case4
目の前に、ダークブロンドの髪の死神が立っている。
短く刈り上げた髪、きっちりとした着こなしたスーツ、モノクルを身につけている姿は、厳格な家に仕える執事のようだ。
『おれは、今日死ぬのか』
「そうだよ」
死神に聞くと、死神は穏やかな声で答えた。
「いままで、よく頑張ったね」
俺の隣に座った死神は、優しい手つきで頭を撫でてくれた。
『あと、もう少し寿命を伸ばしてくれないだろうか?』
死神にお願いをするが、死神は首を横に降った。
『お願いだ!
本当に少しだけでいい!せめて、あの子が帰ってくるまでまってくれ!』
お願いだから!
お願いだから!
お願いだから‥‥‥
おれは、小さい頃"お父さん"と"お母さん"に捨てられた。
生まれつき足の悪いおれは、"お父さん"と"お母さん"にとって必要ないコだった。
最初は優しかった、"お父さん"と"お母さん"。だけど、大きくなるにつれ、足に障害があることがわかると、あからさまに、冷たく接するようになった。
今でも、覚えている。
雷鳴が響く夜、おれは"お父さん"に寂れた神社に連れていかれた。
-いいコで待っているんだよ、すぐに迎えに来るから-
"お父さん"にそう言われ、境内に置いていかれた。
小さくなっていく、"お父さんの"背中を追いかけたかった。だけど、"お父さん"が-いいコ-で待っているように言ったから‥‥必死で追いかけたいのを我慢した。
お腹が空いたけど、必死に我慢した。
"お母さん"にうるさいと言われたから、鳴きたくなったけど、必死で我慢した。
"お父さん"が
"お母さん"が
迎えに来てくれるのをずっと待った。
神社につれてこられて、4回目の朝を迎えた。
寂しいよ
お腹が空いたよ
本当はわかっていた。
"お父さん"も"お母さん"も迎えに来ないことを
ただ、認めたくなかった。
おれは、ここで死ぬのかな‥‥‥
そんなの嫌だっ
『助けて!』
死にたくない!生きたい!
だから、力いっぱいに叫んだ。声が枯れるまで叫んだ。何度も助けてを求めた。
陽が傾き始めた頃、知らない大人達が沢山、神社に集まってきた。
おれは、その中のひとりに抱きかかられた。
助かった、と心のそこから思った。
病院に連れていかれ、身体中の検査を受けたあと、おれは施設に入れられた。
そこには、おれと似たような境遇の奴等が沢山いた。
俺の様に捨てられたやつ。暴力を受けていたやつ。面倒見切れないと言われ、連れてこられたやつ。
みんな、様々な理由でここにいる。
施設に連れてこられて、しばらく経ったある日、一組の男女が施設を訪れてきた。
始めて見る顔に興味を持ち、友達と男女に近づいた。
女性は、おれたちに気がつくと優しく頭を撫でてくれた。
これが、今のお父さんとお母さんとの出会いだった。
最初は、今のお父さんとお母さんのことが怖かった。
"お父さん"と"お母さん"の様に、足に障害があるとわかると冷たく接するのではないかと思った。
だけど、お父さんとお母さんは違っていた。
施設の人から、おれの足に障害があること、歩けなくなる可能性があることを聞かされても、「家の中をバリアフリーにしなきゃね」や「車椅子が必要になるかな」と言っただけだった。
嬉しかった。
ありのままの、おれを受け入れてくれたことが。
一ヶ月に一回、お父さんとお母さんは、おれに会いに来てくれた。
一ヶ月に一回が、一週間に一回になり、毎日会いに来てくれる様になってくれた。
そして、桜が咲き始めた季節、正式にお父さんとお母さんの家族になることができた。
暖かいベッド
美味しいご飯
優しいお父さんとお母さん
家に引き取られてからは、毎日がとても幸せだった。
