私と彼と気持ちと
その日の内に練り上げたメニューをいつもより少し早く帰ってきた佐久間さんに見せると良いんじゃないとの回答が返ってきた。
「よかった」
と改めて書いたメニューを見直して頷きご飯と味噌汁をよそった。
歩き回ったせいか急激に眠くなり先に寝ると告げて床につく。
すぐに睡魔は私を虜にしあっという間に眠ってしまった。
かたんと小さな物音で意識が覚醒し暗闇の中、目を少し開ける。
ベッドの脇に誰か立っていて思わず声を上げそうになった。
慣れてきた目でその人物をよくよく見ると当たり前だけどそれは佐久間さんで私の枕元に膝を着き大きな手で頭を撫でている。
夢にしてはすごくリアルだと呑気に思いながら動けなかった。
何だか動いてはいけない気がした。
手は穏やかに薄いガラスを撫でるように動く。
顔が赤くなるのを感じてぎゅっと目を閉じるとその僅かな変化に気付いたのか手が離れ足早に部屋を出ていく。
向かいの部屋のドアが閉まる音を待ってそろそろと起き上がり触れられていた箇所を触ってみる。
そこは確かに周りよりも暖かくなっていた。
それを確信した瞬間、胸が今までに無いほどに早鐘を打つ。
顔が熱くなりまるで発熱しているようだ。
どうして、佐久間さんが。
ていうか、私、どうしてこんなにドキドキしてるの?
あれ?
もしか、して。
わわわっと考えついた思考にピリオドを打つ。
そんなことあるわけ無い。
でも、それなら、それなら色々説明がつく。
彼が私を引き留めたのも必死に看病してくれたのも、額を撫でてくれたのも。
火事のあの日聞き取れなかった言葉はそれだったのでは無いだろうか。
もし、もし、仮にそれが私の予想通りだったとして、万が一にもそうだったとして。
その時私はどうしたら良いんだろう。
彼女が寝てしまうと何だか部屋が広くて寂しく感じた。
そんな風に思う自分に戸惑いながら魔が差した。
転がり込んできた日の夜のあの愛らしい子供のような寝顔が見たくなって足音を忍ばせ彼女の部屋のドアを開けた。
見るだけ見るだけと入ったが最後触れたくて額を撫でてしまった。
しばらくそうしていると不意に顔が動いて驚き我に返る。
俺、最低だ。
一度ならまだしも二度までも。
逃げるように部屋を出て自室へと戻りベットの上で胡座をかく。
絶対に気付かれた。
言い訳なんて出来ない。
同居を解消しようと言われても仕方無い。
後悔後先立たずとはよく言ったものだ。
起きてきて俺の部屋へ来るのではと覚悟を決めていたが向かいのドアは明け方まで開くことはなかった。
いつもの時間まで待って部屋を出ると今日は洋食の朝食が待っていた。
「おはようございます」
頭を下げるいつもと変わらぬ彼女に胸を撫で下ろし席に着く。
パン焼きますねとの言葉に待っていると食パンが二枚とロールパンが一つ乗った皿が運ばれてきた。
目の前には既に三つに区切られたプレートにオムレツ、サラダ、ハムとソーセージとチーズの組み合わせで乗っていた。
マグカップには湯気を立てる黄色のコーンポタージュ。
「ホテルのようには行かないけど真似してみました」
はにかんで言う顔を見ながら美味しそうだよと答えナイフとフォークで食べる。
バターが効いたオムレツが絶品で褒めると顔を赤くして笑った。
「いってらっしゃい」
見送られ外へ出る。
何度か振り返りその度に彼女は控えめに手を振ってくれた。
マンションの廊下を曲がってようやく姿が見えなくなるとはあぁと膝から崩れそうになった。
緊張して体はガッチガチだった。
何とか自然に振る舞ったつもりだけれどどうだっただろう。
変に思われてたりしないといいな。
自分の気持ちにまだ答えは出てない。
まだタラレバの話だし、そんな風に思ったこともなかった。
彼はいつもこんな風に何でもない風を装っていたんだろうか。
いつから?
どこから?
全く気付かなかった私が鈍いのか彼が上手いのか。
風が馬鹿にするように吹き身震いすると室内へと戻る。
ああ、パーティーで料理を作るなんて言わなければ良かった。
上手く行かなかったら、失敗したら彼に嫌われてしまわないだろうか。
不安が頭をよぎり玄関の鍵をしっかり閉めてからリビングへと向かった。
「えっ、襲った?」
二人しか居ないとは言え大声でそう言われ慌てて祐樹の口を塞ぐ。
あまり大きな声で話したくなくて今日は応接セットに向かい合って座っている。
「シーッ」
顔をしかめて言うと苦しかったのかうんうんと彼が頷く。
それを見て手を離すと大袈裟に呼吸をする。
「襲ったんじゃない、撫でたんだ」
あんま変わんねぇよと呆れたように彼が言い俯く。
分かってる、だからこそ話したんだ。
「でも彼女起き上がらなかったんだろ?それって」
蕎麦屋が臨時休業で今日はコンビニの弁当を買ってきたらしい彼が入っていたコロッケを箸でつまむ。
もう半分以上食べ終わり好物にようやく手を伸ばしたところだ。
「知ってるって思われたくねぇ事情でもあるんじゃねぇの?なんか上手く言えねぇけど」
「それって……」
ふむと考え込む。
肯定的に取るならば今までの恩を感じて黙っていた、否定的ならば男として見られていないかまたは財布としか見ていないのだろう。
そういう事かとどっちも大して変わらないと肩を落とす。
「お前もうちっと夢見ても良いんじゃね?肯定的なら、さ」
コロッケを食べ終わり海苔がついた飯を口に運ぶ。
金平牛蒡をむしゃむしゃと食べる。
「嫌じゃなかったって事、だろ」
そんなまさか、と今度は俺が声を上げる番だった。
「それは無い、絶対に」
言い切る俺に食べ終わった弁当の容器を入っていた袋に入れて口を結ぶ。
ふーんと小さく呟き上目遣いでこっちを見た。
「絶対ってさ何パーだよ。統計でも取ったのか?」
「何だよいきなり仕事みたいな口ぶりで」
「だってそうだろ?お前その子の事どれ位知ってるわけ。相手だってお前の事どん位知ってんの?」
それはと口篭る俺に腹をさすりながらソファに仰け反る。
「ビジネスの世界はさ、数値が第一だろ。売り上げやら嗜好性やら集計してさ、そこから方向性を割り出して、進退を決める」
言いたい事がよく分からず眉間に皺を寄せる。
「それ以外にだってあるけどな、でも、最終的に数字が物を言うだろ。その数字に囲まれたビジネスだってさ、蓋を開けないと分かんねぇんだよ。どっちに転ぶかなんて」
あぁ、うん、と相槌を打つ。
確かにそうだ。
どんなにリサーチして新商品を仕入れても売れないときは売れない。
けれどそれはそれほど酷い結果には終わらない。
余ってしまった在庫を抱え途方に暮れるだけだ。
「つまりさ、数字に囲まれたビジネスでさえ分からねぇのに、その子は人間だ。絶対なんてどんな確信も持てないだろ?」
そうだな、とあっさり認める。
彼の言う通りだ。
「それはあっちだって同じだろ。お前の気持ち気付いたとしていつも通りだったらそれはそう言う事だろ」
そう言うって何だよと尋ねれば伸びをしながら立ち上がり、たまには自分で考えろと言われてしまう。
仕事となると冴えるのに恋愛は全然だな、とドアを開ける際に振り返ってにやりと笑った。




