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私と彼とお誘いと

「ただいま」


低いそれでいて伸びのある綺麗な声がそう告げて玄関のドアが閉まる。

そのすぐ側の部屋から慌てて飛び出しおかえりなさいと告げた。

顔を合わせまいと決めていたのに条件反射というやつだ。

その慌てっぷりがいたくツボだったらしく彼が吹き出した。


「そんなに慌てなくても良いのに」


鞄を受け取り先を歩く彼を見る。

大きな背中。

すらりと高い背。

歩く姿まで美しい。


こんな完璧な人が、私を?と後ろで赤くなり俯く。

リビングに入った彼は真っ先にテーブルへと座る。

鞄を和室へ置き、コート脱いでくださいとお願いすると、すこし面倒くさそうに立ち上がって脱ぎ渡してきた。

その残り香にアルコールを感じる。


「ご親友の方と飲まれてきたのですか?」


ハンガーに掛け鴨居へとそれを掛けてから一度脱いだ靴を履き、また戻る。

別に咎めたわけでもないのに彼が慌てて言う。


「いや、ほんの少しだよ」


別に構いませんよと安心させるように笑みを浮かべて言い、キッチンへ入る。

それならばと軽めによそったご飯とお味噌汁を渡し、迷った末、向かいに座った。

彼が綺麗な所作でご飯を食べ始め、することもなく見つめていると、不意に顔を上げて私を見て顔を赤くした。


「どうしたの?」


そんな顔されたら私だって赤くなってしまう。

隠すように俯いて首を振る。


「そう?」


追求されずに済んでそのまま俯いたまま時間をやり過ごし、風呂場へと消えた彼の背をまた目で追った。

心臓に悪いことと言ったらこの上ない。

食器を下げスポンジに洗剤をつけて泡立てる。

そのまま軽く擦りすべてを洗ったら水をかけて流す。


彼の様子から察するに、私が疑っていることをまだ知らない。

知られてはいけないと思う。

出来れば今の関係は崩したくない。

心地良い、中途半端な関係。

せめて年明けに仕事が決まるまでは、と思う。

それからならどうにでもなる。

残った保険金で家を借りて出れば良い。

パーティの一件ですっかり仕事を探す時間が無くなりうーんと唸る。


言い訳をしてしまえば自信が無いのだ。

もし万が一にも考えていた通りだとして私はそれに応える自信がない。

受け入れるのも断るのも覚悟が居る。

どちらもそれなりのリスクを伴う。

それを受け入れる自信が無かった。


クリスマスまであと残り一週間。

それが終わったら久しぶりに帰省でもしよう。

まるで逃げるようだと思いながら水を止めて自室へと戻った。




風呂から出て書斎へと入り持って来た鞄から小さな平たい箱を出す。

酒井の仕事は早くもう買ってきたそれをそっと蓋を開けて眺める。

思った通りに美しいそれに息を吐く。

取り替えるならば触らないでくださいと彼は言った。

デパートの支配人と交渉しそれを条件に借りてきたのだと言う。


細いチェーンが通ったトップは思っていたよりも華奢ですぐに壊れてしまいそうだった。

車内でそう呟くとプラチナですから大丈夫ですよと返ってくる。

そうだなと返し、一晩だけ考えたいと預かってきた。

考えたいなんて嘘だ。

暗い車内で開けた時からこれで決まりだと思った。


明日これをまた酒井に預け代金を払って貰って包装してもらおう。

クリスマスらしく赤い包装紙に金のリボンが良いだろう。

蓋を閉め鞄にそれを戻すと、鞄ごと持って寝室へと向かった。


クリスマスまであと一週間だ。

社内パーティをしてその後件の社長のパーティに行って。

まだまだやることは残っている。

彼女を誘っても居ないし、ビンゴの景品も買っていない。


急がないとな、と呟き、布団へと潜った。




「へぇぇっ?!」


どうしてこの人は大事な事をこの朝の忙しい時間に言うんだろうと思う。

味噌汁が入った御椀を落としそうになりながら間抜けな声で返す。


「いや、だから、徳本株式会社の社長が主催のパーティに呼ばれたから、ぜひ、笹川君に一緒に来て貰いたいんだけど」


いや、それは分かった。

でもなんで私なのだ。

彼ならいくらでもそう言う場に相応しい女性が居るだろう。


「で、でも、私ドレスも無くて」

「それは買っていいから」

「マナーも分からないし」

「大丈夫だよ、人が大勢いるし、俺がフォローするから」

「で、でも、靴も無いし」

「だから、それも買ってくれれば良いから」

「で、でも、私ただの家政婦ですし」

「いや、一人で行くとちょっと都合が悪いんだよ」

「で、でも、それなら他の……会社の方とか」

「そういう立場じゃ無い方が良いんだ」


え、えー……。

ことごとく論破され呻く。


「仕事の一環として来て貰えないかな、俺を助けると思って」


両手を前に合わせて頭を下げてくる。

ちょ、やめてくださいとそれを上げさせ仕方なく頷いた。


「今回だけですよ、恩を仇で返したくないから」


あぁ良かったと胸を撫で下ろす彼はまったく聞いていない。

いや、聞けよ。


「じゃあ、これ、必要経費ね」


と、茶封筒を渡してくる。

中を覗けば10万ほど諭吉さんが鎮座ましましてる。

はぁと呟きありがたくそれを受け取った。


「もう一週間も切ったから早めに買いにいってね。困ったことがあれば俺の名を出してくれて構わないから」


頷き玄関まで見送る。

なんでこんな面倒な事になるんだろう。

いってきますの言葉にいってらっしゃいと返し、閉まるドアを見つめた。

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