二人で過ごす夜
その日参加した晩餐会は、特に何事も起こらなかった。
せっかくの狩猟祭当日だったけれど、雨で不発だったようだ。私が帰った直後から、雨足が強くなって雷まで鳴りだしたので中止になってしまった。
それでも、ランベールが獲物を得た貴公子たちにお褒めの言葉を授け、楽しい晩餐会が始まったのだった。
ランベールとセリーヌ姫は、礼儀正しく一定の仲を保っているように見える。
私の傍にはマドレーヌとナタリーが控えてくれているので、誰も攻撃的な言動をしに来なかった。ソフィアも見えているけれど、セリーヌ姫の近くに居るわけでもないし、バルバラも控えていないしで、敵ではないって感じ。
面白かったのはヴィクトルお兄さまとミリセントだ。ミリセントは、昨日までの余裕で冷静な態度は消え失せて、ヴィクトルお兄さまの様子を見ながらびくびくしているようだった。
ヴィクトルお兄さまは今までになく楽しそうに見える。私にも視線は寄越すけど、マドレーヌたちががっちり固めているのを見ると頷いてそれ以上は何も言わなかった。
そして、晩餐会が終わると早々に二人で退室してしまった。
いや~、二人の結婚はもうすぐなのかなあ。ふふっ。
私も二人と同様に、晩餐会が終わると夜会には参加せずすぐに退室した。マドレーヌが部屋まで送ってくれて尋ねる。
「お嬢さま、今日はもう休まれるのですか」
「シーラが頑張ってくれているから、私も静かに過ごすつもりよ。何も出来ないけれど、お茶出しくらいはしたくて」
「私も、一緒に居ましょうか?」
「それは大丈夫よ。マドレーヌもゆっくり休んで。明日、朝食後に一緒に帰りましょ」
「ハッ! 私は馬に乗って来ましたので、馬車に並走いたします」
「ありがとう」
シーラの為に飲み物と夕食を頼んでいたけれど、それには手を付けず頑張っていたようだ。
「シーラ、少しは休憩して。食事も取って」
「今、盛り上がっている部分を書いてしまいたいんです。ここまで、今日中に更新したいです」
「そこまで頑張らなくても大丈夫よ。一時間に一回は立って休憩して」
「あと少しなので」
あまり後ろでうるさく言っても邪魔なだけだし、そっとしておく方が良いだろう。
でも、根を詰めすぎるのも心配だ。
そわそわしながら、でもあまり視線をやらずに気配を消してソファで座っていると、ひと際大きくキーボードを「ッターン!」と叩く音がした。
「とりあえず、盛り上がった後のまとめまで書きあがりました」
「お疲れさま! ご飯を食べて休憩して」
「推敲して、更新します」
「それは後でいいから」
「その後、エピローグまで書いたら大丈夫です。明日の朝までに終わります」
「それは帰ってからでもいいでしょ。お願いだから寝て」
シーラが食事をするのを、私はお茶を淹れたりせめてもの労わりを見せた。
「無茶な頼みをしてしまったけれど、上手くいきそうで良かったわ。それも全部、シーラのおかげよ。ありがとう」
「新しい挑戦ですので、とても面白かったです」
「そう言ってくれるのはありがたいけれど。はあ、こんなんじゃまたセルジュ先生に怒られるわね。もっとアリーズ先生が執筆に集中出来る環境を作るべきです、とか何とか言われちゃう」
すると、食事を終えてお茶を飲んだシーラがふぅっと一息吐いてから口を開いた。
「でも、私は一からお話を創作するのではなく、お嬢さまからこういうのを書いてほしいというリクエストがあってこそ書けるのです」
「そうなの?」
「はい。お嬢さまが一番最初に、何かお話してとおっしゃられた時から、私の執筆はお嬢さまの依頼があるから出来ているのです」
「そうなんだ。そう言われると、私も頼みやすいわ」
「ふふ。これからもお願いいたします」
「こちらこそよ。でも今日はとりあえず寝て。昨夜もあまり寝ていないんでしょう」
私がうるさく言うと、シーラは渋々頷いた。
「分かりました。推敲と掲載を終えたら、休みます」
「掲載はやっておくわ。私も出来るもの」
「ありがとうございます。それでは、推敲を終えたらお渡しします」
「うふふっ。掲載を待っているみんなが読むのが楽しみね」
***
シーラが使用人部屋に下がって、部屋に一人になった。
私はタブレットからファイルをオンライン上に掲載し、電子書籍として販売出来る状態にした。これでひと先ずは落ち着いた。後は、シーラにエピローグを書いてもらって、そこでこれからも幸せに暮らすヒロインを匂わせたらそれで大丈夫だ。
私も、そろそろ寝ようかな。書斎机に向かっていたけれど、うーんと背伸びをする。
その時、スマホの着信音があった。
なんと、アランさまからの電話だ!
