俺と祐樹とビール
終業のベルが鳴りとりあえずは一旦社を出ないとと伸びをする。
残業するかしないかで迷う。
12月も中旬になれば概ね仕事は方がついた。
しかし何だか帰り辛い。
顔を合わせるのが気まずい。
年末にばたばたするよりは、と頭を掻き自分自身に言い訳をして、一度珈琲でも飲んでから気分を変えて来ようかと思案する俺の思考を破ったのはノックの音だった。
「おう」
いつも通り返事を待たずに入ってきた祐樹だった。
遠慮無く部屋に入ってくる。
すっかり帰り支度を終え黒いコートに鞄を提げている。
「どうせ帰るの嫌なんだろ?23日の打ち合わせもしてーし、ちょっと行こうぜ」
ぐいっと片手を握る形にし傾ける仕草。
あぁ、そうだな、と助かったと思いながらそれを快く受ける事にした。
「とりあえず乾杯だな」
ビールのジョッキを二人で持ち端と端を合わせる。
ぐびぐびと黄金色の液体を喉に入れれば爽快な喉越しと心地良い苦味。
「ぷはー、やっぱビールだな」
彼はそれしか飲まないくせにそんな事を言う。
飯あんだろ、食べなきゃまずいよなと事の顛末を知っているためかつまみは少なめで、枝豆とエイひれとお通しのおひたしだけだ。
「で、ビンゴ大会の景品だけどさ」
と切り出すとジョッキを音を立ててテーブルに置く。
枝豆がちょっと浮いたぞ。
「んなこたぁ、どうでも良いんだよ。一位は例年通りの商品券、二位はビール一箱、三位は今話題の体重計。あとはもう適当だ。そんな事より宿題は終わったのかよ」
結局考えてるんじゃないかと口答えしそうになりながら枝豆に手を伸ばす。
宿題とは昼間の彼の言葉だろう。
お前の気持ち気付いたとしていつも通りだったらそれはそう言う事だろ。
もう一度思い出し唸る。
正直なところさっぱり分かっていない。
「なんだよ、分かんねぇのかよ」
あーやだやだとジョッキを持ちまたぐびぐび飲む。
あっという間に空になり歩いていた店員を呼び止めてお代わりを頼んだ。
「お前みたいに幸せな思いばかりしてないからな」
嫉妬心が出て呟くと少し困った顔をして枝豆に手を伸ばす。
二房ほど取って口をつけて豆を食べると殻を投げて器に入れた。
「嫉妬すんなよ。俺だって、そんなに簡単に恋人と上手く行ってたわけじゃねぇよ。お前には話しづらかったし」
その言葉にそう言えばこんな話をするのは本当に久しぶりだと気付く。
恋人の影を匂わせてはいたものの、彼は俺に紹介するでも無く話すわけでもなかった。
「気を使わせたか」
当たり前だろ、と彼は言う。
幸せな時も辛い時も、何でも話してきた俺に言えなかったのは、さぞ苦労しただろうと思う。
逆の立場だったらモヤモヤして堪らない。
「悪かったな」
素直に謝る。
何でも話し合えると思っていたのにそれをさせなかったのは俺が原因だ。
「仕方ないだろ。って昔の話はどうでも良いんだよ。ようやくお前に春が来るかもってのに、肝心のお前がそれじゃ、何も変わらん」
二杯目に口をつけて喉を鳴らしゲップをしながら言う。
それもそうだ。
仕事だとたぶん対等、でもこういう事となると、俺は彼に敵わない。
煮え切らねぇなぁと減ったビール越しに礼を睨む。
なんでそんなに疎いんだよ。
お前が好きな子と同じくらい鈍いと確信する。
似た者同士だなぁと一人呟くと彼は首を傾げた。
「何でもねぇよ。で、どうよ、お前なりにどう考えたんだよ」
空になった枝豆の器と殻が入った器を重ねてテーブルの端に置く。
うーんと唸ったまま彼はそれ以上言葉を続けなかった。
あー、もう、面倒くせぇ。
「だかぁらぁ、さっき話した俺とお前と一緒だろ?」
助け舟を出してやるとううん?と顔を上げる。
「どうして俺がお前に話さなかったんだよ」
だめだ、苛々して口調が強くなる。
それを受けて彼はビールを一口飲んだ。
てか、そんなこっ恥ずかしいこと言わせんなよ。
「お前と友達で居たかったから、関係性を変えたく無かったから、だろ」
目の前のまぁ綺麗な顔が赤くなる。
やめろ、俺だって恥ずかしい。
エイひれをつまんで口に入れ誤魔化すように咀嚼をする。
「それってつまり」
「そうだよ」
「俺との関係性を彼女は変えたくないって事か?」
「だろうな」
大家と店子かと呟く相手に腕を伸ばしてチョップをする。
ちげーだろ。
「な、なんだよ」
頭頂部を擦る彼にもう一度喰らわせたいと思いながらも手を引っ込めた。
ジョッキに残っていたビールを飲み干しどんっとテーブルに置く。
「ほんっと、お前、馬鹿」
盛大にゲップをかまし、お通しのおひたしに箸をつける。
「何だよ、それ」
「本当に大家と店子って思ってんならいつまでもそうしてれば良いんじゃね?」
けっけっと箸でその言葉を払う仕草をすると彼はむっとした顔をした。
ちょっと煽りすぎたかと箸を置く。
テーブルに置いた煙草の箱から一本出し口に咥えて火を点けた。
煙を吐き上を見上げる。
照明に目がくらみすぐに彼へと視線を戻す。
「どっちつかずだといずれその子は出て行くと俺は思うけどな」
付け加えれば彼の顔色は青く変わった。
「それは、嫌だ」
へーっと目を見開く。
昔から周囲の顔色ばかり伺ってきた彼にしては珍しい発言だ。
使用人の酒井さんにまで気を使うほどなのに。
「そんな風になるなら、俺は」
そこで言葉が切れ言い難いのかすこし俯く。
俺は?その先が俺はずっと聞きたいんだよ。
急かさず彼の一度閉じてしまった口がまた開くのを待つ。
ちょうど軽い残業が終わった頃合なのかがやがやと店内が騒がしくなってきた。




