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俺と彼女の結末

いつものように昼時を過ぎた時間に俺のオフィスで祐樹と向き合う。

クリスマスが終わって26日。

あともう少しで年末年始の休みが待っている。


伸びた蕎麦を彼が冷めたカツ丼を俺が食べている。

二人で店屋物の蓋を開けた瞬間、カツ丼が美味しそうに見えて交換して欲しいと申し出ると渋りながらも換えてくれた。

が、冷めたカツ丼もはっきり言って不味い。

冷たいご飯はべっちゃべちゃだし、何よりカツが固い。


「「お前いつもこんな不味いもん美味そうに食ってたのか」」


声が重なる。

ぶふっと先に吹いたのは彼の方だった。


「同じ事言うなよ」


げらげらと笑うその顔に自分も吹き出す。

伸びた蕎麦を不味そうに啜っていた顔を思い出してまた笑う。


「いや笑いすぎ」


ひーひー言いながら無理矢理笑うのを止めて言う。

腹が痛いと呟きながらそれに習う。


「で」


食べる物は前にあるものだけで仕方なくそれを摂取するのを二人で再開すると彼が箸を止めた。


「どうなったんだよ」


げほっとむせる。

そんな直球ストライクで聞かなくてもいいだろう。

もう少しオブラートに包めよと睨むとけらけら笑った。


「何だふられたか」

「違げーよ」

「なら上手く言ったんだな」


話術に嵌って暴かれて赤面する。

だからそんな直球ストライクじゃなくたって良いだろう。


「良かったなー」


呟く彼の顔には笑みが浮かんでる。

安心したように笑うその顔に現実味を帯びてくる。


「心配かけたな」

「おう」

「悪かったな」

「おう」

「今度奢るよ」


そうだな、ビールだなとすぐにいつもの調子で笑う姿を見て、ようやく呪縛から解き放たれたと心底感じた。

もう大丈夫だよと呟き残りのカツ丼を平らげた。





「ただいま」


いつもの低いそれでいて伸びのある綺麗な声が玄関から響く。

エプロンを着けたまま廊下へ出て走って行く。


「おかえりなさい」


結果的に言うと帰省は取り止めた。

電話をしてそう両親へと告げると酷く落胆した声が返ってきた。

ごめんねと謝るとそれでも許してくれたのは親だからだろう。

手を出し鞄を受け取る。

明日には仕事納めだよと私に言いながら彼が先を歩く。

大きな背中を見つめてそうですかと返しながら着いていく。


「お、肉じゃがだ」


まだ湯気立つそれを目敏く見つけ彼がテーブルに着く。

いや、だから、せめてコート位は脱いでくれと頼むとしぶしぶ立ち上がりそれを渡してくる。

二人分のごはんと味噌汁をよそってお盆に乗せて持っていき彼に手渡す。



昨日こたつで返事をすると彼は真っ赤になったまま固まった。

あまりに動かないので手を揺するとわぁっと声を上げてそれを離した。


「礼?」


驚いてそう呼ぶと両手で顔を覆う。

その姿にこちらまで恥ずかしくなった。


「ちょ、ちょっと、待って」


動揺し慌てふためく彼を見つめる。

はい、いくらでも待ちますよと何も言わずにただぼんやりと。


「え、えっと?」


状況が分かっていないのか天然なのかとにかく彼は手を外して私を見た。

いやだからまた言わせるつもりですか、と呻く。


「だから、私も」


いやいやと彼が言葉をさえぎる。

何だと言うのだ。


「そうじゃなくて、何で、礼って呼ぶの」


そっちかよと突っ込みたくなる。

あぁそうか、寝言だから全く覚えていないんだ。


「佐久間さんがそう仰ったんですよ」


にやりと笑って種明かしをするも全く覚えがないらしくうーんうーんと唸る。


「良いじゃないですか、何だって。呼び方なんて些細なことですよ」


携帯をバッグから取り出し電話をする。

もちろん帰りを待ちわびているであろう両親にだ。

何か言いたそうな彼に自分の唇に指を当てて黙っていろと促す。

両親と少し話をしてから切るとそれをそこらへ放った。


「笹川君」

「はい?」


赤くなったままの彼が手を伸ばす。

