祐樹と婚約者とみかん
とりあえずいつものホテルへと連れて行ってもらい無理を言ってシングルの空き部屋を用意して貰うとそこで服類をクリーニングに出し軽くシャワーを浴びて仮眠を取った。
俺が帰れば彼女に気を使わせてしまうと思った。
広いベッドに糊がしっかり掛かっているシーツ、寝付けなく何度か寝返りを打つ。
うとうとし始めた所でフロントからモーニングコールで起こされうめきながら重いからだを動かしてシャワーをもう一度浴びる。
ローブのまま部屋の外に掛けられた袋を取りだし昨日と全く同じ格好になる。
ぐぅと腹が鳴ったがもう食事を取る時間も無くとりあえず時間が空いたら何か食べようと、部屋を後にした。
フロントで料金を支払い超特急でやってくれたクリーニングや無理に用意させた部屋の事を詫びる。
佐久間様だけは、特別ですからと言われお世辞と分かっていても気分が良くなり酒井の車へ向かった。
「このまま本社へ向かって宜しいですか」
一度頷くと酒井が車を出し、流石に朝のピークを外れていて道路は混雑していない。
止まることなく社へと着きロビーを抜けてとりあえず祐樹の元へと行った。
が、しかし、そこは人が疎らにしか居らずその下のフロアへと向かう。
会議室のドアが少し開き中から声と光が漏れていてコートを脱ぐとそっとドアを開けた。
前に出ていた社員の口が止まり皆が後ろを振り向く。
「すまない、遅くなった」
そう言い前の方の祐樹の隣の席へと座る。
鞄から資料を出して広げ、止まっている社員を促した。
結局その30分後は会議が続行され押したスケジュールとなって取材をその下のフロアの広報室で受ける。
ここにはオフィスとその隣にメディア用の応接室がある。
ヨーロッパの調度品とイタリアのテーブルセットにと我が社らしい作りになっている。
それを終わらせようやく飯にありつけたのは15時を、過ぎていた。
例の如く伸びた蕎麦を啜っていると祐樹がノックと共に入ってくる。
まだ居たのかと驚き目を開く。
「ちょっとな、やらかした奴が居てさ」
とひらりと見せてくるのは見積書でいくつかある品のひとつ、明らかに桁が一桁多かった。
「相手カンカンだよ、それ食ったら連絡入れといてくんない?俺、そいつとその後行ってくるから」
相手先は最近卸し始めたばかりの大手の食品会社でここを失うのは痛手で、あちゃーと顔を歪ませて頷いた。
箸を置き電話を取る。
電話帳から相手先を呼び出し社長名指しでおねがいするとすんなりと電話が繋がる。
平身低頭で謝りなんとかお許しを頂いて電話を切る。
祐樹と肩を竦めあい彼が去るとさらに伸びた蕎麦を箸で掬って食べた。
流石に今日は残業したくないなと新しい見積書と菓子折り持参で謝りに行った祐樹を待って最後っぺで退社する。
ロビーを抜け酒井に電話しようとした所で彼は言いにくそうに今日付き合ってほしいと頼まれた。
あまり留守にするのも彼女が心配なのだがまあ仕方ないと彼について行く。
彼女に電話をする間もなくたどり着いたのは一軒のイタリアンレストランでこじんまりとしては居るが外観からしてお洒落だった。
中に入り祐樹の名で予約があったらしくとおされると四人掛けのテーブルには一人の女性が座っていて俺達を見て立ち上がり頭を下げた。
初めて会うその人は長い黒髪の少し背の高いすらりとした美人で高松ですと名乗った。
自己紹介も済み、祐樹高松と俺で向かい合って座る。
水が運ばれてくるとごほんと咳払いをしてから祐樹が見たこと無いくらいにまじめな顔をした。
ああ、とここまでの流れで何となく想像がつく。
「あのな、礼。俺、俺達結婚する事になったんだ」
やはりと思いながら手を引え目に叩く。
「おめでとうっ、よかったなぁ」
うんうんと何度も頷く。
彼も俺と同じように女から好かれる。
けれど俺とは違い彼は性格や人柄でだ。
今までも何人か紹介はされたが決まってからと言うのは初めてだった。
スパークリングワインをオーダーし三人で乾杯する。
チーズやピザ、肉料理なんかをたらふく食って店を後にした。
会計はおいわいのかわりだと俺が払い、二人にお礼を言われて酒井を呼んだ。
「式には呼んでくれよな」
「当たり前だろ、スピーチ考えとけよ」
そんなやり取りをして車に乗り込む。
高松さんが持っていた紙袋を俺に差し出しそれを受け取る。
ずしりと重いそれを車内に置く。
「あの、つまらない物なんですけど。実家から送ってきたみかんです」
ありがとうとお礼を言いドアを閉める。
最後まで彼女が頭を下げていた。
「祐樹が結婚するんだってさ」
運転する酒井に伝えると彼も幼い頃からの祐樹を知っているので目を細めて喜ぶ。
あの席に笹川君も居れば俺はもっと幸せだったのに、と思う。
結婚、か。
女に恵まれない俺にはとても遠いところにあるそれを成し遂げようとしている祐樹が物凄く羨ましかった。
紙袋の中からみかんを取り出し剥いて一房口に入れる。
甘酸っぱく果汁が口の中で弾け顔が綻んだ。




