私と彼とレストラン
坊ちゃまから封筒を差し出されそれを両手で受け取る。
こういう時に断るのは主人に恥をかかせるものだと思っている。
「頂戴いたします」
薄いそれを胸元にしまい去っていく後姿に頭を下げ続けた。
姿が見えなくなるとそっとそれを取り出して中を開ける。
三万円ほど入っていてまたしまい、車を動かして駐車場へと入れた。
隣に停めてある軽自動車の自家用車へと乗り換え家路を急いだ。
ようやく解放されたのはもう夕方で丁寧な見送りを受けながら足早にそこを後にした。
佐久間の名なんて出さなければよかった。
どっぷりと疲れた体を引きずるようにして自宅へと向かう。
ドアを開け中が暗い事を確認して電気をつける。
あぁ、疲れた。
玄関からリビングへと向かいソファへと腰を下ろす。
慣れない事ばかりが続いている。
すごかったなぁとぼんやりとしていると思いの外時間が経っていたようで玄関が開く音で我に返った。
「ただいま」
低くそれでいて伸びのある綺麗な声。
晩御飯作ってないと慌てて立ち上がる。
「おかえりなさい」
言いつつ玄関へ向かい頭を下げる。
どことなく上機嫌な彼が不思議そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい、まだ、ご飯作ってなくて」
なぁんだそんな事と彼が笑っていいリビングへ向かって歩いていってしまう。
鞄も持てずに慌てて後を追う。
「たまには外食しようか」
滅相もありませんと思う。
そんな身分じゃないですよ、と。
答えに迷っている私に彼の手がぽんぽんと頭を撫でる。
わわっとそれにびっくりするとにこにこと笑う。
「良いじゃない、たまには。いつもがんばってくれてるんだし」
ね、と言いながら着替えてくるよと寝室へと消えていく。
数分後には二人揃って家を出て地下の駐車場へと向かった。
初めてくるそこは高級車ばかりで目が眩む。
奥の方へと進むと彼はポケットから鍵を出して操作する。
深いグリーンの小さな、それでいて名を知っている有名な高級車のランプが点く。
「さ、乗って乗って」
ドアを開けて彼が言いその小さな車に乗り込むと運転席へと彼が乗った。
「運転、出来るんですか」
初めてみるその姿に驚いて尋ねるとははっと笑いながらシートベルトを締める。
慌てて自分も同じようにすると出来なかったら乗らないでしょと回答。
確かにと頷き、車が走り出す。
駐車場の坂を上りシャッターをくぐって外へ出る。
運転は穏やかで人柄を表していた。
急ブレーキも罵声も無く、つけてくれたラジオからはアイドルの歌声が流れている。
「何にしようか」
しばらく走ってから信号で止まり彼が言う。
お任せします、と答えるとそう?と言いながらすこし悩んだ様子。
青になると前の車に続いてゆっくりと発進した。
お任せしますとの答えにそうと答えて思案する。
さて、どこへ連れていこうかと。
ゆっくりと食事が出来る所がいいなと考え思い浮かんだのは、自宅がある都内の隣の県の郊外にある小さな一軒家のレストランで、ほんの一時間ほどでそこへ辿り着くと砂利が敷かれた駐車場へと車を停めた。
「着いたよ」
声をかけ先に降りて彼女の方のドアを開ける。
バッグを持って降りるのを確認してからドアを閉めて鍵をかけた。
入り口の前の階段を上り、ドアを開ける。
「いらっしゃいませー」
バイトの大学生の子が声を掛けて来て俺を見て顔を綻ばせた。
「久しぶり、奥、空いてる?」
はいっと元気良く返事をして店の奥の席を案内してくれる。
さして多くない席はあらかた埋まっていて店の中央に配置された厨房からは良い匂いが漂ってくる。
「今お冷お持ちしますね」
黒いエプロンを翻して去っていく大学生を見ながら、彼女を席に促す。
「ここね、美味しいんだよ」
きょろきょろと辺りを見回す彼女にそう告げるとそうなんですかと返ってきた。
大学生がメニューとお冷を持ってくる。
それを受け取り中を開く。
俺が入るにしては少々低めの価格に彼女が顔を上げた。
「もっと高い所かと思ってました」
ほっとしたように言う顔に素直でよろしいと花丸を上げたくなる。
別に気を使ったわけではないが、ここならば彼女も遠慮しないだろうと思ったのは事実だ。
「お勧めはね、オムライスかハンバーグだな」
俺はハンバーグにするよと告げると、じゃあ、私はオムライスでとメニューを閉じる。
お冷を一口飲んでから俺のほうをみてにこにこと笑う。
「佐久間さん、シェアしましょうね」
いつぞやの釜飯の時に言った台詞を言われて嬉しくなって頷く。
よかった、彼女はちっとも変わっていない。
大学生に注文し二人の間に沈黙が流れる。
窓の外を眺める横顔を見つめてしばし頬杖をつく。
祐樹の言葉が不意に頭を過ぎる。
そういう事だろ。
今の関係性を彼女はどう思っているんだろう。
曖昧なそれでいて寝食を共にする。
今この場でそれを尋ねたらそれは壊れるだろうか。
「お待たせしました」
大学生の声で我に返り頬杖をやめて姿勢を正す。
ジュウジュウと音を立てる金属の黒いプレートに乗ったハンバーグととろとろの卵が被ったオムライスがそれぞれ置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
トレーを脇に挟み大学生が去っていくと二人で笑い合いいただきますを言い合う。
スプーンを片手に一口掬って口へと運ぶ彼女を見守る。
「美味しい」
口に手を当てそう呟く姿に安心して俺もナイフをハンバーグへと入れた。
「ドレスは買えた?」
ハンバーグを食べながらそう聞かれ手を止めて頷く。
「はい、結局佐久間さんのお力をお借りしました」
そう答えると短くそうとだけ返ってくる。
すみませんと付けたほうがいいのか迷ってやめておく。
「どんなドレスにしたのかは当日のお楽しみにしようかな」
ふっと笑ってそう呟く姿に心臓が早くなる。
わわっと赤くなりそうなのを水を飲んで誤魔化しパーティの事を話したりなんかして無難にやり過ごす。
シェアしながらも食べ終わり外へ出る。
暖かかった室内から急に出ると顔が冷たくて目を閉じた。
車へと戻りシートベルトを締めると彼がエンジンを掛けながら言う。
「さて、まっすぐ帰るのもあれだからドライブでもしようか」
えっ、と言うよりも早く車は発進されてしまった。




