第32話 リック王子
エイル達が王子の護衛でいなくなって二日目。
今日は一人で漁船の護衛に来ている。
ミルファはと言うと、家に誰もいないからと少し頑張りすぎて、今日はちょっと動けないらしい。
何を頑張ったかって?それは秘密だ。
ここロードプルフは南から南西が海に面している。
一年を通して温暖な気候であるこの地域の海には魚も結構豊富なのだ。
しかしやはり海にも魔物は多数生息している。
この護衛は金額は安い。
しかし討伐した魔物はそのまま素材として売ることが出来る。
船だから運搬の心配も要らないのだ。
沖に出て一時間、既にキラーフィッシュには数回襲われている。
こいつは攻撃性が異常に高い、少し大きめのピラニアみたいなヤツだ。
しかし実はこいつは美味。非常に美味かった。
他の海の魔物にも、こういうのがいるのではないかと期待している。
「おーい、傭兵さん!こっちにドラゴンフィッシュだー!」
こんどは違う魔物か。
見るとトカゲのような魚だ。
ドラゴンフィッシュと言うよりリザードフィッシュのが正しいだろう。
大きくもない。簡単に倒せた。
思ったより暇だな。
そう思っていたら船に何かがぶつかったかのように揺れる。
「おい!どうしたー。船底になにか当たった感じだったぞ。」
警戒しながら周囲を見渡していると、水面から何かが飛び出した。
「さ、さ、サハギンだー!」
サハギン!こいつは知ってるぞ。ファンタジーの世界の魔物で半漁人だ。
しかし、現れたサハギンは手足を生やした魚だ。何か違う。
一通り周囲を見ると、一番近くの船員に襲いかかる。
「ストーン!」
それが命中すると此方に狙いを変えてきた。
こうなればもうこっちのものだ。
シャムシールで普通に切ってやった。
しかし、サハギンの姿はちょっとショックだった。
今後出てくるかも知れないキメラとかオークとかも見てショックを受けないか心配だ。
「またサハギンが出たぞー。」
忙しいな。倒すのは簡単なんだが。
「こっちにはシーバードだ。」
くそっ、追いつかない。
サハギンを仕留め、直ぐにシーバードの方へ向かう。
既に一人やられてる。
「ファイアボール!」
火をボールのように丸く圧縮させた魔法だ。
密度の濃い火がシーバードを襲う。
一瞬で丸焼けだ。
「ほえー、兄ちゃん魔法も使うんか。たまげたなあ。」
さっきのストーンは投石だと思われてたのだろうか?別に構わないけど。
この後もちょいちょい魔物は現れ倒していく。
キラーフィッシュが地味に多かった。
昼過ぎには帰港し、この日の漁は終わりらしい。
討伐した魔物はその場で換金したが、思ったより安かった。
それでも護衛料と合わせて3万Gくらいになったからまあまあだろう。
一応キラーフィッシュは五匹持って帰る事にしている。
時間は早いがミルファも家に一人でいるから、とりあえず帰るか。
この港からは馬車で帰ることになる。徒歩だと一時間掛かってしまう。
馬車を降り家までの道程、周囲が騒がしい。
何かあったのか。分からず首を傾げていると、
「おーい、こっちだ。こっち。」
どこからか声がする。どこだ?
「こっちだって。右後ろ。」
言われた方を見ると、12~13歳の少年が民家の影に隠れている。
その服装はかなり豪華で、明らかに身分の高い人物だとわかる。
こいつってまさか……。
「なあ、この辺で安全に隠れていられる場所ってないか?」
どうする?まさかこの方がこんなところにいるなんて……
オレは完全にパニックになっている。
「なあって、聞いてる?どこかない?」
「ん~……とりあえずウチに来ますか?」
多分……てか、間違いなく王子だろう。逃げ出した?まさか。
エイルはこの事を知ってるのだろうか?
色々な事が頭を駆け巡りパンク寸前だ。
家に着き少年を案内する。
「ただいまー。」
「レイジさん、おかえりなさい。あれ?どなたでしょうか?」
「へー、彼女と同棲してたの?
