。
そして、夏季の苦手としている人物。
「・・・静江さん」




