1章 第4話 上級冒険者は階層主と戦う
上層・中層・下層、そして深層。
ダンジョンの階層はその四つに大きく区分される。
そして、それらの層の境目に出現するボス・モンスターこそが『階層主』であった。
次の階層への入口を守る強力なモンスターで、それまでの雑魚モンスターとは比べ物ならない強さを誇る。
撃破してしばらくの間は再出現しないため、多くの冒険者は費用対効果の悪さから対戦を避ける傾向があった。
しかし、どこのダンジョンでも共通して。中層を主な狩り場とする者と、下層を目指す者は一度はその討伐に挑戦することになる。
「いたわね、情報どおり、黒鎧猩……」
階層主が待ち受ける広間へと通じる通路から、ルナは観察をした。
それまで何度も戦闘をしてきた広間を超える、広々とした空間。
その中心には、太い円柱が突き立っている。
そして。その円柱を守るかのように鎮座する一体の黒いモンスター。
黒い鎧のような装甲を身にまとった猿がごとき外見のそれこそが、このダンジョン中層の階層主、黒鎧猩であった。
冒険者達の二倍はあろうという巨躯で、見た目の通りに防御が固く、そして見た目を裏切る俊敏性を備えた強敵である。
さらに、その剛腕の先の鋭い爪の一撃は、物理攻撃に闇属性を乗せたもので極めて強力だった。
それまで、余裕綽々という様子で道中を歩んできた冒険者たちに、初めて緊張が走る。
彼らは全員、中層を主な狩り場とする冒険者であったが、階層主となるとパーティが全力を尽くして、どうにか勝てる難度の敵である。
油断をすれば、死もあり得る。
よって、これまでよりも入念な打ち合わせが行われた。
階層主の性質として、広間に入らない限り攻撃をしてくることはない。代わりに、広間の外から魔法を撃つことも、広間の外でかけたバフを持ち込むこともできない。まさに門番であり試練だった。
全体指揮をとることになった『輝ける道』のルークが打ち合わせを口に出して再確認する。
「基本的な陣形はこれまでと同様です。『黒い蹄鉄』のみなさんが前衛。切り込み役より盾役としての立ち回りをお願いします」
「おうよ」
「後衛は『赤い円陣』の皆さん。難しい注文ですが、大威力かつ命中性の優れた魔法攻撃をお願いします」
「あいつは硬い上にすばしこいからねー。前のときも合同パーティ組んだわ……」
「そして我々『輝ける道』は中衛。遠距離からの牽制かつ、後衛を守る最後の盾として動く」
パーティ同士の役割分担の確認が済むと、ルークは護衛対象であるルナを振り返った。
「ルナさんもそれで問題ないですか?」
「ええ。でもいい感じの隙があったら私も一撃くらい入れるわ。みんなが頑張ってくれたから、『探魔の銀盤』の起動以外に一切魔力を使わずに済んだもの」
「それは心強いです。——ではみんな。行くぞ!」
ルークの掛け声と共に、冒険者達が大広間に駆け込んだ。
『黒い蹄鉄』の面々が先行し、黒鎧猩がどの方向に飛びかかっても対応できるように囲みを作る。
それを見て、黒鎧猩が唸りを上げて突撃を開始する。
標的は『黒い蹄鉄』のメンバーの一人。
後ろに続いた『輝ける道』の者たちは、そうはさせじと短文詠唱の魔法を放つ。
「炎の矢!」
「雷の矢!」
灰色魔狼戦と同様に、歩みを鈍らせることを目的とした魔法が幾条もうち放たれる。
灰色魔狼と違って、黒鎧猩は回避するそぶりすら見せなかった。
結果として、すべての魔法が直撃する。
拡散を付与していないため、魔法一発一発は魔狼に対して使ったそれよりも威力が上がっているはずだった。
だが黒鎧猩は一切の痛痒を感じたそぶりを見せず、そのまま突進を続ける。
「流石に硬い!」
「オレなら止められる! ウォオオ!」
