ショッピング
「ちょ、ちょっと。何処行くんだよ」
夏季が追うように朱希に尋ねると、朱希は振り返る。
「何処も何も、兄さんの服を買うのよ」
「いや、俺は別に服は・・・」
一応古着ではあるが、ストックはある。
もっとも、朱希がお気に召す服があるとは思えないが。
「つべこべ言わずに買うの。分かった?」
「・・・うーん。分かったよ」
「よろしい」
こうなってしまった朱希は、聞く耳を持たない。
仕方なく夏季は従者の如く朱希に従い、後ろを歩いた。
朱希に引き連られるままに、夏季はメンズの店に入るなり、いくつもの服を持って来た朱希に、押し込まれるように試着室に放り込まれる。
流されるまま、着替えるとカーテンを開け、朱希に試着した服をお披露目する。
「ど、どうだ?」
一応着ていた服はそのままに、上だけ羽織って感想を求める。
夏季は着てみたテーラードジャケットを見せた。
朱希はじっと、夏季を見ると、コクリと頷く。
「うん。悪くない。兄さんに似合ってる。強いて言うなら、もっと背があるといいのだけれど」
「うるさいな! じゃあ、これを買うか」
「兄さん。お金は?」
「これを買うくらいはあるよ」
朱希は顎に手を当てる。
「とは言っても、これを買ったらもう買えないでしょ?」
「まあそうだな」
夏季は財布を確認すると、そこにはこのジャケットを一着買うお金しか入っていない。
どうも、朱希はそれが不満らしい。
自分の財布を取り出し、中身を確認する。
「私の服はいいから、兄さんの服を買えば・・・」
朱希がそうポツリと呟くので、夏季は目を見開いた。
「おいおい。自分の服を買うつもりでいたのか? じゃあ、お前は自分の服を買えよ」
このデートは朱希の買い物がメインだったのだ。
ならば、夏季はそれを優先してほしい。
朱希は、唸ると、渋々といった様子で頷いた。
「うーん、そうね。それじゃあ」
「ああ、これを買って」
「取り合えず、私が持ってきた服は全部試着して」
「えっ。これでいいと思うけど」
今日は陽気も良く、このジャケットが無くても問題ないが、これから梅雨に入れば、冷える日もある。
一着買っておいてもいいだろう。
だが、朱希は納得していないようで、夏季を試着室に押し込んだ。
仕方なく、次々に試着すると、そのまま朱希にお披露目する。
「やっぱり最初見せてくれたジャケットが一番しっくりくる気がするわ」
「そうか。じゃあ」
「じゃあ、これは一応キープってことで」
「は? え、キープ?」
夏季は嫌な予感がして、顔を引きつらせた。
「一着しか買えないならもっと吟味しないと。次の店。行くわよ」
「・・・嘘だろ」
その後、夏季は何店舗も付き合わされた。
正直言ってこれだけで、疲れてしまう。
そして、結局最初の店に戻ると、テーラードジャケットを買った。
そのことが、夏季の疲労感を更に増した。
夏季の買い物だけで午前中を使ってしまった。
2人は昼食を取り、午後の買い物に備える。
これでやっと本命である朱希の買い物が出来るというものだ。
昼食の為入ったレストランで、パスタを食べながら、夏季は朱希を見る。
朱希は涼し気に、上品にパスタを口に入れる。
「午後はまたこのショッピングモールを端から端まで回るから」
「・・・マジか・・・」
夏季の買い物で、相当歩いたというのに、また回るのか。
げんなりする夏季をよそに、朱希は水を飲み干した。
「何よ。これくらいで情けないわね」
「は、はは」
本当に、朱希の、いや、女性の買い物に対するバイタリティーには驚かされる。
何故体力のない朱希にこれだけのエネルギーがあるのか、理解できない。
妹がこれだけエネルギッシュに活動しているのだ。
夏季としても、弱音を上げずに朱希に付き合うだけ。
腹を空かせた夏季はパスタをペロリと平らげると、午後に備え、気持ちを切り替えるのだった。
朱希は午前と変わらずの速度でショッピングモールを闊歩する。
午前の疲れを全く感じさせない。
そもそも疲れていないのか?
むしろ夏季の方が遅れそうだ。
朱希は何店舗か周り、その度に夏季に意見を求めた。
「これは?」
「これなんてどう?」
「兄さんはどう思う?」
(俺の意見なんて聞かずに、自分の好きな物を買えばいいだろうに)
そう思った夏季だったが、それは流石に口にしなかった。
言えば、間違いなく朱希の機嫌が悪くなると、付き合いの長い夏季には分かっていたからだ。
聞かれる度に、
「いいと思うぞ」
「似合うぞ」
と、簡単な感想を言うと、朱希は「張り合いがないわね」と言いながら、再び試着室に入った。
「いつまで続くんだこれ」
疲れが溜まっている。
主に気疲れだが。
試着室を出た朱希が、再び服を二着持ってやって来た。
「これ、どっちがいいと思う?」
「!!」
夏季は戦慄した。
どっちの服がいいかを自分に選べというのだ。
だが、夏季は知っている。
こういう場合、女性は既に自分で気に入った服をほぼほぼ決めてしまっているのだ。
つまり、これは単純に自分がいいと思った方を言うのではない。
朱希が気に入った服を言い当てなければならないのだ。
夏季はゴクリと喉を鳴らす。
(どうすれば。一体どっちを選べば・・・)
朱希が手に持っているのは白のブラウスと薄い水色のワンピース。
どちらも朱希に似合っていると思う。
夏季には朱希がどちらを気に入っているのか判らない。
いや、二つ持ってくるのだから、少なからず迷ってはいるのだろう。
比重としては7:3といったところか。
朱希は夏季に後押しをしてほしいのだ。
(くっ、判らん)
どちらも朱希の好みだと思う。
こうなると、この場の気分なのか?
何をもってこの二着をもって来たのか。
その意図は?
なんだか、深い沼にハマったような気分だ。
「ねえ、黙ってないで。どっちなの?」
「う、それは」
「それは?」
夏季は震える手で、
(南無三!)
白のブラウスを指さした。
朱希はじっと、ブラウスを見る。
(ど、どうだ!?)
ゴクリと唾を飲み込んだ。
「そう。じゃあこれにするわ」
そう言って、朱希はワンピースを元の位置に戻すと、ブラウスを片手にレジへと向かった。
夏季はふぅと息を吐く。
どうやら正解したようだ。
こんな神経を使うことはもうしたくないが、おそらくこんなことがこれから先の人生でもあるだろう。
今から戦々恐々とした。
とにかくだ。
今日はなんとか乗り切った。
自分を褒めてやりたい。
朱希がレジから戻ってきた。
その手には、先程選んだブラウスが入った袋を持っている。
夏季は自然な動作でその袋を持つ。
その行動に朱希は満足そうに笑った。
「今のはいいわよ兄さん。ポイントアップ」
「そりゃどうも」
機嫌を良くしたのか、朱希は薄らと笑いながら歩き出した。
それを見て夏季は思う。
確かにこのショッピングデートは夏季にはしんどい。
だけど、朱希が嬉しそうにしているのなら、こんな時間も悪くはないと夏季は笑った。




