1.
私はヴァランシ公国の公女、セリーヌ。
大公の一族はシュルマン王国に留学するのが慣例なので、仕方なく一年だけのつもりで王立学園で学ぶことにした。
それが全ての始まりだったわ。
王国の方が歴史があり広く豊かな国土を持つ大国なのだけれど、私は公国を属国にするつもりはない。属国扱いするならにっこり微笑みながらも噛みついてやるつもりだった。
王国ではこわ~い王妃さまが待ち構えていて、私を王太子妃にしようと手ぐすねを引いて待っていた。迷惑な話だわ。
わざわざ外国に嫁入りして、家族から離れて将来の王妃になる苦労なんて背負いたくないのよ、私としては。
次の大公として兄が居るのだから、その兄を支える公女の役目を気楽にしたいんだもの。
あの手この手でランベール王子と仲良くさせようとする王妃さま。それにのらりくらりと避けて一年の期限を終わらせようとする私。
ランベール王子のことは、好きでもないけれど嫌いでもない。お顔は美しいけれど、慇懃無礼で他者への関心が薄い。優美だけれど人を寄せ付けない、まあよくある貴人の振る舞いね。
真面目で王族としての公務をきちんとこなしていることは評価に値するけど、きっと彼の妃になってもよそよそしく出方を振る舞うばかりの関係になると感じるわ。
そんな王国での日々が変わったのは、月に一度の王宮での懇親会の担当が、王妃の差し金である彼女の姪になったのが切欠だった。
まず接触したのは、私の幼馴染であり一番の側近でもあるルイス。
「セリーヌさま、お気を付けください。王妃殿下の姪御であるエリザベス・セントリムはかなり押しが強く厄介なタイプです」
「ふふ。ルイスはいつも心配ばかりね」
ルイスはいつも、私に気を付けるよう注意をしてくるのだから。
私の笑みを無視し、彼は真面目に言い募る。
「公爵家の権力をかさに着て、思うままに振る舞う悪名高い令嬢です。しかし、王妃殿下に苦情をねじ込良い機会でもあります」
「分かったわ。これを機に、月に一度の王宮通いもようやく止められるかもしれないわね」
毎月毎月、つまらない催しを見せられて気詰まりな懇親会に参加させられていたんだもの。欠席するのも角が立つし、出来ることなら中止になってほしいと願っていたところよ。
しかも、そのご令嬢プロデュースの演劇を担当する劇団が酷い評判らしい。そして座席は私の隣に令嬢が配置される。
ルイスは、これでも大分譲歩させたと言っていたけれど。
かなり荒れた催しになるだろう。私は身構えて王宮に出向いた。
隣に座ったエリザベスは、瞳がキラキラしていて生命力に溢れた様子の令嬢だった。
きっと、彼女は厳しい淑女教育を受けていない。あの教育を受けた者は、感情を抑制し全て判を押したように同じ振る舞いをするようになるから分かる。
彼女は高位の貴人として社交界に出るには、相応しくない。
けれど、そういう振る舞いこそが一部の男性の心を掴むのよね。
エリザベスのように、感情豊かで元気いっぱいという令嬢は通常なら眉をひそめられる存在だけれど。でも、彼女はそれを許されている。力強い実家を持ち、両親に愛されているということなのだろう。
それほど度し難い令嬢では無さそうだし、適当にあしらっておけば良いかしら。
そんな風に思って礼儀的に微笑みを浮かべて隣に座る。
驚いたのは、そこからだった。
彼女が担当した舞台は、観たこともない内容で驚くほど面白かったのだ。
私は夢中になって演じている少女たちを応援した。
私が願った通り、少女たちは成功しそれを応援している観客も皆が喜びの感情に溢れていた。
なんて素晴らしい経験なのかしら。
気付けば、私は興奮のままにエリザベスに話し掛けていた。
彼女ともっとお喋りがしたい。もっと楽しい舞台を見せてほしい。
パーティで話したエリザベスは、やはり瞳がキラキラしていてそこに居るだけで場が活発になる魅力の持ち主だった。
そして気付いたのだが、彼女と話している時はランベール王子も瞳が煌めいていた。いつもの冷静で抑圧的な振る舞いではなく、表情から輝いていたのだ。
おや、殿下は従姉妹に当たるエリザベスが本命か。こういう振る舞いを好む男性がズバリ、私の婚約者候補になるなんて。私、この人とは絶対に合わないわ。そう確信した。
それにこのことを、当のエリザベスや王妃殿下はご存じなのかしら。
私は微笑を顔に貼り付けたまま、様子を伺った。
しかしそこに、エリザベスの恋人が現れたのだ。呼んだのは王妃殿下のようだった。
つまり、王妃殿下は息子の恋路を邪魔するつもりらしい。
エリザベスとその恋人は、とても幸せそうにお互いしか目に入っていない様子だった。
私はランベール王子をチラチラと見ていたが、とても辛そうだった。
二人がうっとりと見つめ合い、踊り出した時には表情が抜け落ちたようになっていた。
わあ、可哀想。
王子という立場でも、恋心はままならないものなのね。
そんな風に思いながら、私はニヤニヤしてしまわないように必死で表情筋を押さえつけていた。
美しい王子が、ショックを受けた表情になったり、心底落ち込んだ様子をしていたり、それなのに別の女とダンスを踊ったりしなければいけないというその状況は、何だか私の心を酷く高揚させた。
別の女とのダンス、つまり私とランベール王子が踊っている時、私はあれこれ話しかけた。
「あのお芝居、本当に素晴らしかったですわ。あのようなものを観たのは初めてでした。エリザベスには、才能がありますわね」
「……そのように持ち上げる必要はない。アレはただの我儘令嬢だ」
「ふふ。私、エリザベスとお友達になりましたのよ。これからもっと親交を深めたいですわ」
「そうか」
「エリザベスには、恋人がいるのね。どのような方なのかしら。見目はとても麗しい御方ね」
「………………」
ランベール王子は黙り込んでしまった。瞳には傷付いた心情がくっきり浮き出ていたのを、私は陶酔しながら間近で眺めていたのだった。