施設の人に《歩けなくなる可能性がある》と言われたが、お母さんと一緒にリハビリを頑張った結果、走ったりは出来ないけど、日常生活を送る分には問題外ないくらいまで回復した。
おれが引き取られてから、3回目の春に、お母さんが妊娠したことがわかった。
お母さんの妊娠を知ったとき、お父さんと一緒に喜びのあまり部屋中を駆け巡り、お母さんにおこられてしまった。
そして、紅葉が綺麗な季節に妹が生まれた。
妹にメロメロなお父さんとお母さんを見て、妹に嫉妬をしてしまった。
しかし、おれを見てにっこりと笑う妹に、おれもいつの間にかメロメロになってしまった。
おれは、この笑顔を守りたいと思い、妹の子守りを勝手でた。
妹が寝ているときは、隣に座り息をしていることを確認し、妹が泣けば、おもちゃを持ってきてあやしたり、おしめが濡れていたり、お腹が空いて泣いているときは、お母さんに知らせたりした。
妹がハイハイを始めれば、妹の行動範囲に危険な物がないか確認したり、後ろから妹の行動を見守ったりした。
歩けるようになれば、妹は毎日おれと散歩をした。
車の交通量の多い道を歩くため、おれは妹の安全に細心の注意をはらった。
この小さな存在をおれが守らなければならないと強く思った。
お父さんとお母さんに引き取られて幸せだったが、妹が生まれてからは、もっと幸せになった。
そして、妹が高校生になり全寮制の高校に行くことになった。
妹が家を出ることは、とても寂しいが、その高校に行くことが妹の夢への近道になるため、家族そろって妹の夢を応援した。
妹が家を出てしばらくして、おれは急に倒れた。
お母さんが慌てて、病院に連れていってくれたが、医師から告げられた病名は
悪性の腫瘍
つまり、癌
余命三ヶ月の診断
この時は、まだ治ると信じていた。
たくさん検査を受けた
たくさん薬を飲んだ。
たくさん注射を打った。
だけど、だんだんと体に力が入らなくなり、立つことも食べるとこともできなくなった。
一週間前に、ついに死神の姿を見るようになった。
この一週間、毎日死神に寿命を延ばしてほしいとお願いするも、毎回断られてしまった。
短くてもいいから、もう少し生きたい。せめて、あの子が、妹が帰ってくるまでは生きたい。
おれの死に目に会えないと、きっと妹は悲しみのあまりに立ち直れなくなってしまう。
だから
お願い
「ごめんね、もう時間」
死神は申し訳なさそうな声で言った。
死神は長い棒を振り下ろし、白い道を作った。
この道はあの世へ続いているのだろう。
『ごめんよ、亜紀』
ここにいない妹に謝り、道を歩こうと一歩踏み出した。
「ソラっ!」
おれの名前を呼ぶ声の方を振り向くと、そこには肩で息をしている亜紀が立っていた。
「空、ごめんね。来るの遅くなって。」
亜紀は泣きながら、おれを抱き締めた。
『泣かないでくれ、笑って見送ってほしい』
最後に見るのは、亜紀の笑顔がいい。
「そうだよね。私が泣いていたら、空は私の事を心配しちゃうよね。私を待っていてくれてありがとう、空」
息も絶え絶え言うと、亜紀に通じたのか、亜紀は泣き笑いをして、おれの頭を撫でてくれた。
『死神のお姉さん、おれの願いを叶えてくれてありがとう』
「私は、何もしていないよ。道が消えてしまうから、早く、行きなさい」
死神はおれのお礼に苦笑しながら答えた。
『お父さん、お母さん、亜紀、いままで幸せだったよ。ありがとう』
最後に、家族にお礼を行って、おれは白い道を歩き出した。
*****
調査書
名前 速水空
18歳
ゴールデンレトリバーの雄
特記事項
生まれつき、足に障害障害があったため、ブリーダー夫婦に捨てられた。
動物愛護施設に保護されたあと、速水夫婦に引き取られる。
享年0歳の予定だったが、生きたいと懸命に声を上げたため、奇跡的に18歳まで生きることができた。