第56話 訓練
「……という訳でブロンズランクの試験を受けようと思ってます。よろしくお願いします。」
家に帰ったオレ達はマリーとディルにその説明をしていた。
それが終わるまでは遠征などへは行けなくなるからである。
「うーん、レイジくんの心配は全くしてないけど、問題はミルファちゃんね。
攻撃能力でいったらコモンの上位はあるかもしれないけど、ブロンズには届いてないと思うわ。
かといって、回復能力は出番が無ければ全く評価されることは無いの。
じゃあどうするか……という事で補助魔法を覚えるわよ。」
普段はマリーが行っている補助魔法。
ミルファがこれを覚えて試験に臨むという事らしい。
これはオレの僧侶より、ミルファの神官の方が適性があるようだ。
「とりあえず使うことは出来るよね。じゃあ後は実践だけね。明日は……そうね。ヴァルチャーあたりで試してみましょうか?
ギルドでお金貰ってくるのはエイルとディルでお願いね。」
と、こんな感じで明日の予定が決まってしまった。
武器の完成はもう少し先になるようだ。
「それで、そのお金は?結構な額になった?」
「よくぞ聞いてくれました。凄いですよ。見ます?どうします?」
ニヤニヤしながら焦らしてみた。
それは思いの外効果覿面だったようで、マリーは相当焦れてるようだ。
じゃあ出しますよと言い、アイテムボックスより今回の報酬を出していく。
そこから現れる百枚を超えるプラチナ貨。
それを見て「はっ?」と言ったっきり固まってしまうマリー。
ディルは、手に持ってるカップからお茶が溢れてる事にすら気がついていないのか。
「これが昨日出した素材分を今日受け取った額です。」
「こ、こ、これ……一体幾らあるのよ……。」
「1億6700万Gです。吃驚でしょ?」
子供が悪戯に成功した時のような笑顔でオレは答えた。
「い、1億……」
なんとその額を聞いたマリーは白目を剥いて倒れてしまった。現実でこうなる人を初めて見た。
数分で目を覚ましたマリーは、あれが現実だった事を確認し、エイルの胸で泣きじゃくっていた。
隣でミルファが貰い泣きしているが、そこには触れずにそっとしておいてやろう。
マリーが落ち着くまで、オレとミルファで夕食を作っている。
この日、久々に新しいメニューを作ってみた。
まあ、誰もが作ったことのあるアレだ。そう、ハンバーグである。
小学生の頃から母の手伝いで一番作っていた料理だ。
実はこの世界には肉をミンチにするという考えが無いようだ。
その為、店にも挽肉が売っていなく、その存在を忘れていた。
使う肉はワイルドカウとオークの合い挽きだ。
相性などは分からないが、絶対美味く作れる自信がある。
マリーも落ち着きを取り戻してるので皆でハンバーグを実食する。
……美味い。高級店のハンバーグなど食べた事はないが、多分こんな感じだろう。
それくらいこのハンバーグは美味い。
皆の反応がないのが気になるが……。
全員が固まったまま動いていない。
もしかしてこの世界の人々には不評なのだろうか。
しかしそれは杞憂だったようだ。直後には、
「うめぇ……これ……うめぇわ。」
「こんなに美味しいものがあったんですね。」
「レイジくん、今日はちょっとあんな感じで見る事出来なかったけど、作り方は教えてね。」
最高の評価だったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
かなり余裕があるので明日の朝も焼くだけで食べる事が出来る状態でアイテムボックスに入れておいた。
そして翌日。
朝食にハンバーグを食べると、早い時間から北のヴァルチャーの巣へと向かう。
お金に余裕があるからか、馬を三頭レンタルして行くことになったのだが、ここで初乗馬の洗礼を受ける事になってしまった。
それでも一時間でスキルを獲得すると、直ぐにスキルレベルを2にしておいた。
これでとりあえず乗れてる状態にはなったので、出発したのだった。
以前来た時は三時間掛かったが、流石に馬は早い。30分掛からずに着いてしまった。
戦闘に入る前にマリーはミルファに説明していく。
「いい?防御系支援魔法は切らさないことが第一よ。相手の得意攻撃を見極め、それに適した魔法でしていかなくてはいけないわ。
ヴァルチャーは以前戦ってるからその攻撃方法は頭に入ってるわね。いい?じゃあ始めるわ。」
そう言うとマリーはアンチセーフティの魔法を唱える。
これは周囲に魔物を集める魔法だ。ヴァルチャーの数匹は直後に真っ直ぐ此方に向かってくる。
「ガード!」
ミルファのガードで物理耐性が上昇していく。
オレはファイアボールを基本攻撃として、地上に降りた時だけ剣を使うようにしている。
ヴァルチャーの基本攻撃は嘴と爪だが、稀にカマイタチを繰り出してくる。
一瞬体を仰け反らしたらその攻撃の合図だ。
ミルファはその瞬間を見極めマジックガードを唱える。
今回はそのタイミングを計る訓練になるようだ。
一度に相手取るのは大体3~4匹。それもマリーとミルファの方には行かないように相手の敵対心を常に自分の方に引き付けなければいけない。
その為には、例え弱くても手数を出して注意を此方に向ける必要がある。
「なかなか難しいな。これはオレにとってもいい訓練だわ。」
ただ敵対心を自分に持ってくるのではなく、倒す時はしっかり倒し切り、相手の攻撃は出来る限り躱して行かなければならない。
オレの盾はダンジョンに現れたスケルトンが持ってた銅の盾に変更されてはいるが、エイルのように躱しながら戦う方がオレには合ってると思う。
それでも完全特化では無いので、状況によってはガードしなくてはならない。
その使い分けを無意識下でも出来るようにするのがオレの近々の目標だろう。
今はまだ相手の動きや状況を頭で整理するだけで精一杯だが、これを考えずに出来るようになれば、オレも一段階上に上がれるはずだ。
そうしてる内に、ヴァルチャーの身体が仰け反った。
それを目視したと同時にオレに赤い膜が覆う。
ミルファのマジックガードが絶妙なタイミングでオレに掛けられたのだ。
そのカマイタチによって僅かなダメージはあるが、マジックガードによって相当分のダメージが軽減されている。
「レイジくん!その攻撃も必ず回避方法はあるはずよ。それをしっかり覚えなさい。」
確かにエイルならば間違いなく回避するだろう。
それをしろと言う事は間違いなくオレを一段階上のレベルで見てくれている事だ。
それだけの期待に答えない訳にはいかないだろう。
この日は結局150匹ものヴァルチャーを討伐して終わる事にした。
「っ、はあっ、はあっ、今日は……はあっ、これで終わりですね……。」
「根性見せたじゃない。格好良かったわよ。」
ロードウインズに入り初めて行われたであろうトレーニング形式の魔物討伐だったが、かなりシンドかった。
その分、身体の動きが身に付いたという自負がある。
体育会系のトレーニングではあったが、身につく技術はそれに比例するように上がっていったので間違いなく合っていたのだろう。
結局ミルファの補助魔法のタイミングにはミスは一度も無かった。
こっちの才能もあるとは本物の天才なのではないか。と本気で思ったのだ。
金は十分あるが、150匹のヴァルチャーはしっかり持ち帰り、場合によっては自分達の食料にしよう。
暗くなる前に街へと戻り、馬を返却して家へと帰る。
この帰りに明日もやるのか聞いてみると、ミルファの状況把握能力なら大丈夫だと判断され、明日は自由にしていいとの事だ。
ならば少々防具でも見直しに行ってみようと決めたのだった。




