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私と彼と公園

山道を上りながら走る。

横浜は意外と山が多い。

これを抜けてしばらく走れば海に出る。


「どこへ行くんですか」


山を抜け駅の前の道を通ってあとはひたすら平坦な道を行く。


「ここどこか分かってる?」


そう尋ねると表情が曇ったのが横目に分かって吹き出す。

どうやら地理は苦手らしい。


「横浜だよ」

「横浜?山でしたけど」

「山もあるんだよ」

「そうなんですか。詳しいんですね」

「前に住んでたんだ」


子供の頃にねと付け加えて20分も走れば目的地へと着いた。

近くの駐車場へと停めて車を降りる。


「ここって」


彼女が辺りを見回した。

もうすぐクリスマスだという週末はそこは人で賑わっている。

歩いているのは男女の二人組みばかりだが。


「そう、山下公園」


行こうと手を出すとそれを握り返してきて歩き出す。

大きな通りを抜けてライトアップされた広い公園が見えてくる。

信号が変わるのを待って進む。

いちゃついているカップルを見ながら海側の柵へと歩み寄る。


「わぁ、海だ」


独特の潮の香りが鼻にきて彼女が声を上げた。

大きな船が停まり小さく波の音がしている。


「たまには、ね」


柵に掴まり海を見下ろす彼女に声をかけるとふふっと笑ってから顔を上げた。


「なんかデートみたいですね」


その言葉と街灯とイルミネーションに彩られた彼女の顔があんまりにも無邪気で思わず口元がにやけてそれを隠すために繋いでいない方の手で口元を覆った。


「どうしたんですか?」


知らないという事は罪だと思う。

こんなにも何も思わずに無邪気に尋ねてくる姿に首を振る。


「何でも」


手を外しそう答えるのがやっとできゃっきゃとはしゃぐ彼女の姿越しに海を眺めた。




空いたから少し座ろうかと誘われてベンチへと座る。

人、半人分空けた微妙な距離。

詰めることも離れることも出来なくて、それでもしっかり手は握られたままだった。


さっきちょっと試す気持ちでデートみたいだと問うと彼は顔を赤くして口元を手で覆った。

それが意味するのは私の予想が大当たりだという事だろう。


「寒くない?」


ぼんやりとしてる私の顔を覗き込んで彼が言う。

大丈夫ですと答えると目の前でキスをするカップルが目に入った。


「佐久間さんは……」


それから目を逸らして彼を見る。

同じ物を見ていたようですこし気まずい。


「恋人とか居ないんですか?」


ずっと聞いてみたかった事をそっと聞いてみる。

意外そうな顔をして彼が首を振った。


「居るように見えた?」


うーんと小さく唸ってから頷くとえーっと顔を歪ませる。

忙しいからね、居ないよとそれから笑って答えが返ってきた。


本当?

じゃああのみかんは誰からだったの?


と顔を曇らせる。

てっきり恋人かと思っていたのに。


「そんなにモテないよ」


それは嘘だ。

絶対にモテる。

エスコートだって完璧だし、彼の財力は大きな武器のはず。


「えー、それは嘘でしょ」


思わず口に出すと彼はうーんと唸った。

まぁ、それなりには、ねと意見をすぐに変える姿に吹き出す。


「そんなに笑わなくてもいいでしょ」


不貞腐れたようにそっぽを向く彼の横顔を眺める。

この流れなら聞けるかもしれない。




めちゃくちゃ笑われて恥ずかしくて彼女から視線を外すとまた遠慮がちに声が掛かった。


「じゃああのみかんは何方からだったんですか?」


え?と振り返るとさっきまでの笑顔が消えてそこには不安な顔が浮かんでいた。

あぁ、そうか。

あれか。

と、ようやく思い当たり、安心させるように笑った。


「あれはね、裕樹の、親友のフィアンセからだよ」


この前初めて紹介して貰ったんだよと言うと彼女は疑わしいなぁという目をしたままそれでもどこか納得したように頷いた。


「えっと今度料理を手伝ってくれる方ですよね」

「そうそう。仲良くしてくれると助かるよ」


なぁんだ、そうかと小さく呟く姿にほっとする。

繋いだ手がぎゅっと力が篭って驚いてそれに同じように応える。


「あの、お家に置いてくださって、本当にありがとうございます」


いやいや、こちらも家事して貰ってるしと答えるが彼女は笑わない。

どうしたんろうと笑顔を消して見つめる。





「私、年明けに家を借りようと思ってます。年末も帰省しようと」


彼の手はあったかくて大きくて安心できて。

でも、やっぱり、私には彼の名も存在もすべてが重かった。

受け入れるだけの勇気も覚悟もやっぱり持てない。


表情が強張りそのまま私を見つめる彼に精一杯の笑顔を向ける。


「火災保険も下りたのでなんとかなりそうなんです」

「そう……。それは残念だな、もう、美味しい食事が食べられない」


ようやく搾り出すように呟く声に胸が痛くなる。

それでもやはりこのままではいけないと思う。


「本当にお世話になってありがとうございました。忙しくなるとちゃんと言えないから言えてよかった」


彼の顔に作り笑顔が浮かぶ。

そっかと呟いて腕時計を見てそろそろ帰ろうかと促された。


「はい」


二人で立ち上がり手を繋いだまま公園を後にしてあとは何も話さないで家へと戻った。

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