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1章 第15話 旧友との再会は哀切に満ちて


 ムクロ・スパルダは、頭蓋の奥から響く疼痛にも似た感覚に顔をしかめた。

 ダンジョンの奥からの『接続』を求める声なき声。


 それは、近くにダンジョンの『端末』と化した者がいることを示していた。


 ムクロがいるのはアルノーのダンジョン深層。


 才を持ち鍛錬を怠らなかった冒険者が、運に恵まれようやっと辿り着ける魔境。そう言われている場所。


 ムクロにしてみればそこは、彼の目的のために何度も訪れた馴染みの酒場のようなものだった。

 酒場が現実を忘れるために訪れるのに対し、ダンジョン深層は現実を突きつけられる場所であるという違いこそあったが。


 そんなダンジョン深層で、頭の中の疼きが強くなる方へ方へとムクロは足を進め。


 そして出会う。

 お互いを視認して、歩み寄り、一定の距離で立ち止まり。


「やあ、ムクロ。久しぶりだね。旧友との再会ほど嬉しいことはない。誰の詩だったかな」

「詩に詳しいのはグラウ、お前だろう。そのお前が覚えてないんじゃ、オレが覚えてるはずもない」


 街中でばったり知り合いと出くわした。

 そんな調子で、彼らは語り始めた。


 ダンジョン深層、そのさらなる深みから現れた男。


 名を、グラウと言う。

 灰雪色の髪に、白晶色の瞳。

 身にまとうのは、今や地上でほとんど見ることがなくなった法衣。


 そして、右手に握る長い鉄棍。


 ムクロは今まで、何人もの『端末』を倒して来た。

 ダンジョンによって洗脳され、その手先となって働く元・冒険者達。


 何らかの制限があるのか。モンスターたちを従えることもなく、一対一でムクロを殺さんとしてきた『端末』を屠って、屠って。


 いつかは、順番が来ると思っていた。

 ムクロの、かつての仲間が現れる順番が。


 五〇〇年前、転生者を自称する不可解な天才によって集められた、当時唯一実戦レベルの魔法が使えた四人。

 ムクロに率いられ、当時発生したばかりだったダンジョンの最奥へ挑み、そしてダンジョンに敗北した者たち。


 そのうちの一人。鉄棍使いのグラウ。

 最後に見たときと変わらぬ姿の旧友の姿に、ムクロは荒れ狂う内心を押し殺して話しかける。


「随分長く穴蔵の中に籠もって、ボケちまったんじゃないか? どうだ。たまには日の光を浴びようぜ」

「とても魅力的だがね、ムクロ。でも、ボクはいまやあの太陽とは異なる太陽の元で生きる者たちのために働いている」


 異なる太陽の元で生きる者たち。

 それが、ムクロとグラウ、そして他の仲間たち。いやこの大陸世界に住まう全ての者たちにとっての《《この有り様の元凶》》。

 ムクロにとって憎むべき相手であるそれらを、グラウはとても愛おしげな発音で語った。


 そこに、断絶があった。


 それでも、ムクロは手を伸ばす。何かの奇跡が起こってくれと。


「消去」


 口にする必要の無い、発動句(アクトゥ・ヴェリス)を口にする。わずかでも効果の足しになるのではないかと。

 

「魔法妨害の魔法だね。モンスターを停止させることもできるし、あのステータスとかいう魔力徴収魔法も散らせるけど。ボクらの脳は純生理学的に不可逆な改造を受けている。それじゃ消せないよ」


 そう言ってグラウは穏やかに笑った。

 掲げたムクロの手がダラリと下がる。


 落胆を隠すように、ムクロは尋ねた。元々の調査目標について。


「イガーニアとかいう冒険者。『端末』になってるか?」

「ステータスを停止したら、あっけなくモンスターにやられたみたいだね」


 ひどくあっさりとグラウは答えた。嘘ではないだろうとムクロは判断した。

 調査が終わってしまった。

 ならば。あとに残るはひとつだった。


「最後に聞く。もう戻ってくることはできないんだな?」

「ボクのほうこそ聞きたい。ムクロ、キミこそこちらにつく気はないのかい?」

「お前みたいに、ダンジョンの手先になれと?」


 グラウはやれやれとかぶりを振った。

 ムクロは、その仕草を何度も見たことがあった。

 

 例えばムクロが、あの不可解な天才ローゼンクロイツの授業に音を上げて逃げ出したとき。


 例えばムクロが、ハスターとの鍛錬で、お互いに熱が入りすぎて血まみれになったとき。


 例えばムクロが、アルギッタとの些細な行き違いから、別れる別れないの大喧嘩を繰り広げたとき。


 呆れ果て、それでも見捨てず向き合ってくれるとき、グラウはそういう仕草をした。


「キミから見れば、ボクらは洗脳されてしまった様に見えるかもしれない。でもそれは違う。話してて分かるだろう? ちゃんと、キミたちとの思い出がある。変化は不可逆だ。でも変わらないものもあるんだ。優先順位の最高位に、ダンジョンの意思があるだけで。ボクも、ハスターも、そして――アルギッタも、ちゃんとキミを愛してる」


