俺と祐樹と残業
酒井の車から飛び出しIDを出して自動ドアを開ける。
全部開くのを待つのももどかしくて無理矢理身体をねじ込みロビーを駆け抜ける。
エレベーターのボタンを連打して開いたそれに乗りとりあえず俺のオフィスへ向かう。
着いてはみた物のそこから見ても部屋から明かりが漏れている様子はなくそのまま一つ下のフロアへと下りた。
広いオフィスへのガラスドアを開くと真っ暗な室内で一番奥の机のスタンドだけが明かりを灯している。
「祐樹」
声を掛けてから駆け寄ると彼は顔を上げてよっと手を挙げた。
両手を拝む形にして頭を下げる。
「本当に悪かったよ」
「もう良いって、お前の人間性には傷一つ付いてねーよ」
ははっと書類まみれで笑う。
それからさてとそれらをざっと分けて俺に渡してくる。
「これが俺がもう目を通してあとお前の判子だけ、あとこれがまだ目を通して無い分、まだあるぞ」
どさりどさりと紙の束が俺の両腕に乗ってくる。
「えっと、あ、これこれ、これが明日受ける取材の資料で、これは明日の会議の資料。あと」
重くなった腕で二歩下がる。
「ちょっと、たんま。流石にこれ以上は無理だ。残りは明日に」
にやりと笑う祐樹。その顔には嘘だと書いてある。
仕返しか。
「ま、とりあえずそんなとこで良いや。お前の部屋でやろーぜ。あっちのが広いし眺め良いし」
大して変わらないと思いながらも膨大な机に埋もれてやるのは気が引けるので素直にその言葉に従うこととする。
祐樹も書類の束を持ち二人でフロアを後にする。
エレベーターに乗り俺の部屋への入る。
電気をつけ、俺は机に、祐樹は応接セットに座り二人で黙々と書類と睨めっこをし始める。
しかし集中力はやはり持たないもので1時間もすると彼が先にダウンした。
ソファの背もたれに頭を乗せ後ろに力を預ける。
「あー、もう、帰りてぇ」
「帰ってもいいよ」
ぎろりと横目で俺を睨んでくる。
怖い。
「今日お前の尻拭いで全然自分の仕事出来なかったんだよ」
その言葉にこちらは沈黙せざるを得ない。
そんな俺を見て溜息をつく。
「査定よくしろよな、これでボーナス少なかったら辞めっから」
うげ、それは困ると何度も頷く。
俺以上に会社を取り仕切っている影の社長が居なくなったら社員も俺も路頭に迷う。
「で」
体を起こして俺の方を見た。
書類をめくっていた手を止める。
「いつんなっなら話してくれんの?それとも俺には話せないような不細工?」
昔から俺たちは何でも話してきた。
それこそ幼稚園のお遊戯会やらクリスマス会やらのご褒美のランダムなお菓子の内容までだ。
「そうだな」
「え、マジで不細工?」
違う違うと手を振って不意に腕時計をみる。
時間はちょうど1時を過ぎた辺りだ。
立ち上がり椅子に掛けて置いたコートを羽織る。
「取りあえず場所変えよう。夜食まだだろ?」
こんなに尽くしてくれた彼にカップ麺はあんまりでそう告げると彼も立ち上がり下のフロアにコートを取りに行った。
ロビーで落ち合い外へ出る。
「うあ、さっみーな」
身震いする彼に同意して頷き歩き始める。
もう営業している店は居酒屋位しかなくて手身近なチェーン店のそこへ入る。
一転暖かい空気とアルコールの匂いに包まれ案内された席でコートを脱ぎ脇へ置く。
メニューを先に見ていた彼が上目遣いで俺を見た。
「軽く飲むか」
残業はまあ何とか成るだろうとたかをくくってそう言うと顔がにまりと笑う。
つまみになる物を三品とサワーとビール、それから焼きそばを頼んで2人してタバコを取り出す。
時代の流れで社内は喫煙室を除く全面禁煙で、俺と祐樹が成し遂げられなかった唯一の夢だ。吐き出す煙が空中で混じり合い消えていく。
「お待たせしましたー」
と金髪の女の子が飲み物を運んできて二人で軽くグラスを合わせた。
彼の喉がゴクゴクとビールを飲み込んでいく。
甘いサワーを俺も一口飲み次いで来た枝豆に手を伸ばす。
もぐもぐとそれを食べ、次に軟骨の唐揚げに箸を伸ばし、焼きそばを皿に取った所で、まあ、彼がキレた。
「おい」
取り分けた焼きそばを彼の前にも置く。
湯気が出るそれは香ばしいソースの香りが漂い少し太い麺はテカテカと光っている。
「分かってるって」
ずるっとそれを食べながら言う。
本音を言えばまだ覚悟がないんだ。
「ほんとかよ」
ぶつぶつ言いながら彼は軟骨を二つほど一気に食べた。
皿と箸をおいてサワーを一口。
「あのさ」
ビールを飲んだままこちらをみる。
「俺、高校の時から家の金目当てに色んな女が付きまとってきただろ?初めてだって半ば強制的に年上の女にやられたし」
うんうん、と祐樹が頷く。ここら辺は彼も熟知している。
「で、大学の時には美人局にもあったし、女で良いこと無いんだよ」
タバコに火を点け吸う。
