生贄少女ラビリンス
真っ赤な火が一帯を覆い尽くす。
右手も右足も左手も左足も火で燃え黒い塊となる。
火は部屋中を移りどんどん大きく成長する。
全てが火の赤さに包まれた。
「っ…!」
少女が目を覚ます。
少女の友である葱咲が「大丈夫?」と心配そうに覗き込む。
少女、弥姫はどこかぼんやりする頭で頷いた。
「ちょっと、嫌な夢を見てしまって」
藍色の髪の黒い着物の少女が悩んだように言う。
少女の名前は弥姫。10歳の娘だ。
「怖かったわね」
薄紅の髪の浅葱色の着物の少女がそっと背中をさする。
少女の名前は葱咲。12歳の娘だ。
弥姫と葱咲は魔物の生贄に選ばれた二人の娘だ。
魔物が村に美しい娘を二人差し出せと言ったのだ。
今二人は魔物の住む城に向かっている。
城には二人とも行ったことはないが、川の流れと星の位置で迷わずに行けることだろう。
弥姫はゆっくりと立ち上がって空を見上げた。赤色に光る星がたくさん見える。青色の大きな星と黄色の小さな星の灯りのおかげで夜道も見える。
「お城に向かおう、葱咲」
弥姫が言う。
「城に行くならまず、駅に行かなきゃだめじゃないかしら?城には直接入れないから、線路から行かなきゃ」
葱咲が言う。
弥姫は頷いた。
二人は赤い星を見てから目を瞑った。
0542368星から5789657星まで直進。5789657星から333545川へ沿って6685479星で右折。
それを、頭の中で思い描く。
そして閉じた目を開くと、二人は黒い機関車の中にいた。
城に向かう機関車だ。
ゴオオオオオォ。
機関車のうるさい音が夜の空に響く。
機関車は城の中に入り、二人を降ろした。
砂でできた巨大な城がある。
見上げれないほどの高い高い巨大な砂の城だ。
弥姫が葱咲に「入ろう」と声をかけて、二人は砂で蠢く城の中へと足を踏み入れた。
砂の城の中は床も壁も全て砂だ。
正面に長い長い砂で出来た梯子がある。
弥姫が先に登り、その少し後で葱咲が登り始めた。
梯子は長くて、先が見えないくらいだ。
城の壁が蠢くたびに、梯子も蠢く。
登り続けてしばらくして。
左右も前後も、同じような梯子でいっぱいになった。
壁が蠢くたびに、壁と壁の隙間から新しい梯子が出てくる。
「葱咲。気をつけて。登るのはこの梯子だよ。」
「ええ、わかったわ。弥姫」
梯子を間違えたら、正しい場所にたどり着かない。
二人はしっかり、一歩ずつ梯子を登り続けた。
どれくらい時間が経過したか分からなくなった頃、ようやく梯子は終わった。二人がたどり着いたのは真っ赤な洋風の絨毯の上だった。
水色のロボットがパンフレットを配りにきた。
弥姫はパンフレットを開いた。
「生贄ホテルへようこそ。生贄の皆様には1ポイントプレゼントさせていただきます。当ホテルではポイントが0になった方から生贄として食べさせて頂きます。部屋ごとに課題がございます。課題はテレビでご確認ください。ポイントがある間は自由にお過ごしください。」
パンフレットにはかわいいイラストと共にポップな文章でそう記載されていた。
弥姫は少し安堵をした。
魔物にすぐには食べられなくて済むからだ。
「葱咲。部屋はあれにしよう。右の2番目」
「弥姫。私は左の4番目がいいわ」
葱咲は別の扉を指さした。
「どうして?」
弥姫が問う。
「弥姫こそ、どうしてそっちがいいの?私はこっちがいいわ」
葱咲が言う。
それもそうだと弥姫は思った。
弥姫は自分がなんで右の2番目の部屋にしたいのか説明できなかった。
なので弥姫と葱咲は別々の部屋に泊まることにした。
弥姫が部屋の扉を開ける。
中は白を基調としたアンティークでお洒落な部屋だ。
ふかふかの大きなベッドが二つある。
部屋の隅に銀色の錆びた鉄屑があるのだけは少し気になったが、大きなテレビもあるしシャンデリアは弥姫が見たこともない美しさで、たかだか鉄屑のことはさして気にならなかった。
弥姫はさっそく課題をやろうとして、ベッドにリモコンを取りに行ってびっくりした。
見知らぬおじさんがベッドで寝転がっていたからだ。
「…!!」
弥姫はびっくりした。
弥姫は少し考えて、そしてパンフレットを開いた。
「部屋には2人から5人の生贄が入室できます。1人の場合はホテル側が仲間を用意します。好きにしてください。」
なるほど、魔物側が用意した人間なのか。
