第54話another story ディルの一日
レイジが本格的に武器制作を始めたこの日、ディルは早くから外出準備を始めていた。
本来なら遠征から帰り次第直ぐに行きたかったのだが、昨日は前日の酒が残っていて流石に外出する事が出来なかった。
その為なのかは分からないが、この日は朝食も食べずに出て行ったのだ。
ギルドの近くにあるパン屋は日の出前からやってる店だ。
ディルは此処に立ち寄りパンを買い、食べながら目的地へ向かっている。
一人で行動する際には必ず立ち寄るこのパン屋では、毎回タマゴサンドを買っている。
レイジが来る前まではこれが何よりも美味しいと思っていた程だ。
まあ、今ではレイジ考案のメニューが一番どころか好きなものの全てを占めてるのだが。
そんなタマゴサンドを食べながら進み、次に立ち寄ったのは生花店だ。
「すまん。ご主人、いつものを頼む。」
ディルがそう言うと、生花店の主人が持ってきたのは真紅に染まったたった一種の花で出来た花束だ。
「お前さんもこの花が好きだなぁ。いつもこれしか買って行かん…。」
そう言われてもディルは答えはしない。ただその花を購入し店を出て行く。
ディルが辿り着いたのは墓地だった。
そして小さな、本当に小さな墓の前にその花束を捧げた。
〈サフィア此処に眠る〉
その墓石にはそう彫られていた。
ディルは先程生花店で買ってきたサフィアの花を捧げる。
ディルはそれから何時間もそこに佇んでいた。
何か見えているのだろうか。時折口元が緩みまた元に戻っていく。
ディルがこの墓に通い始めてもう10年になる。
誰も知らない。いや、正確には覚えていないというのだろう。
誰の記憶にも残っていないサフィアという少女。
その少女の墓でディルは一人佇んでいた。
既に正午は過ぎたのだろうか。
いつしかディルは墓石の前に酒を置き、自らもそれに口をつけている。
気付けばディルは誰もいないはずのその墓前で会話を始めている。
「エイルは相変わらずさ。――――最近になってやっと二人はくっついたようで……――――新たに入ったレイジってのが……――――俺はまだ……」
「まだ……何なんだ?」
突然背後から声が掛かる。
ディルが振り返るとそこにいたのは漆黒の衣服を纏った長身の男、パウロだった。
Aランク冒険者でマッドネスサイスのリーダー。そして、ディルにとっては幼き頃より寝食を共にしてきたかつての仲間だった男。
「パウロ……どうしてここに?」
「サフィアの事を覚えてるのはお前だけじゃないんだ。それともアイツ等は思い出したとでも言うのか?」
「……いや、エイルとマリーは今でも何も思い出してはいない。二人からはサフィアに関する記憶を失ったままだ。」
「当事者だった俺達以外は、誰もサフィアの事を覚えちゃいないんだ。仕方ねぇよ。」
「……で、お前は何時までそんな軍隊みたいなチームを続けるんだ?相当評判悪いぞ。」
「サフィアの仇を討つまでに決まってるだろ!無敵のチームを作って必ずサフィアの敵であるアイツを殺す。マッドネスサイスはその為に作られたチームだ。評判悪いのはウチの新人歓迎デスマーチに耐える事が出来ずに逃げ出したヤローが噂を流してるからだ。ほっとけよ。」
「そうか……。ただ、お前と所に一か月前からいるケントって奴がいるだろ?ウチにいる仲間の元々の連れなんだ。しっかり面倒みてやってくれ。」
「人様の心配か?まあ、一応聞いておいてやる。まあ、心配しなくてもケントはウチのデスマーチをやり遂げて、近々ブロンズ試験を受ける予定だ。既に一人前にはなってるよ。
……あと、一応気をつけておけ。東の森が、僅か一ヶ月でまた活発になってきている。何かあるかもしれねぇぞ。」
「わかった。頭に入れておこう。」
「サフィアに会いに来たつもりが邪魔が入ったな。……じゃあな。」
「……ああ。」
パウロは去っていった。
東の森が活発になってるという情報だけを残して。
墓地を出たディルは一般の住宅エリアへと足を運んでいた。
着いたのは街の教会だ。
しかしディルが向かったのは裏にあるシスター達の住居だった。
「あら?ディルさん。久しぶりですわね。お元気でしたか?」
「ああ。あの部屋へ入らせてもらっていいか?」
「ええ。当時のまま残してありますよ。私もその子の事は思い出せませんが、あの部屋だけがその子がいた何よりの証拠ですから。」
そういい、シスターはディルを案内していく。
二階の奥から三部屋目、扉にはサフィアと書いてある。
扉を開けディルは中へと入っていく。
10年前から変わらぬその部屋。
定期的に掃除はしているのだろう。ホコリが溜まってる様子は見受けられない。
部屋の壁には子供が書いた一枚の絵が飾られてある。
三人の男の子と三人の女の子が仲良く手を繋いでる微笑ましい絵だ。
「ここの部屋にいたであろうサフィアという子の事が記憶から無くなってからは、その絵に描かれてる子も姿を見せなくなりましたわね。元気でやってるといいのですが……。」
「ああ、全員元気でやってるさ。皆ゴールドランクの冒険者だ。」
「まあ!皆さん頑張ってこられたのですね。偉大なる神の導きに感謝します。」
シスターはそう言うと一旦その部屋を後にした。
その部屋に一人佇むディルが何を考えその部屋にいたのかは分からない。
ただ、その部屋の空気を感じ取るようにその部屋で立ち尽くしていた。
教会を出る頃には日が傾き、すっかり黄昏になっていた。
ディルはシスターに礼を言うと、ギルドの方を目指して歩き出した。
ギルドの前を通ると丁度エイルら四人がギルドから出てきた。
無事今日の換金を済ませて出てきたらしい。
そんな四人の後ろ姿を見送ると、そのままギルドの中へと入っていく。
向かった先はギルド長室。
ノックをして入ると、ギルド長とソニアの姿がある。
促されるままその席に着く。
「本題に入る前にエイルと話して決めて欲しいことがあるんだが。近々ブロンズ試験を行おうとおもってるのだ。
パウロとソニアの所から一人ずつ、お前らからはどうする?レイジなら問題なさそうな気もするが。」
「エイルに言っておこう。決めるのはエイルとレイジだ。」
「それで、今日パウロから聞いたよ。原因は?」
「まだ調査中だが、ある存在が関与している可能性が浮上してきている。」
そのギルド長の言葉を聞き、ディルは何か確信を得たような表情へと変わっていく。
「その存在とは?」
「あんたとパウロが長い事調べていたヤツよ。」
ソニアが口を開いた。と同時にディルは身震いをし呟いた。
「遂に動き出したか……オーディン……」
この会話から事態は動き始める事になる……