回避すればそのまま中衛のみならず後衛まで到達しかねない勢いに、狙われていた近接職の男性冒険者は受け止めることを選ぶ。
果たして。黒鎧猩は鋭い爪の一撃を男性冒険者に放ち、その男は吹き飛ばされる。
「くそが! 体力値が半分削られた!」
普通であれば身体が真っ二つになる一撃であったが、鍛え抜かれた高ステータスの冒険者は体力値も高い。その値が0になるまでの間は身体が傷つくことはなかった。
攻撃した相手がまだ生きていることに気づいた黒鎧猩が、追撃のために跳躍しようとする。だがそのときには、後衛で詠唱が完了していた。
「威力強化!」
「威力強化!二重化」
「威力強化!三重化」
「――その氷槍は心の臓を貫くまで伸びにけり! 発動!氷の巨槍・追尾せよ!」
三人の魔術師により強化を受けた中級氷魔法。威力は上級のそれに匹敵する。
その魔法の射出を感知した黒鎧猩は追撃を取りやめ、初めて回避を選択する。
冒険者達から大きく距離を取るように後ろへと跳躍。
だが放たれた氷の槍は軌道を変え、後退した黒鎧猩へと追いすがりその腹部に直撃する。
「追尾詠唱付きよ! やってやったわ!」
「――!!」
苦痛と、それ以上に怒りの籠もった咆哮を黒鎧猩が上げる。それこそが痛打を与えた証明であった。
だが、流石は階層主と言うべきか。そのまま黙ってやられはしなかった。
黒鎧猩の腕の装甲の隙間から、無数の黒いトゲが生え、そしてそれが射出される。
「盾強化!」
「防御力強化!」
高速かつ広範囲への攻撃から防御力の低い後衛を守るために、前衛職の者たちがそれぞれ防御技能を使い前にでる。
「――ッ!!」
「氷の巨槍!」
防がれた黒鎧猩が苛立ったように爪で殴りかかろうとし、そこに牽制の遠距離攻撃が突き刺さる。
相手からの攻撃はもらわず、じわじわとダメージを与える。冒険者たちはうまく戦いを進めていた。
しかし、致命的な一撃は入れられず、長引いた際に対応を誤れば、黒鎧猩側に一気に形成が傾きかねない。
そんな状況だった。
(長時間の戦闘でも集中力を保ち、対応を誤らない面子だろうけど……事故が起こったらイヤだな)
戦況を見ていたルナは、介入を決めた。
ルナが剣を抜き放つ。
特二等武器・緑柱剣サーガルドがその名に示される緑の刀身を露わにした。
「みんな距離を取って! 私が一撃入れる!」
ルナの叫びに、冒険者達は即座に反応し、黒鎧猩から離れる。
その様子を観察し、黒鎧猩の側もルナに対して警戒の視線を向け、回避にも攻撃に移れるようにか、その発達した脚をたわめた。
「威力極大強化! 風裂刃・極の構え!」
しかして黒鎧猩の警戒は無意味だった。
剣を構えたルナの背後に生まれるのは、複数の風の刃。
それが次々と黒鎧猩へと襲いかかる。
ひとつめを黒鎧猩を回避した。しかし、ぶつかったその場所から今度は竜巻が形成される。引き込む力を持ったその竜巻に黒鎧猩は吸い寄せられていく。
そんな黒鎧猩に二つめの風の刃が直撃する。
それもまた竜巻に転じる。無数の小さな刃に切り裂かれでもしたかのように、いくつもの裂傷が階層主の身体に刻まれる。
その身を包んだ装甲がみるみるうちに失われていく。
三つめ。四つめ。竜巻に転じた風の刃は黒鎧猩の動きを鈍らせる。
極めて強力な風属性の攻撃。そう見えるそれは、ルナが放たんとする剣技の、単なる準備。本命の攻撃の回避を許さないための前座。
「――ッ!!」
叫びを上げたのだろうか。黒鎧猩は大きく口を開けるが、それが竜巻に阻まれて冒険者たちのもとに届くことはない。
代わりに、ルナ・リングハートの裂帛の叫びが響き渡った。
「発動! 風裂刃・極の一閃!」
上段に構えた刃が振り抜かれ、人の身幅ほどもあろう巨大な光刃が、竜巻により身動きもままならない黒鎧猩を直撃する。
