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◆エンディング:伯爵家への来客◆

 ヴィヒトリに肩を抱かれるようにして、並んでソファに座るセレナは頬を真っ赤にして両手で顔を隠していた。

 それと向き合うように座っているロイドはといえば、たいへん不機嫌そうだ。

「本日はどうなさいました? ロイド様」

「あからさまに態度が変わったなこの狸め」

「なんのことでしょうか?」

「いい。おまえはもう口を開くな、その声を聞くだけで虫唾が走る」

 セレナに視線を移すと、ロイドの時には見せなかった恥じらうさまが可愛らしい、ただし、その相手がこの伯爵であることはいらつく。


「セレナ、君は幸せか?」

 聞くまでもないと分かっていたが、ロイドは問いかける。

「……はい」

 するとようやく顔を見せたセレナは、恥ずかしいのか目じりに涙が浮かんでいる。

 こんなふうで、もし手をだされていないのなら、ヴィヒトリは鉄壁の理性なのだろう。

「そうか……私は、決して君を諦めるつもりはないし、その男が隙を見せればいつでもさらっていくつもりだ」

「?」

「だが今は、君たちを祝福しようと思う」

「……それは、とてもありがたいのですが、どうなさったのです? 突然」

「その言い方は、諦めず君を求めてもいいということか?」

「ち、ちがっ! 違います! それは困ります!」

 焦るセレナを愛らしいと思う。

 これからも傍で見ていたい。

 けれど違うのだ、彼女がこんな顔を見せるのは……隣にヴィヒトリが居るからであって、ロイドでは、だめなのだ。

 きっと心から笑ってくれることもないだろう、それは、望んでいない。


「今日はそれを告げに来た。先にも言った通り、君たちが不仲になったなら容赦なく奪ってやろうと思っているがな」

「ご心配なく、ロイド様。そんなことはありえませんので」

「口を開くなと言ったのを忘れたのか鳥頭め」

 そんな言葉にもヴィヒトリはにこにこと微笑んでいる。

 その余裕がなにより、いらつく。

「伯爵、おまえにも話がある、セレナの居ないところでな」

「……そうですか、分かりました」

 すまないね、とセレナの体を離し、その髪にキスを落としてヴィヒトリが席をたつ。

 いっぺん殴ってやろうかとロイドは考えていた。


 ◇◇◇


 セレナとわかれて中庭に移動し、ロイドが口を開く。

「伯爵、今からそう時間のたっていない話だ。

 公爵令嬢メアリの悲劇をおまえは知っているか?」

「夢でも見られましたか?」

 ヴィヒトリの言葉に、やはりそうかとロイドは眉を寄せた。

「おまえはあの時、メアリの婚約者だった王子か? 肖像画にそっくりだ、また、セレナもメアリの肖像にそっくりだった」

「輪廻転生とは、あるものなのですね。私も驚きましたよ」

 そう言ってヴィヒトリは微笑むが、その作り物の笑顔が薄気味悪い。

 彼が本当の笑顔を見せるのはセレナの前だけだ。


「彼女がメアリの生まれ変わりだから愛しているのか?」

「なぜ揃いも揃って皆同じことを言うのでしょうね」

 ヴィヒトリは疲れたような顔を作ってみせる。

 実際には、ロイドに対して表情などないのだろう。

「伯爵、おまえの場合はそれ以外に彼女を愛する理由がない」

「私とて、過去のそのままではないのですよ。それに、メアリが死んだことを誰より理解していたのは過去の私です。

 私は、ヴィヒトリとして、セレナに恋をして、愛おしく思うようになったというのに、皆が同じように言う」

「おまえの言葉では信じられんだろうな」

「そうでしょうね。セレナでさえいまだに信じてくれているわけではない」

 自覚はあるようだ。


「けれど彼女が居るからこそ私は復讐を思いとどまった、彼女がいなくなるなら……簡単に道を踏み外すでしょう」

「恐ろしいことを平気で言ってくれるな」

「それほど私にとってセレナとは、大きな存在なのですよ。彼女なら、私が道を間違えそうになったとしても、また正してくれるでしょう」

 めずらしく、ヴィヒトリが笑ったように見えた。

 これは、本当に、本気なのかもしれない。

 何にも興味を示さなかった男が。


「もういい、分かった。私もおまえの逆鱗に触れたくはない。面倒くさいことこのうえなさそうだしな」

「おや、そうおっしゃるのであれば最初から彼女にちょっかいをかけないで頂きたかったものです」

「私とて遊びで手を出したわけではない、ただ、彼女のために身を引いてやるだけだ」

 それだけ言うとロイドは伯爵家から出て行った。



 ヴィヒトリが戻ってくると、玄関ホールにセレナが居た。

「また聞いていたのかい? 悪い子だね、セレナ」

「す、すみません。どうしても気になって……」

 セレナはヴィヒトリに歩み寄ると、耳まで真っ赤にして自分から彼を抱きしめた。

 こんなことはとてもめずらしい、驚いているヴィヒトリに、セレナは震える声で言う。

「ヴィヒトリ様、私も、あなたを愛しています」

「……そう言ってくれるなら、敬称もいい加減はずしてほしいところだね」

 セレナはしばし悩んだ様子で、けれど潤んだ瞳で彼を見上げて言う。

「――ヴィヒトリ」

「……やっと呼んでくれた。嬉しいよ、セレナ」

「私……あなたを、信じます」

 セレナの体を抱きしめて、幸せを嚙みしめるヴィヒトリ。


 そんな二人を遠巻きに眺めて、アロイスはため息を吐いた。

「あぁいうのは部屋でやってほしいよ」

「よろしいではありませんか、私は早くお二人のお子を拝みたいものです」

 ドロシーの言葉に、アロイスは眉を寄せる。

「……セレナの子供だと思えば可愛いけど、あいつの血が混ざると思うと」

「よいではありませんか、男の子でも女の子でもきっと可愛らしいことでしょう」

 マルクスの言葉にアロイスはいまだ苦々しい表情をしている。

 それに対してドロシーが言う。

「アロイス、あなたまさかまだセレナ様に横恋慕をしているわけではありませんよね?」

「……さあね?」

 肯定も否定もせず、アロイスはさっとその場を離れて行った。


 アロイスがセレナのことをどう思っているのか?

 その答えは、きっと、好きだ。

 本当は殺したい、殺さなければならない。

 けれどメアリが最期に自分のことを想ってくれたのなら、それはアロイスにとって、つらい現実でもあった。

 だからセレナのことを殺すことは、できない、できなくなった。

 きっと彼女も同じなのだ、殺したとしても、あの男とアロイスのことを想うだろう。

 だから殺せない。

 幸せを心から願ってやることはできない。

 そういう意味ではあの公爵よりよほどアロイスのほうが性格が悪い。

 彼も自覚している。

「幸せに、セレナ」

 それでも今度は、今は、一緒に居られるだけでいいとアロイスは思っていた。

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