1章 第12話 上級冒険者と捕縛クエストの完了
ダンジョンの外では、冒険者の能力は低下する。
しかし、追うルナの側も、逃げるルークの側も、いずれも高レベルの冒険者であり、かつ前日にダンジョンを訪れたばかり。
ステータスダウンの程度は低かった。
そして道理として。元々のレベルが高いルナの側が速度で勝った。先行して逃げ出したルークを徐々に追い詰める。
二人がたどり着いたのは、『輝ける道』の拠点があった五番街のそばを通る川沿い。
街を出るにはその川を渡らねばならないが、冒険者の脚力を以ても飛び越えることは不可能な川幅がある。
ルークの側はどうにか川を渡る橋まで逃げ切ろうとし、そうはさせじとルナは攻撃を放つ。
「風裂刃!」
ルナの放った剣技がルークの足へと直撃する。
ダンジョン内で無いため、一撃で体力値を削り切るほどではなかったが、それでもルークは衝撃に大きく体勢を崩した。
「くそっ!」
小さく罵声を漏らしながらも、ルークは手にした『鉄弓』を作動させる。
鉄針がルナに向かって放たれる。
「風の盾!」
だが、ルナの側はそれを予想していた。
風の盾が鉄針をそらし、見当違いの方向へと吹き飛ばす。
ルナの得意とする風属性の防御魔法は、『無弦の鉄弓』系統の魔具と相性が良かった。
魔法の防御性能自体は地上で発動させたことによって落ちているが、防ぐ力と同時に逸らす力が働く系統の魔法であったため、鉄針の直撃を避けることができる。
二射、三射と放たれる鉄針を逸らしつつ、ルナは接近し。そして緑柱剣サーガルドで以ってルークの『鉄弓』を切り飛ばす。
破壊された魔具の常として、それは灰となって崩れ落ちた。
「観念しなさい!」
ルークの首元に切っ先を突きつけ、ルナは投降を迫った。
不承不承といった様子で両手を上げたルークは、それでも往生際悪く言い募ってきた。
「同じ冒険者のよしみで、見逃しては貰えませんかね?」
「このクエストを受けたばかりのときなら、少しは悩んだかもしれないけどね」
ルナとしても、親しく言葉を交わした相手を捕縛することに思うところが無かったわけではない。だが。
「あの包囲から抜けるために、どれだけの犠牲を出したか分かってる!?」
「ボクも仲間を三人殺されてますよ」
「最初から大人しく投降していれば、こんなことにはならなかったでしょう! いいえ! それ以前に、魔具の横流しなんて真似さえしなければ!」
ルナにはそれが理解できなかった。
ダンジョンでは真っ当に稼ぐ方法などいくらでもある。それを打ち捨てて、犯罪者の道に堕するという選択が。
そして逃げるために人を殺すという行為が。
「流石、ルナ・リングハートですね。若くして高レベルに達し、悩むのは『どう強くなるか』だけ。登るべき階段が目の前に見えていて、それを一歩ずつ登るのが人生だと思ってる」
追い詰められた側のルークは、むしろルナに哀れむ様な視線を向けて言った。
「しかしね。人生の最初から負債を背負った者にとっては違うんですよ。デイジーの親は娼婦で、彼女に文字を教えなかった。ステータス画面が読めるまで苦労しましたよ。トウェインの父親は飲んだくれ。あいつにゴミ捨てだけやらせこき使ってた。レベルを上げる暇も無い」
パーティの仲間のことであろう。ルークは語る。
ルナはそれを聞いた。逃亡するそぶりを見せれば、即座に斬るつもりだったが、彼の仲間を殺す側の陣営に身を置いた人間として。ルナにはその言葉を聞く必要があると思えた。
それに、じきに衛兵や監査騎士団たちも追いついてくる。
「—―人生の最初に負債があるとね。それを0に戻すだけで精一杯で。どうにか0から這い上がってみれば、そこには、最初が0だった連中がとっくに階段を登っていて、高みから僕らを笑っている」
「だから犯罪に手を染めたと? その差を埋めるために?」
「いいえ。違います。僕らはほんの少しだけ惨めで、ほんの少しだけ世を恨んでいた。ただそれだけ」
持つものを羨む言葉を吐きながらも、それは理由でないとルークは言う。
「もう少しでまともになれるのに。そんな程度の鬱憤で全部を台無しにするわけないじゃないですか」
「じゃあ、一体なんで……」
ルークは遠くへと目をやった。それはルナの背後。そろそろ衛兵たちが追いついてくるであろう方向。