煙を吐き出し当時の事を思い出してこめかみを押さえた。
「で?」
彼もタバコを吸いながら続きを促してくる。
「お前が心配して紹介してくれた女もさ最初はみんな良い子で、でもさ、飯食うと当たり前のように俺が払うだろ?それは良いんだよ。でもな、ごちそうさまもいただきますも、無いんだよ」
ふむ、と祐樹が頷きおかわりしたビールを美味そうに飲む。
「つまりさ彼女らはみんな俺を財布にしか見てなかったって事だろ。別に態度が変わる訳じゃないんだけどな。それで来る女来る女みんなそうじゃないかと最初から疑うようになったんだ」
サワーのおかわりも来てそれを半分ほど飲む。
「それは辛いな、なんて言うかプライドの問題だな」
祐樹に言われ頷く。
つまみが無くなりメニューを二人で見てまた何品か頼む。
「で、今の女はどうよ」
煙を吸ったところでその言葉に盛大にむせた。
呆れた顔の祐樹を尻目に咳が収まったところで口を開ける。
「違うんだよ」
「何が」
「いただきますとごちそうさまが言える」
「それから?」
促され顔が赤くなる。
こいつと話しててこんなに恥ずかしくなるのは初めてだ。
「真っ直ぐなんだ」
まっすぐ?と串の盛り合わせからつくねを取って七味をかけている。
「俺を真っ直ぐただの友達として見てくれてる気がするんだ、お前みたいに」
俺?と自分の事を指さし首を傾げる。
うんと頷きここ何日かのことを思い出し、同居のいきさつも話す。
「家に帰るとさ飯があるんだよ、それで風呂が沸いてて、新聞もテーブルにきちんと置かれてるんだ。飯もフォアグラとかキャビアとかそう言うのじゃなくて普通の和食だったりしてて、美味いんだ」
ふーんと言われ少し肩を落とす。
「つまり、おまえの周りの女は料理作ってあげるわってーと高級食材ばかりで、そんな細かいところまで気が回ってなかったんだな?」
うんうんと頷く。
三杯目のビールが運ばれてくる。
彼がネクタイを緩めた。
「でも、それって家政婦としてやってんじゃねーの?」
ぎくりとその言葉に背筋が痺れた。
肯定的に取れば俺の言う通りだが否定的に取るならば彼の言葉通りだ。
「そうじゃないと良いなぁとは思ってる」
反論できずせめて希望だけでも伝えると彼はふーんとだけ言った。
「俺のこと好きになってくれないかな
」
ぼやくとそうだなあと答えが返ってきて、残っているサワーを飲み干した。
話しも済んだし店を出て社へ戻る。
ほろ酔いのまま何とか終わらせ外へ出るともう雲が薄く光っていた。
伸びを二人でしながら顔を見合わせる。
「流石に社長と副社長二人でやすみはまずいよなー」
はははっと祐樹が笑い俺を同意して笑う。
ひとしきり笑ってから彼が俺の背中をバシッと叩いた。
「半分こしよーぜ」
アイスをそうするみたいに言われ彼を見る。
「お前は午後から取材だから12時出勤、俺は会議に出るから13時で早退」
ああ、うん、と頷き彼に見送られ歩き出す。
表通りまで行けば酒井が待っている。
「告ってこいよー」
と背後から大声で声を掛けられ思わず赤面し振り返って睨みつけ、踵を返して走って逃げた。
朝起きると随分と体はもう良くなっていて枕元にあった体温計で測るともう平熱になっていた。
起き出し着替えてからリビングを目指す。
いつもより少し遅くなったがまだご飯と味噌汁くらいなら出来るとキッチンに立つ。
ふんふんと鼻歌を歌うと声も殆ど治っていることが分かる。
よかったよかった、佐久間様々だなぁ。
昨日の土鍋やとんすいはきれいに洗われてしまわれていた。
炊飯器のお釜を持ってきてお米を研ぎ少し水を少な目にして炊いた。
キャベツと榎茸を一口大に切り鍋に水と共に入れ火に掛ける。
冷蔵庫から梅干しの瓶を取りだし2、 3個出してまな板の上に置き箸で丁寧に種を取って身の部分だけ包丁で叩く。
ある程度滑らかになったら鰹節を混ぜまた叩いた。
それを皿に包丁を使って移し、戸棚から海苔をだして八つに切る。
沸いてきた鍋を止め味噌を溶き入れ煮立たせる。
粉末の出汁を入れ、蓋をしておく。
炊けたご飯をかき混ぜ、保温を切って蓋を開けて数分待ち、塩とラップと先ほどの梅と海苔でおにぎりを4つ作った。
皿に2つ乗せ脇にたくあんを添える。
なんだかお昼ご飯みたいだけもまあ無いよりはマシだろう。
時刻はちょうど七時で新聞を取りに行くついでに彼の部屋をノックして開けるも中には誰も居なかった。
へなへなとその場に座り込む。
そうか、そうだよね。
昨日あんなに遅くに出て行ったんだから返ってきてるわけ無いよね。
しばらくそうして立ち上がり部屋のドアを閉めてのろのろとリビングへ戻りテーブルの上のおにぎりにラップを、掛けた。
カーテンを開けコーヒーを飲み洗濯をする。
一日さぼった分、量が多くなかなか終わらず掃除まで終えると昼になっていた。




