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殺人鬼になりたくなかったので



黒く濁った赤色を短剣から滴らせながら女は記憶製造装置に近づいた。女の名前はイー。品の良さそうな真っ白のワンピースは短剣から溢れる赤色の液体で汚れている。もっともその液体は女の身体から出たものではない。女が先ほど短剣で刺した相手から噴き出たものだ。


女は美しい顔についた赤い液体を気にすることなく優しく微笑み、記憶製造装置を起動させた。錆だらけの機械がゴゴッと音を立てたあと、ウィーンと唸る。

女は中学生の時の記憶の製造を開始する。記憶を製造したところで現実は何も変わらないと人は言うだろう。それはどうだろうか。記憶こそが己にとっての現実になりえる。


装置が作動する。

女は中学生になった。



少女イーが辺りを見回すと、まさに校長先生が壇上で話している最中だった。イーの隣の座席には見知ったかつての学友が座っている。ななめ前の席の友人がイーに声をかけた。


「この服を着て、隠れていて」


イーはあの事件の記憶の製造をしてるんだなと思った。


イーが警察に初めて捕まった事件。

ななめ前の席の彼女は、これからみんなの前で校長を殺害する。そしてその時の服装と同じものをイーに着せた。

イーはそのせいで警察に捕まり、そこから抜け出そうとして警察を全員殺さなくてはならなかったし、その後も軍隊や政府やさまざまな人を全て殺さなくてはならなかった。

そういう人生を歩んできた。


この事件が無ければイーが警察に捕まることは無かった。

イーは何も罪を起こしてないのだから。


「わかったわ」


イーは笑顔で微笑み、その服に着替えた。

友人は校長を殺しに行った。

もうあの位置からはイーのことは見えないだろう。

イーは元の服に着替えた。

これで、捕まるのは真犯人の彼女だ。


けれど、後ろの席の少女がなにやら手で合図を送っていた。

イーが元の服を着ているという合図を。


この日、校長は最後まで殺害されることはなかった。


どうしたものか。イーの敵は真犯人である友人だけじゃないらしい。まさか協力者がいたなんて。

彼女たちは翌日からあからさまにイーを避け出した。イーが裏切ったことを怒っているのだ。

どうしたものか。イーは彼女たち二人を殺すしかなかった。


イーは赤い液体がべっとりついたセーラー服で教室に着席した。ひっ…とクラスメイトたちの怯えた声と、差別的な眼差しがイーに突き刺さった。イーはとても悲しくなった。


体育の先生にイーは相談をした。


「クラスメイトにいじめを受けているんです」


イーはとても美しい少女であり、大人から可愛がられる少女であった。特に体育の先生のえこひいきは大きかった。あからさまにイーの味方をしてくれていたのだ。現実世界でも校長を殺した濡れ衣でイーが捕まった時、「あんなに綺麗なのだから人くらい殺したっていいじゃないか」と言っていた。


記憶の中の先生もなんら変わりはなかった。


「わかった。クラスメイトだな」


先生は、任せておけとイーを安心させるように言った。


そして体育の授業でシャトルランが開始された。


「えー、では、遅いものから一人づつ殺す。死にたく無ければ走れ!!」


先生が笛を吹き、みんなは必死に走り出した。

誰だって死にたくなどない。


先生は遅い人から一人づつ殺して行った。


やがて、イーが一番遅い人になった。


「先生、私のこと殺すんですか?」


イーは息を切らしながら先生に問うた。


「お前は綺麗なので殺したくはなかった!だが、人を殺すのは楽しいんだ!今まで知らなかった!俺は人を殺したいんだ!綺麗なお前も殺したいんだよ!!」


先生はイーを殺そうと拳を振るおうとしたが、イーに殺され呆気なく倒された。

当然だ。先生はまだ10人ほどしか殺してない。

イーは現実世界で人類80億人全てを殺すしかなかったのだから。経験の差だ。


先生は体育館に倒れて口から血を流しながら言った。


「お前はこんなに綺麗だから殺したっていいんだ」


先生は息絶えた。


それから、警察がやってきた。

先生はもちろん罪人となったが、イーの行為も正当防衛とはみなされなかった。


イーは残念に思い、自分を逮捕した警察を殺した。



警察は数を増やしてイーを捕まえにやってきた。


イーは全てを殺すしかなかった。

捕まりたくなかったから。


やがて軍隊や政府がイーを捕まえにやってきた。


イーは全てを殺すしかなかった。

捕まりたくなかったから。


殺人鬼としてイーはTVに報道をされた。


イーは全てを殺すしかなかった。

そんな報道されたくなかったから。


TVを見た人がイーを殺人鬼と言った。


イーは全てを殺すしかなかった。

殺人鬼になりたくなかったから。


彼女を殺人鬼だという人類を80億人を全て殺すしかなかったのだ。


記憶製造装置が停止した。



女は赤い液体でべっとり汚れたワンピースを着て、微笑みながら、記憶製造装置を起動させた。

殺人鬼になりたくなかったので。



End.



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― 新着の感想 ―
[良い点] 殺すことをやめない主人公イーの意志の強さ。 [一言] 殺人鬼になりたくない、と言いながら殺人鬼で居続けるしかないイーが悲しく、そんなふうにしか生きられない運命を恨まず繰り返す精神が清々しく…
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