「世の中には、口のうまい人がいるもので。そういうほんの少しだけ惨めさを抱え込んだ連中を見つけて、上手に丸め込む。《《お前たちにはもっとデカいことができる》》って」
「それは、アンタたちを引き込んだ黒幕がいるって言いたいの?」
「いないはずが無いでしょう? そしてボクらは拠点を爆破した。物的なつながりは殆ど残っていない」
ルナは気付いた。
ルークは、最初ルナの情に訴えかけ逃走をはかり、そしてそれが通じないと分かったいま、自分の証言者としての価値を吊り上げようとしているのだと。
「証人として生き残りたいんだったら、これ以上は変な真似をしないことね」
「ああ、察してくれてありがとうございます。どちらにせよ、魔具はご覧の有様でしてね」
ルークはいまや灰の山と成り果てた『鉄弓』であったものを足で蹴飛ばして見せる。
「そうだ。とりあえず衛兵が駆けつけるまでボクの生命を保証してくれるとのことなので、ひとつ、面白い話をしましょうか」
「面白い話?」
「ムクロ・スパルダ」
ルークが出した名前に、ルナは思わず息を飲む。
「ギルドでお見かけしましたよ。ルナさんは何度かあの男と話していましたね。今日も同行していた」
「ええ。別に仲が良いわけじゃないけど」
「そうなんですか? それなら良いんです。ルナさんがこのまま真っ当に生きようと思うのなら。彼には関わるべきでない」
それはそうだろうとルナは思う。
ギルドの監査局所属の人間など、好き好んで関わりたい類の存在ではない。
だが、ルークの言葉はルナの予想の中に無かったものだった。
「彼はおそらく―—ギルド戦力だ」
「ギルド戦力って……そんなの都市伝説じゃ」
ギルド戦力。
与太話としてはよく聞く言葉だった。
しかしギルド職員はステータス無しから、最大でもレベル3までしかその職につくことはできない。
それについては監査騎士団が定期的に『鑑定』で調べている。
ムクロ・スパルダもそうだった。ルナが初めて会った日の鑑定結果は無反応。すなわちステータス無しのレベル0。
「こんな時期の急な出向。僕達も怪しいと思って、彼の経歴を調べたんですよ」
単なる暇つぶしか。
それともルナにとって興味のあるであろう話題を出すことで、隙を作るか、あるいは自分の情報源としての価値を高める腹づもりか。
ルークは饒舌に語る。
「彼は短期間で各地のギルドを転々としている。身分を隠して。それだけなら、監査局員としては普通のことです。でもね。彼の赴任と前後して必ずその街では——誰かが死んでいる」
ルークはいつの間にか下げていた手で、懐から一枚の紙片を取り出し、その内容を読む様にして言う。
「このアルノーでもそうだ。先週はイガーニアが死んだ、今週は旧市街でならず者が。そして、今日は、僕ら」
「そんなの、ダンジョンがある場所に人死はつきものじゃない」
「そうでしょうか? それにしては……」
他に何か書いてあるのか。
ルナはルークが手に持った紙片へと視線をやり。
そして次の瞬間、『鉄弓』が作動するとき特有の秋虫音が響いた。
「がっ—―」
ルナの目の前で、ルークはその心臓を撃ち抜かれていた。
次いで二撃目で、その頭が吹き飛ぶ。
秋虫音が響いたのはルナの背後だった。
ルナは振り返る。
ルナと、そしてたったいま死体に転じたルークを見下ろすように、土手の上に男たちがいた。
監査騎士団。たった今、ルークを撃ったばかりの『鉄弓』の杖身がまた薄く光っている。
その隣に立つのは、ムクロ・スパルダ。
「危なかったな。そいつ、武器を取り出そうとしてたぜ」
「えっ?」
思わず監査騎士とムクロに対して、仇を見るような視線を向けてしまったルナは、慌てて、ルークの死体を観察する。
いかにも何か重要な情報が書いてある風に読んでいた紙片は、白紙。
そしてもう一方の手に隠し持っていたのだろう、予備の『無弦の鉄弓』が転がり落ちていた。
「ともあれよく足止めしてくれた。ルナ・リングハート殿」
監査騎士団の男が、感謝の言葉を伝えてくる。
ルナが今までの人生で受けた感謝の中で、それは最も醜悪な響きをもって、彼女の胸の中で響いた。
「これで一件落着。こちらの被害を0にできなかったのは残念だが。お手柄だ。ルナ・リングハート」
そんなルナの内心に気づいているのかいないのか。
ムクロ・スパルダは場違いに笑いかけた。




