私と彼とプラチナ
何度も押したり引いたりを繰り返して最後は私が折れた。
「返されても俺が困るんだよ」
との言葉に負けたのだ。
箱を改めて両手で持ち開くとそこには鈍い銀色に光るネックレスとお揃いのピアス。
小さな薔薇が蛍光灯に光っている。
「どうかな」
彼が心配そうにこちらを見てきて思わず目が潤む。
もう素直に嬉しい。
「ありがとうございます」
「いえいえ、気に入った?」
「はい、とっても」
それは良かったと彼が立ち上がる。
廊下へと歩いていきトイレのドアが閉まる音。
姿が消えたのを確認してそれをそっと箱から外してみる。
綺麗なチェーンに素敵なトップ。
ふと端についたプレートを見て手が止まった。
その小さなプレートには小さな文字でpt950と刻印されてる。
貧乏人の私にもそれくら分かる。
プラチナだ。
嘘と落としそうになる。
そりゃ有名ブランドだからとは思ったがシルバーだと思ったのだ。
それなのにプラチナってことはこの真ん中についている石もと中に入った鑑定書を見てやはりと思う。
ダイヤモンドだ。
本物の。
ジルコニアではなくダイヤ。
えぇっと手が震えた。
これだけでいくらするのか私には想像もつかない。
なんてこったいと箱に戻してしまうとそれをテーブルへと置いた。
彼がトイレから戻ってきてひょいと顔を出す。
今日はもう疲れたから寝るねとわざわざ言いに来てくれて頷くと自室へと消えていった。
お風呂は明日の朝に入るつもりなんだろう。
こんな高い物貰ってどうしようととりあえずまた開けて見てから自室へと持って帰った。
彼は嘘を吐いた。
これはお礼なんかじゃない。
私に本心から贈りたくて買ったに違いない。
自室のドアを閉めてベッドにダイブする。
うわ、渡しちゃった渡しちゃったと興奮が冷め切らず、鼓動は早いままだ。
開けた瞬間の嬉しそうな顔。
潤んだ目。
こっちを見た笑顔。
どれも可愛くて可愛くて正直押し倒さなかった自分を褒めたい。
枕に顔を埋めて叫びだしたくなるのを堪えた。
大丈夫、よし、大丈夫。
と自分を落ち着かせてからさっきからブーブーと五月蝿かった携帯を取り出す。
参加した社員から続々とお礼のメールが来ていてそれにひとつひとつ返していった。
最後にフォルダを分けた祐樹のメールを開く。
『押し倒すなよ』
とだけ書かれた文面に吹き出しながら文字を打つ。
『プレゼント渡したよ』
社交辞令のメールとは違いそれはすぐに返事が返ってきた。
『どうだった?』
『喜んでくれた』
『良かったな』
そうか良かったのかそうだよなと頷き携帯を放り投げる。
明日の朝充電すれば良い。
とにかくもう寝ようと布団に潜り込めば安心感と酒の助けですぐに眠ることが出来た。
翌朝目が覚めるといつもよりゆっくり寝ていた事に気付く。
いけないと起き上がり軽く身支度をしてからリビングへ向かうともう彼は起きていた。
「おはよう」
あんだけ酔っ払っていたというのにそんな事を微塵も見せない姿に感動すら覚えて頭を下げる。
「おはようございます。すみません、遅くなって。すぐにご飯を」
と告げると手を振ってそれが制される。
それから新聞を置いて立ち上がりキッチンからおにぎりを持ってきた。
「昨日も大変で今日も大変なんだから、良いよ」
まさか作ってくれたのかと尋ねるとそうだと言われ、テーブルに座ってそれを食べる。
塩が利いたすこし大き目のそれはやんわりと握ってあって食べやすかった。
「11時には出ようと思うんだけどどうかな」
食べ終わりお腹一杯だと仰け反ると彼がそう言い大丈夫ですと答える。
まだ7時半、余裕で間に合うだろう。
「本当に美容室とかメイク担当とか呼ばなくて大丈夫?」
数日前に尋ねられた内容をまた聞かれ頷く。
彼は私の今日の仕度を案じて数日前に不意にそう尋ねてきた。
お抱えのメイクさんがいるらしくその人に頼もうかと言われ首を何度も横に振った。
丁重にその申し出をお断りし自分でやりますと宣言した。
「そう。じゃあとにかく仕度しておいで」
男の方が楽だから後片付けはやっておくよとの言葉に甘えて自室へとトイレに寄ってから引っ込む。
さて、とクローゼットを開ければ、そこには宅配してもらった戦闘服一式が袋のまま入っていた。
洗い物を終えて仕度を早めにしようと自室へ引き上げクローゼットを開ける。
さてドレスコードは無かったなぁと掛かっているスーツやら何やらを見る。
あまり洒落込んでホストより目立つのは避けないといけない。
しかし場所は一流ホテル。
しかも大企業の社長ばかりとなればうーむと流石に唸った。
下手にスーツで行けば大恥を掻くだろう。
彼女のドレスは黒だとデパートからは聞いている。
それならばと取り出したのは礼服と立て襟のシャツにライトグレーのシルクの斜めに一段薄い色で細いストライプが入ったアスコットタイとお揃いのチーフ。
これならばまぁまぁ目立つことも無いだろうと頷き、それにする事に決めて着替えを始める。
パンツを履きシャツを着てアスコットタイと格闘しているとブーブーと置きっ放しにした携帯が唸る。
うえぇ何だよ、と手を外しタイ片手にそれを取ると祐樹からだった。
「おはよう。どうした?」
『おう、急がしいとこ悪いな。ちょっとな問題があってな』
「問題?」
耳と肩に電話を挟み顔を斜めにしたまま器用にタイを結ぶ。
「横領?」
『そう。ほら最近派遣してもらったばっかりの警備員のジジイ居ただろう。あいつだよ』
「何を?」
『倉庫にあった箱、三つだって』
がさがさと向こうで音がする所を聞くに彼はきっと出社するために仕度をしているんだろう。
「箱って、共犯が居たって事か」
『だろうなぁ。ま、とりあえず耳に入れとこうと思ってな』
「あぁ、いや、今から俺も社へ向かうよ」
『いや、いいよ。お前今日パーティだろ、徳本の』
「仕度はもうすぐ終わるから、大丈夫。酒井に彼女は頼めば良いし」
『何か悪いな』
「いや、俺の会社だしなぁ」
苦笑してそれじゃ後でと付け加えて電話を切る。
すっかり結び終わったスカーフのようなタイを鏡で直して上着を羽織り、チーフは後でいいかとポケットにしまってダークブラウンのコートを着込んだ。
髪も向こうでやるかとワックスをポケットに捻じ込む。
部屋を出て向かいのドアをノックする。
すぐに返事が返ってきて申し訳ないけれど急な仕事がと告げると大丈夫ですといつもの答え。
後で酒井をやるからと言い足早に家を出た。