あ、初めまして。俺はリック・フォン・ファスエッジ。よろしく。」
これで確定だ。リック王子だった。
「え?え?リック……王子様?どうして……?」
「ミルファ落ち着いて。やはりリック王子ですね。オレはレイジ。彼女はミルファ。二人共冒険者です。
王子は何故あそこに一人で居られたのですか?」
「……なんだ、俺が王子って分かってたんだな。あそこにいたのは……逃げてきたんだ。毎日が嫌だったから。」
王子は頭を掻きながらバツが悪そうに答える。
なんか王子逃亡イベみたいだな。さて、どうするか。
「王子、ここは王子の護衛に入ってた冒険者、エイル、マリー、ディルの家でもあります。この事は直ぐに知らせる事になります。」
「ま、待ってくれ。少し、今日だけでも自由にさせてもらえないだろうか。」
「そうはいきませんよ。オレは数日前から王子がこの街に来ることを聞かされてました。裏でのやりとりも知ってる以上、黙認という訳にはいきませんよ。」
「……そんな……、頼むよ。後から褒美とかやるから、な。」
「とりあえずギルドに報告にいきます。ミルファ、王子を見てて。」
「は、はい。分かりました。」
オレもどうしていいか分からず、とりあえずギルドに向かうことにした。
ギルド職員は走り回ってる。多分王子の件だろう。
「すみません。ギルド長か、もしくは……」
「おーい、レイジー!」
振り向くとそこにいたのはエイルだ。助かった。
「エイルさん!すみません。大変なんです。」
「おう、こっちも大変なんだよ。大問題発生して……」
「王子が今ウチにいます。」
その言葉にエイルは青褪める。
「はっ?今なんつった?」
「逃げ出した王子は今ウチにいます。とりあえずミルファが見ててくれてます。」
「ちょ、ちょっとどういう事?レイジくんちゃんと……」
「しーっ、静かにしてください。この事はまだ誰も知りません。とりあえずエイルさんに報告を、と思って今ここに来たんです。」
「お、おお……わかった。とりあえず俺らだけ行く。帰りながら説明しろ。」
「はい。わかりました。」
急いで家へと戻る。途中エイルには状況を話しながらだ。
「………………と言う訳なんです。」
「っちゃー、偶然話しかけられたのがお前とはなー。運がいいのか、悪いのか。」
「王子の言うことも理解してあげたいのですが、オレが判断出来る事ではないので……。」
「そっか、わかった。後は俺達に任せとけ。」
「レイジくん、ありがとね。よく知らせてくれたわ。」
家に入ると逃げようと暴れる王子をミルファが必死で引き止めていた。
ミルファは額から血を流し、肩からも流血している。
「おい!止めろ!どうなってるんだ。」
エイルとディルが直ぐに走り出し、王子に飛びつき押さえ込んだ。
マリーはミルファに駆け寄ってく。
「大丈夫?待ってて。ヒール。」
ミルファの傷がドンドン癒えていく。
「とりあえず大丈夫よ。よく一人で抑えてたね。ありがとう。」
ミルファは混乱してるのかまだ落ち着かない。
オレも後ろから抱きしめ、頭を撫でる。
それから少ししてミルファは落ち着きを取り戻した。
「王子、レイジから話は聞きましたよ。とりあえずミルファに謝ってもらえるかな。」
エイルは淡々と話しているが、その表情からは怒りがにじみ出ている。
王子はミルファに謝罪し、その上で自由にさせて欲しいと懇願してきた。
「王子の言う自由とは、王国兵の監視が無ければいいのか?」
「そうだな。冒険者だけなら俺も好きに出来る。それでいいさ。」
「てゆーかな、王子は何がしたいんだ?俺らに出来ることならさせてやるぞ。」
「ほ、ホントか?冒険だ。冒険がしたい。」
「冒険?どんな?」
「普段冒険者がやってるようなヤツだ。それをやってみたい。」
「……わかった。任せとけ。じゃあ、王子、一緒に辺境伯のトコに行くぞ。レイジも来てくれ。マリーとディルはミルファを見ててくれ。」
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「…………とまあ、そんな感じらしいんだ。許可をもらいたい。」
「……はあ。王子がこの街に来たかったのはそういうことでしたか。困りましたな。
とりあえず善処してみましょう。王子は今日はこの屋敷でお過ごし下さい。
エイル殿は私と近衛兵長を説得してもらいます。いいですね。
レイジ殿は申し訳ありませんが、我々が戻るまで王子をお願いします。」
二人辺境伯の屋敷に残されたオレ達に気まずい空気が流れてる。
オレは王子に説明なしにエイルに報告した事、王子はオレの恋人であるミルファに流血する程の怪我を負わせてしまった事。
それがお互いどう切り出していいか分からずにいた。
そんな中最初に切り出したのは王子だった。
「レイジ、すまなかった。その、彼女を傷つけてしまって……。」
「それはもう本人に謝ってたじゃないですか。もう気にしていませんよ。
てか、名前を呼んでくれるようになったんですね。ありがとうございます。」
気にしてないと言えば嘘になるが、本人も反省してるし、蒸し返すことはない。
「オレの方こそ何も説明もせずに護衛であるエイルさんを呼びに行ってしまい申し訳ありませんでした。」
「それこそ気にする事じゃないさ。レイジが信用する人だろ。それにそのおかげで今希望が出てきたんだ。ありがとな、レイジ。」
王子にそう言われると何かこそばゆくなる。
オレ達はその後打ち解けて色々話をした。
オレは辺境伯に助けられた事やロードウインズの事。
王子は王城での生活や友達付き合い、王族としての振る舞いなどについて。その愚痴。
聞いていると、それは逃げたくもなるわと思ってしまう。
遠くで話し声が聞こえる。帰ってきたようだ。
その声はだんだん近づき部屋の扉が開いた。
「王子、明日の予定は変更です。明日はアゲトダンジョンの視察に行っていただきます。
護衛はロードウインズ全五名とランクゴールドよりソニアの全六名。
近衛騎士はロードプルフにて待機、王子はアゲトダンジョン一階を視察、明日中に帰還する事。
いいですね。」
そう言うと辺境伯は笑顔で王子を見た。
つまりはアゲトダンジョンを探検しろって事だ。
「う、うむ。心得た。無事勤めを果たしてこよう。」
「やりましたね。王子。」
オレとリック王子は互いに笑い合い明日を期待せずにはいられなかった。




