16 魔王、王都へ行く
半月ほどの旅を経て、トリスたちはついに王都へ辿り着いた。
視界に飛び込んできたのは、見たこともない巨大な街並み。重厚な建物が整然と連なり、遥か彼方には一本の塔が空を突いている。沿道には様々な店が軒を連ね、奇抜な衣装を身にまとった芸人が音楽を奏でながら練り歩く。表通りにも路地にも石畳が敷かれ、人々や馬車が絶え間なく行き交っていた。
「すごい……こんなに大きな街、見たことない……」
目を白黒させて立ち尽くすトリスの頭を、フェルクがポンポンと軽快に叩く。
「ほら坊主、口開いてるぞ。行くぞ」
行き交う人波。その間を縫うように突進してくる騎馬や馬車。
トリスは人にぶつかるまいと肩をすくめ、端っこをビクビクしながら歩いた。だが、人込みを進むうち、先を歩くフェルクとの間に次々と人が割り込んでくる。やがて、その頭さえ見えなくなった。
「フェルクさん……っ!? フェルクさん!」
必死に追うものの、人々の背中が目の前を遮る。肩をぶつけられて怒鳴られ、通りへ押し出されて馬車に轢かれそうになりながら、ふらふらと辿り着いたのは大きな噴水のある広場だった。
四方八方に伸びる見覚えのない道。どこから入ってきたのかすら分からない。
文字の読めないトリスは、宿屋の女将から貰った手紙をフェルクに預けてしまっていた。はぐれてしまっては、どこへ向かえばいいのかすら分からない。
トリスは途方に暮れ、噴水の縁へポツンと腰を下ろした。
背負い袋から飛び降りた子猫の魔王は、水しぶきを浴びてパッパッと顔を振る。
(あの愚か者め、子供を置いて先へ行くとは何事か!)
子猫が周囲をキョロキョロと見回していると、見知らぬ二人の子供が近づいてきた。トリスと同年代の少年と、その手に引かれたよちよち歩きの幼子だ。
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
幼子が指をさす。兄らしき少年は足元に荷物を置くと、子猫の前で屈み込んだ。
「これ、君の猫?」
伸びてきた手を子猫はするりと回避し、トリスの膝の上へちょこんと座り直した。
(子供はベタベタと触ってくるから嫌いなのだ。……まあ、こいつも子供だが)
ふたりに尻を向けて尻尾をゆらゆら揺らしていると、いきなり幼子にむぎゅっと力任せに掴まれた!
「にぎゃあああっ!?」
驚いた幼子が手を離すと、子猫は噴水の縁を激走し、勢い余って水の中にドボンと落ちた。
トリスが慌てて引き揚げたものの、子猫は見るも無残なずぶ濡れ姿となった。トリスは子猫を石畳に置くと、背負い袋から乾いた布を取り出した。
そこへ、聞き覚えのある呑気な声が響いた。
「おーい坊主! ここにいたか、探したぞ!」
見知らぬ大人の出現に、子供たちは慌てて荷物を抱えた。走り去る間際、少年が小さく囁いた。
「猫ちゃん、ごめん……!」
水浸しの子猫を見下ろし、フェルクは大声をあげて笑い転げた。
「ぶははっ! なんだなんだ、見事な濡れネズミじゃねえか!」
子猫は全身をブルブルブルッと激しく震わせた。
(誰がネズミだ! 余は魔界の王アルデルヴィオンであるぞ! そもそも貴様が人混みで子供から目を離すからこうなったのだ!)
「にゃあにゃあにゃあーっ!(猛抗議)」
飛んできた水滴を袖で拭い、フェルクは子猫の前へしゃがみ込んだ。
「そう怒るなよ。俺だって久しぶりの王都で少々テンパっててさ……。とにかく、目当ての場所が分かったから行くぞ」
トリスは子猫を丁寧に拭いて背負い袋へ戻すと、今度ははぐれまいとフェルクの服の裾をキュッと掴んで歩き出した。
◇
連れられて到着したのは、とある食堂の前だった。
「ここが手紙にあった場所だ」
フェルクは預かっていた手紙をトリスに返す。王都にいる女将の妹は、ここで食堂を切り盛りしているらしい。
入り口から入ると、煮込み料理の匂いが鼻腔をくすぐった。昼はとうに過ぎているせいか、客らしき姿はない。フェルクが奥へ声をかけると女の声が返ってきた。
「はーい、お客さんかい?」
奥から現れたのは宿屋の女将によく似た恰幅の良い女性だった。
トリスが手紙を差し出すと、彼女は慣れた様子で手紙に目を通した。
「……ハァ、また姉さんの気まぐれかい。まあいいさ、住み込みで働くんだね」
「はい! よろしくお願いします!」
「……で、そっちの男は?」
胡乱な視線を向けられ、フェルクはヘラリと笑った。
「俺も……しばらくここで働かせてもらえますかね?」
「まあ、仕事なんて山ほどあるよ。ふたりで屋根裏部屋を使いな」
ふと、女主人の視線がトリスの背負い袋から覗く黒猫へ留まった。
「猫かい?」
「一緒に置いていただいてもいいですか? この子の飼い主を探したくて……」
「迷い猫かい?」
「多分……。この首輪に書いてある文字が、手がかりにならないかと思っているんです」
女主人は青い首輪を覗き込んだが、すぐに興味なさそうに肩をすくめた。
「さあねぇ、あたしにはさっぱり。学者先生にでも聞いてみたらどうだい」
「どなたか知り合いがいらっしゃるんですか?」
「いつも週末になると夕食を食べに来る人が一人いるよ。店に来たら教えてやるよ」
「ありがとうございます!」
「礼には及ばないよ。さあ、荷物を置いたらさっさと仕事だ。二人ともしっかり働いてもらうよ!」
◇
ギシギシと鳴る梯子を上り、屋根裏部屋へ。
背負い袋から跳び降りた子猫の魔王は、興味深そうに室内を見分する。部屋の隅には藁の寝床、転がる木箱。天窓からはやわらかな西日が差し込んでいた。
子猫は尻尾をピンと立て、満足げに揺らす。
(ほう……これはまた、狩りのし甲斐がありそうな隠れ家ではないか)
トリスが荷物を整理する傍らで、フェルクは天窓を開けて王都の街並みを眺めていた。トリスが遠慮がちに尋ねる。
「あの……フェルクさんも、その人と会われますよね?」
「ああ、ちょっと尋ねたいことがある」
トリスは木箱を引き寄せ、その上に乗って天窓から外を見下ろした。
眼下の通りには人声と車輪の音が満ち、王都は夕刻を迎えてなお騒がしく息づいていた。
次回、第17話 「魔王、学者に出会う」 11月3日(火)19:15更新予定