それに自分の手を重ねる。


「俺と付き合ってくれませんか」


今更かよと思いながら頷く。

もう付き合う所か一緒に暮らしていると言うのに。

その晩は軽く冷凍してあったご飯を温めてお茶漬けにして食べてからお互い自分の部屋で眠った。





「ね」


大根と油揚げの味噌汁を啜りながら彼女を呼ぶ。

今朝になればいつも通りのその様子に拍子抜けした。

呼び方だって佐久間さんに戻ってしまった。


「何ですか?」


御椀を持ったまま手を止め俺を見つめてくる。

きょとんとしたまま首を傾げる姿。


「涼はさ、俺のどこが好きなの?」


どたんと音がして彼女が御椀を物の見事にひっくり返した。

味噌汁がテーブルと床に溢れ広がっていく。


「わわっ」


真っ赤になった彼女が布巾をとってそれを拭う。

あーあと椅子を引き手伝うために側へ寄る。

雑巾を持ってきてちょっとごめんねと言いつつ足元を拭く。


「は、反則ですよ」


足をどけた彼女が味噌汁まみれの布巾を片手に怒る。

いや、だって、君って昨日突然そう尋ねたじゃないかと言うとそっちじゃないと言う。


「じゃあ何」


むっとして聞き返すと名前で突然呼ぶなんてと反論する。

目までもう真っ赤だ。


「あぁ、ま、良いんじゃない。呼び方なんて些細な事なんだし」


お返しとばかりにそう笑いながら答えると知りませんとキッチンへと入ってしまう。

ぴしゃりとドアを閉められて苦笑しながら自分の席へと戻る。

途中だった食事を再開し戻ってこない彼女にため息をついて食べ終わった食器をキッチンへと持っていった。

シンクの前で半泣きになりながら布巾を洗うのを見てやれやれと作業台へと食器を置いて後ろからそおっと近づいて抱きしめる。

布巾がシンクにぼたっと落ちて彼女が振り返った。


「ごめん、悪かったよ」


ぶんぶんと俺の腕の中で彼女が首を横に振った。

それからいつものように俯いてしまう。


「機嫌直してよ」


後頭部に顎を乗せるとうぅっと呻く。

頭が持ち上がり顎が後頭部からずれる。


「佐久間さん」


と彼女が言う。

そうじゃないでしょと笑って思う。

ちっとも些細な事なんかじゃない。

特別なんだ、名前で呼ぶのって。


「礼って呼んでよ」


うぅっとまた彼女が声を漏らしてから、一度閉じた口を開いた。

じっと彼女が言葉を紡ぐのを待つ。

しばらくしてからまた口を開ける。

あのねと前置きをしてから。



「礼のそういう優しい所が、好き」



ぼそぼそと見上げたまま呟く彼女の顔がまぁ例の如くあんまりにも可愛くて目を細める。

優しいと言われそんな事無いんだけどとも思いながら。


あぁ、そうか、もう我慢しなくても良いんだよなと、その小さな体の向きを腕の中で変えさせた。

向き合う形になり手を伸ばして蛇口のハンドルを下げる。

水が止まり静かになった。


そう言えば俺はまだどこが好きか言ってない。

ちゃんといわないと気持ちは伝わらないんだと思い直して口を開く。



「俺は涼のそういう真っ直ぐに俺をちゃんと見てくれる所を好きになったんだ」



呟いてそっと腕から離し小さな顎に指をやって上を向かせる。

え?え?と慌てる姿にしーっと呟いてから顔を傾ける。


それから、その赤くて小さな唇に自分の物を重ねて、彼女の目が閉じるのを確認してから俺も目を閉じた。


終わり良ければすべて良しと思いながら。

はじめまして。

竹野きひめです。


この度は最後まで「みかんとこたつとクリスマス」をご拝読いただきありがとうございました。


これで本編は一応終了となります。

この後は何本かあるネタで番外編でも書こうかなと画策しているところです。

話数はクリスマスにちなんで24×二人分で抑えてみました。

いやどうでも良い話ですね。


とにもかくにも、最後まで駄文にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

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