 かつてそうであったように。

 童に言って聞かせるような調子で穏やかにグラウは話しかけてくる。


 そしてハスター、アルギッタ、彼と彼女の名前に、ムクロは動揺せずにはいられない。ああもしも、あの頃に戻れるのであれば。


 沈黙するムクロを前に、グラウは言葉を重ねる。


「キミも知っているだろう? 共に冒険をし、共に深層に至り、共に『端末』とされ。共に彼らの理由と知識を流し込まれた。彼らは懸絶している。魔法理論、科学力、技術力。現にキミとボクはどうだい? あの頃から一切老化していない。そんな彼らに敵うはずがない。それに、最近『端末』になった者たちからも聞いている。今の世は、ボクらの頃よりよっぽど平和で、実り豊かな、いい時代だ」


 グラウの説得の言葉に。

 ムクロは頷いた。「確かに」と認める。


「確かに。昔に比べてよっぽどメシは美味い、酒も美味い、部屋は快適だし、清潔な水も湯も使い放題だ。オレ好みの身体つきの女も増えた」

「キミは胸の大きな女性が好きだからね。アルギッタが聞いたら怒るだろうよ」

「うるせぇ。で、だ。――その平和な世界でグラウ。お前は何をしている?」


 あくまで穏やかに話し続けようとするグラウ。その言葉を断ち切るように、ムクロは視線に力を込める。


「《《ここで》》、《《こうしている》》。本当の魔法を使える連中を殺すか『端末』にするために、こうして地の底を這い回っている。奴らの言うなりに。それはお前が『端末』だからだ。道具だからだ」


 ダンジョンは、この大陸世界全体を欺いている。

 

 ドロップアイテムという形で、さまざまな物を与えた。


 それは、物を作り出す力を弱めるために。

 結果、人類の技術は停滞し、あるいは退化すらしている。

 

 ステータスやレベル、そして偽りの魔法を与えた。


 それは、魔法の探求をかき乱すために。

 結果、人類はモンスターを倒すことや、属性などという益体もないことばかりに邁進し、かつて手にしていた本当の魔法をいまや忘れかけている。


 この大陸世界の人間が、正しい魔法理論に気づかないように。正しい魔法理論を発展させないように。そして同時に、数だけは増えるように。


 ダンジョンは、そうなるように振る舞っている。


 もしも。いまや極めて少数となった正しい魔法を行使するものがいれば、それは殺されるか、『端末』とされる。


「いずれこの大陸は使われる。お前たちがそうして道具として使われているように。この平和はやつらの目的じゃない。手段だ。奴らの目的が何か。知っているだろう? 知っていて奴らの側に立つ。平然とそんなことを言える。それはお前が奴らの道具だからだ」

「それは……」


 ムクロの断言に、グラウは否と返せない。


 その有り様に、ムクロは悲しみを覚える。道理に反したことを言えない、生真面目なグラウのまま、グラウはグラウでなくなってしまった。


 ダンジョンが人類の文明停滞を目的とし、自身がその道具でしか無いと理解しながら、それでもダンジョンの意思を最優先する存在へと、グラウは変えられてしまった。


 鉄棍使いグラウ。

 槍使いハスター。

 懸絶せし魔法使いアルギッタ。


 全員が、ダンジョンの端末として堕とされた。

 五〇〇年前、まだダンジョンが出来たばかりの頃。

 ムクロが彼らを率いて、ダンジョン深層にたどり着いてしまったせいで。


 ムクロは叫ぶ。その胸のうちを。あの日から戦い続けるその理由を。


「オレは、何よりも! 何よりも何よりも!! お前たちをそんな道具にした奴らが!――許せない」


 ムクロの断言に。

 説得のために浮かべていた穏やかな表情を、グラウは消した。


「だから、ボクらを殺すと?」

「ああ、殺す」


 激したように話している間。

 ムクロはグラウとの距離を縮めていた。ジリジリと、足の指の動きだけですり寄る特殊な歩法を用いて。

 

 間合いに関しては、それが最適だった。 

 すでに一足一刀で斬り結べる距離だ。 


 魔法に関しては、すでに行使を完了している。

 この状況で唯一使える魔法、身体強化魔法を。

 

 武器に関しては、これ以上望むべくもない。

 地上世界で叶う限りの技術で鍛えられた、片刃の鉄剣。


 ムクロは腰に()いた剣を、鞘に収めたまま構える。

 




 一撃でグラウの命を断つべく、ムクロは跳躍した。

 

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