VS魔王
楽しい時間は、永遠に続かない。
何事にも終わりは来る。
それがたとえ、勇者にしか倒せないとされた魔王だとしても──。
「ごっ!? がっ?!」
魔王がひとつ拳を入れる間に、リクドの攻撃が三度加えられる。
勇者の聖剣以外では傷ひとつ付くことはないはずの身体が、傷と血だらけになっていく。
魔王に生まれついたときから勝手にバフとしてかかっていた魔法『自動回復』が機能しなくなっていた。
魔法である以上、魔力を使う。
それが発動しなくなったということは、魔力が枯渇し始めたのだ。
勇者でさえも、絶対に枯渇させられないとされていた魔王の魔力だった。
魔王の動きが鈍くなっていく。
全力の質が下がっていく。
(あぁ、歯がゆい……なんと歯がゆいことよ)
魔王の拳がリクドを吹っ飛ばす。
すぐさま起き上がって飛んできたリクドの蹴りが、腹に突き刺さる。
避けられない。腹に力を入れるも、足りない。
「ぐばっ!?」
血を吐き出す。
己の口から出るはずのなかった、負傷の象徴。
(ふふ、まさかな。まさか……こんな想いを抱くことになろうとは)
痛みに腹部を押さえ、膝に手を置く。
息が上がっている。
すべて、初めての感覚だった。
「……?」
追撃が来ない。
ふと顔を上げると、そこには泣きそうになっているリクド・アルスベールの姿があった。
子どもみたいだ、と魔王は思った。
人族の営みの中に、見たことがある。
楽しい遊びに、終わりが来てしまったものの顔。
「くっ、ははっ……」
思わず、笑ってしまった。
勇者としての資質、そして聖剣なしに魔王を討つ逸材がなんとまあ……。
「そんな顔をするな、リクド・アルスベール」
「俺は、悲しい」
「だろうな。だが、もう終いの時間だ」
呼吸を整える。
もう、長くはない。
力を込められるのは、次で最後だろう。
「我はな、貴様に感謝しているのだ」
「……」
「世界にとってただの循環用の機関であり、敵無しであるがゆえに、また喜びもない。勇者に討たれるまでは世界を蹂躙して楽しめという、ただそれだけの“生物”。はっ」
自嘲する。
そんなもの、そんな生物。
「いったい、何のために生きるというのか」
飽いた。
飽いていた。
歴代の魔王もきっとそうだった。
だが、彼、彼女らは出会わなかった。
この男。
目の前で泣きそうな顔をしている男、リクド・アルスベールに。
「お前が思っている以上に、我は貴様に感謝している。だからこそ、貴様も理解しているだろう。誰も立ち入れられないこの戦いの、我らの行き着く先はこれよ」
泣きそうな顔だったリクドが、スッと顔を引き締める。
そうだ。それでいい。
それでこそ、魔王の相手として相応しい。
「俺は、ずっと全力を出したかった。あんたは、俺の全力に応えてくれた。だから、いなくなるのが悲しい」
「我とて同じ。人族など勇者以外は、否、勇者でさえもただの殺戮対象のゴミムシ。そう思っていたのだがな……」
魔王は笑みを浮かべる。
それは邪悪さも、かといって清廉さも何もない。
純粋に、こぼれてしまったという風の笑み。
「我がなぜ、前回の魔王から異例の短さで生まれたのか。それは、貴様と戦うためだったのだろうな」
「ああ」
「……遠慮などするなよ。全力で来い」
「…………当然だ」
二匹の人外が構える。
もう、逡巡も迷いも何もない。
考えることはただ一点。
目の前の相手に己の全力を打ち込む。
「来い! リクド・アルスベール! 我が強敵よ!」
「魔王エンリケェッ!!」
そして、ふたつの拳がまったく同時に突き出された。