構えと一閃の二段から成る風属性の最上位剣技、風裂刃・極。
強化された中級魔法をさえ耐えた黒鎧猩はその一撃を以て絶命した。
その絶命を感知したかのように竜巻は消え去り、最後に死骸が転じた灰を吹き散らす。
コトリ、と。そこにドロップアイテムの指輪が落ちた。
それで、この戦いは決着だった。
「俺達が多少、体力を削っていたとはいえ……」
「行動阻害と持続ダメージ、そしてトドメの大威力攻撃を兼ね備えた、最上級の風系剣技か……」
戦いの終わりにほっと息をつきつつ、冒険者たちは今しがた見た上級冒険者による一撃に感嘆する。
「流石です。しかし、よかったのですか? このあとの下層での狩りが本番では?」
剣を鞘に収めたルナの元に、『輝ける道』のルークが駆け寄り称賛と懸念を伝える。
それに対してルナは笑顔で応えた。
「みんなのお陰で魔力をまったく消費せずここまで来れたからね。ここで一回技を使ったくらい問題ないわ」
魔力を温存するために冒険者達を雇いこそしたが、それでも途中で何度か力を振るう場面はあるだろうと想定していた。
だが、雇った者たちは予想以上に優秀で、ルナは一度も戦う必要が無かった。
温存してきた魔力をここで多少使っても、問題は無い。
そこに、黒鎧猩のドロップアイテムを回収した『黒い蹄鉄』のパーティーリーダー、ガルムが戻って来る。
「鑑定したが、かなり高位の風属性強化の指輪だぜ」
「ルナさんにピッタリって感じね!」
自分のことの様にはしゃぐ『赤い円陣』のヘカテ。ルナは指輪をチラリと見て、苦笑した。
コツコツと手甲の上から指の一本を叩く。
「あいにくと、同じのをもう持ってるのよね。同じ属性強化アイテムの効果は重複しないから……」
「やっぱり上級冒険者の所持品はすごいわー。じゃあアタシが貰って良い?」
「だめに決まってるじゃないですか。ルナさん。こちらはギルドに買い上げて貰う形でよろしいですか?」
「ええ。その売上については、みんなの追加報酬として分配して」
「流石は上級冒険者! 豪気だねぇ!」
「なんでアタシを見ながら言うのよ! 貰っていいかなんて冗談に決まってるでしょ!」
そんな風に。ワイワイと騒いでいるうちに。
大広間の中心に座していた円柱が淡い光を放ち始めた。
「帰還の円柱が起動しましたね」
中層での活動をする者たちが、損害覚悟で一度は階層主に挑む理由。
そのひとつが今まさに起動した『帰還の円柱』であった。
円柱に入った冒険者を安全にダンジョンの入口まで運ぶこの昇降機の使用条件。それは階層主を倒した経験の有無。
ルナの護衛任務はこの円柱の起動までと設定され、冒険者達は、この帰還の円柱で地上へと戻る手筈になっていた。
全てのパーティが円柱の中へと入り、ルナはそれを見送る形になる。
「ルナさんの下層での戦いぶりもぜひ拝見したかったのですが」
「ギルドもケチよね。レベル60超えないと下層に行っちゃダメとか」
「おいおい。おめぇさっきイガーニアが調子乗ってたから死んだと言ってたくせによ」
最後まで賑やかな冒険者たちと握手を交わして、ルナは数歩、『帰還の円柱』から離れる。
「ではご武運を!」
「ええ! ここまでの護衛、ほんとにありがとね!」
『帰還の円柱』の扉が閉まり、大広間がシンと静かになる。
その静謐な空気の中、下層への扉が否応なく存在感を強めていた。
「さあて。ここからが本番ね」
ルナはステータスウィンドウを開き、自分の残魔力量を確認する。
いくつかのダンジョンで下層に降り立ったことはあるが、魔力をここまで残しての突入は初めてだった。
繰り広げられる戦闘への緊張と、得られるであろう戦果への期待を半々に黄玉色の瞳を煌めかせる。
そうして、ルナ・リングハートは下層への扉を押し開いた。




