私とドレスと佐久間の名
よっしゃっとぐっとガッツポーズを取る。
とにかく彼女を誘う事には成功した。
たぶん、怪しまれていないはずだ。
車に乗り込む前に酒井に平たい箱を渡し日中に行って貰える様頼んで封筒を渡す。
お釣りは要らないから何か好きなものでも食べてと伝えると頭を深々と下げられた。
車内にはラジオの小さな音が響く。
天気予報やら株価やらいつもなら耳に入る情報もまったく入ってこなかった。
社へ着き真っ先に脇目も振らず祐樹の元へ向かいそっと耳に手を当てて報告すると彼は平然とよかったなと返した。
小さな華奢なお客様はもう一時間近くドレスを次から次へと手に取り見ている。
そのあんまりにも一生懸命なお姿に最初は声を掛けられなかったが、ようやく決断しそっと歩み寄る。
「何かお探しですか?」
びくっと体を震わせ赤くなり俯く姿は同性の私から見ても可愛らしい。
あの、その、ドレスをと呟く彼女にそうでしょうねぇと答えたくなるのを堪えて笑顔を作る。
「お手伝いいたしましょうか」
申し出に安心したように顔を上げる。
くりっとした大きな瞳に小さな形の良い唇。
化粧は控えめだがその顔は整っていてどんなドレスでも似合いそうだなと思う。
しかし背が低い。
「どのような場でお召しになりますか?」
と尋ねれば簡単にいきさつを話してくれた。
雇用主が招かれパーティに一緒に行くのだと言う。
でしたら、と黒いシンプルなドレスを手に取る。
「こちらはいかがですか?」
それは前面は胸元までしっかりと覆われ丸く開いた襟に背面は大きく背中が出るデザインで、前面の裾は膝丈、背面はそれより少し長めに両脇から中央に斜めに切られ、腰の部分にはシフォンの大きな花があしらわれている。
「背中が開きすぎではないでしょうか」
私の手からそれを受け取り眺めてから呟く姿にまた笑顔を作る。
「いえ、前は大人しい印象ですので、これくらいの方がよろしいかと」
そうかなと呟く彼女に試着を勧めてみる。
するととりあえずと狭い試着室へと消えていった。
数分後顔を出したその姿に見惚れた。
「お似合いですよ」
お世辞では無く本心からそう伝える。
きめ細かい白い肌に黒がよく栄えている。
胸は小さいがそれがまた良い。
厭らしくない姿にそっと屈んで丈を見る。
うん、ちょうど良さそう。
「お直しも必要なさそうですし」
立ち上がる私にうーんと唸る。
ところで彼女は何方と行かれるのだろうか。
話からすると会社関連のパーティのようだった。
「ちなみに何方に付き添われるのですか」
ほんの好奇心だった。
別に濁されればそれで構わない程度の。
世間話程度のそれに思わぬ回答が返ってくる。
「あ、えっと、佐久間さんの。佐久間礼さんです」
えっ、と固まる。
ううん、その名前知っている。
昔からの贔屓の客で彼や彼の一族が来たら最上級の接客をしろと言われている。
何かまずい事でも言っただろうかと表情を曇らせる姿に慌てて笑みを作る。
「佐久間様でしたか、でしたら尚の事そちらのドレスがよろしいかと」
よかった、ド派手なドレスを勧めなくてと思う。
そっぽを向かれでもしたら大変な事になる所だった。
佐久間様との言葉に怪訝な顔をする彼女に首を傾げる。
「あの、佐久間さんはそんなに有名なんですか?」
え?と表情が崩れた。
まさか、何も知らないのだろうか。
「えぇ、まぁ。昔からご贔屓にしていただいてますし」
余計なことは言わなければよかったと後悔する。
しかしそれ以上は空気を読んだのか、追求されなかった。
「よく知ってる方がそう仰るならきっと間違いはありませんね」
頂きます、との言葉にほっとする。
一度カーテンを閉め脱いで貰ってから受け取る。
「髪型はもう決まってますか?」
ドレスが決まってからにしようと思ってと答える彼女にそれでしたらと提案する。
このドレスなら断然夜会巻きだ。
彼女の髪の長さなら間違いない。
「夜会巻きがよろしいかと。こちらの髪飾りが合うと思いますよ」
ドレスコーナーの一角に設けられたアクセサリーのコーナーまで誘導し本真珠が付いているコームを示す。
通常の物よりやや小ぶりなそれは小さな頭でも大きく見えるはずだ。
「ではそれも」
うんうんと頷きお買い上げが決まり、決して安くは無い金額を全額即金で払われて数えてからレジにしまう。
「少しお待ちください」
そう言えばと思案する。
椅子を勧めそこの座ったのを確認して奥へと引っ込み急いで内線をかけた。
掛けた先はアクセサリー売り場で、昨日の昼過ぎに、佐久間様の運転手がアクセサリーを買いに来たと話していたのを思い出したからだった。
「もしもし?あの、石田ですけど」
『あ、はい。小林です』
「昨日、佐久間様がアクセサリーを買ったって聞いたんですけれど」
『えぇ、あ、はい。まだお代金は払っていただいてませんが』
「実は今……」
かくかくしかじかと話すとあら、まぁと向こうで驚いた声。
あまりお待たせするのも悪いからと手短に用件だけを伝えて電話を切った。
隠れ財閥の一人っ子の御曹司なら、買ったアクセサリーを、このドレスを着た後に渡すなんて無粋な真似をするはずがない。
該当するアクセサリーにもよく似合いそうでほっと一息吐き、彼女の元へと戻る。
「お待たせいたしました」
お釣りと小さな店名入りの封筒に入れた領収書を渡すと彼女がそれを受け取りバッグへとしまった。
大きな紙袋を受け取り頭を下げる。
「あの、佐久間様のお連れの方でしたら、もし差し支えなければ当店のコンシェルジュが案内したいと申しておりますが」
嘘だ、まだ連絡すら取ってない。
けれど、佐久間の名を出せば飛んでくるに違いない。
「……そんな、ご迷惑じゃ」
困った顔をする彼女に首を振る。
いえいえ、勝手に買い物をされて、とんでもない組み合わせの方がこちらとしては迷惑なんですよ。
「今、呼びますので、しばしお待ちください」
また奥に引っ込んで電話をかける。
予想通り話はもう支配人まで行っていたらしくすぐに行くと返答が来た。