弥姫はそう理解してから、悩んだ。
知らないおじさんをどう好きにしたらいいかわからないからだ。おじさんはよくわからないし少し怖かった。弥姫にとって、おじさんは父くらいしか身近に居ない。とはいっても父は村を守るために弥姫を捨てたが。
「(そうだ、父か)」
弥姫はベッドに上がり、おじさんに抱きついた。
「パパ!怖かった!!!」
《002…記憶製造ヲ開始シマス》
部屋の隅の錆びた鉄屑の鉄屑から音声が流れた。
おじさんは起き上がって、弥姫の頭を撫でた。
弥姫はおじさんをパパにすることにした。
「大丈夫だ。弥咲、パパが一緒だからな」
見知らぬおじさんは弥姫を弥咲と呼んだ。
弥姫は弥咲になる。
弥咲は知らないおじさんと一緒のベッドに居る事にわずかな不快感を感じたが、生贄として食われないためにもうまくおじさんを利用しなくてはと思った。
そしてリモコンでテレビを付けた。
テレビには『四択クイズです。正解ならばプラス1ポイント。不正解ならばマイナス1ポイント。準備ができたらOKを押してください。』と表示される。
弥咲は絶対に正解したいと思った。
マイナス1ポイントされれば弥咲のポイントは0になる。
せっかく生き残れる可能性があるかも知れないのに、むざむざと死にたくはない。
弥咲は知らないおじさんに縋った。
「パパ。間違えたら私は死んじゃうの。一緒に考えてくれる?」
知らないおじさんは真剣な眼差しで頷いた。
「ああ、もちろん」
「ありがとう、パパ」
そして、リモコンのOKボタンを押そうとした時に、隣のベッドにも人がいることに弥咲は気がついた。
知らないおばさんだ。
「誰!?」
弥咲はびっくりして、思わず知らないおじさんに尋ねた。
知らないおじさんは少し悩んでから「ママだよ」と答えた。
《002…記憶製造ヲ開始シマス》
部屋の隅の錆びた鉄屑の鉄屑から音声が流れた。
知らないおばさんはベッドから起き上がった。
「あなた!弥咲!」
知らないおばさんは弥咲に抱きついた。
弥咲は知らないおばさんに抱きつかれたことに不快感を感じたが、我慢をした。
そして知らないおばさんはママになった。
クイズは難しくて弥咲にはよくわからなかったが、知らないおばさんが簡単に全問解いて、弥咲は1ポイントプラスして2ポイントになることができた。
弥咲は嬉しくなって知らないおばさんに「ママ!ありがとう!さすが有名な女子大の教授だわ!」と抱き付いた。
「そうだったかしら…?」
知らないおばさんは少し首を傾げた。
《002…記憶製造ヲ開始シマス》
部屋の隅の錆びた鉄屑の鉄屑から音声が流れた。
「ええ、そう、そうよ!私は教授だもの。」
知らないおばさんは弥咲を抱きしめ返した。
知らないおじさんは微笑ましそうに見守っていた。
そして三人で夕食を食べてベッドで眠る。
「パパが付いているから弥咲は何も心配いらないよ」
知らないおじさんが優しい声色で言う。
「ええ、ママもクイズなら任せて」
知らないおばさんも慈愛に満ちた顔で弥咲を見つめる。
弥咲は安らいだ気持ちで眠りについた。
翌朝。
弥咲は次の部屋に行くためにママとパパと部屋を出た。
《002…記憶製造ヲ中止シマス》
部屋の隅の錆びた鉄屑の鉄屑から音声が流れた。
パパは携帯電話を取り出して「B6895ルームの生贄、現在2ポイントです」と上司に報告をしていた。
ママは部屋を出た瞬間「三連休三連休」と楽しそうに歌いながら梯子を降りてしまった。
弥姫が「まって、パパ!ママ!」と叫んでも振り返ることすらなかった。
それからどのくらい時間が経ったか弥姫には分からない。
「弥姫…!どうしたの?大丈夫?」
左の扉から出てきた葱咲は廊下でしゃがんで泣いている弥姫にびっくりしたようにかけよる。
弥姫は涙を拭って、葱咲を見上げて「ちょっと、嫌な夢を見てしまって」と答えた。
葱咲の手を取り、弥姫は立ち上がる。
二人は次の部屋に進むことにした。
「今度はあそこの部屋はどうかしら?右の1番目」
葱咲が右を指さす。
「私はあっちがいい。左の10番目」
弥姫は左を指さした。
二人は笑って、また明日、と別々の部屋に進んだ。
生贄は悲観するほどのことじゃなかった。
村での暮らしも生贄の暮らしも変わらない。
いつか死ぬ毎日を生きながら、各々が自分で選んだ道を進んで、幸せを感じ苦しんでいく。
End.