私は喜び勇んで通話ボタンを押した。
「アランさま! エリザベスです」
『エリザベス。仕事が終わって、先ほど城に着いた』
「えっ。城って、ナインヴァンス城ですか?」
『そうだ』
「えーっ!」
驚いた。お仕事が忙しいから会えないかと思っていたけれど、終わったらすぐ来てくれるなんて。
『ここには以前、来たことがある。それで魔術の行使で飛んでこられたんだ。エリザベス、貴女の顔が見たい』
「わ、私も! アランさまに会いたいです!」
『では、部屋に行っても構わないだろうか』
「勿論です。でも、お部屋の場所、分かりますか?」
複雑な構造の城内の一室だ。私にはここがどこか説明出来ない。
そう思っていると、電話の向こうでフッと笑う気配がした。
『指輪の生体反応をたどれば、エリザベスの元にいつだって駆けつけられる』
「そう、なんですか」
「ああ、このように」
気付けば、すぐ近くにアランさまが立っていた。
嬉しくて、笑顔で手を差し伸べる。
「アランさま、おかえりなさい。お疲れさま」
「ただいま、エリザベス」
アランさまがそっと抱き寄せて髪に口付けてくれた。
あぁ~! ときめく! ときめきで心臓バクバクよ!
私がポーっとなるのを見て、アランさまは優しくフッと笑った。
「アランさま、駆けつけてくれてありがとうございます」
「エリザベスに会いたかったからだよ」
……心臓が激しく動きすぎて、爆発してしまいそう。
膨らみすぎた風船のように、今にも破裂しそうな私をアランさまは額にキスしてから甘く囁いた。
「エリザベス、もう入浴はしたか?」
「はい、しました」
「私もしてきた」
「そういえば、アランさまから石鹼の良い匂いがします」
また抱き着いて、思い切り息を吸ってそのかぐわしい香りを味わう。
アランさまは私をぎゅっと抱きしめ、頭に口付ける。
「そのように可愛いことを言うのはいけない」
「そうですか?」
何が可愛いのかよく分からないけど、アランさまは喜んでくれているようなので良かった。
私が顔を上げてニコッと笑うと、アランさまも微笑んで言った。
「では、ベッドに行こうか」
「えっ! ベッドって。ひょっとして、一緒に寝るんですか……?」
「ああ。構わないだろう?」
「は、はい!」
突然、こんなことになるなんて!
ドキドキする! でも、私だって子供じゃない。
アランさまに求められるなら! 何でもするわ!
私の部屋にあるベッドは、前世でいうところのダブルサイズと思う。天蓋の付いた可愛いベッドが設置されている。
私がベッドに先に上がって寝そべると、アランさまはベッドの足元ランプだけを残して消灯した。
ドキドキしていると、アランさまも隣に寝そべる。
「では、おやすみ。エリザベス」
「あ……、おやすみなさい……」
寝るって、本当にスヤスヤおやすみの寝るってことなんだ~!
はあ、びっくりした。
あまりにも急展開すぎて、すごくドキドキしたけどまあアランさまは紳士だし、結婚するまでは何もしないんだろうな~。
いやでも、こんなすぐ隣にアランさまが居ると、ドキドキして眠れないよ!
私は横になったまま、ちらりとアランさまの方に視線を向けた。
すると、その視線にすぐ気付いたアランさまがぱちりと目を開けて私の方を向く。
「眠れないのか?」
「えっと。ドキドキして、落ち着かなくて」
するとアランさまは片肘を付いてこちらを向き、私の頭をなでなでとしてくれた。
「エリザベス、よく眠れるようにしてあげよう。良い夢が見られますように」
そして少し身を乗り出し、額に、頬にゆっくりキスしてくれた。
こんなに優しく口付けられたら、余計に眠れなくなりそう。
そう思うのに、私の意識は段々と散漫になっていく。目を瞑っていると、彼の唇が私の唇を掠めたような気がした。
でもそれもはっきりせず、知らない間にぐっすりと眠っていたのだった。
目覚めたのは、甘く優しい呼びかけだった。
「エリザベス」
「ん……」
「エリザベス、もう朝だ」
「はっ」
ぱちりと目を開けると、アランさまが優しく微笑んでいた。
朝アランさま! 朝から麗しい~!
私は慌てて起き上がった。
するとアランさまは落ち着かせてくれる。
「そんなに急がなくていい。これから身支度をして朝食だろう」
「はい。起こしてくれてありがとうございます、アランさま。あの、私、変な顔して寝てませんでしたか」
びっくりするくらいぐっすりと寝てしまっていて、一度も目が覚めなかった。
アランさまは多分、麗しい寝顔だったと思うけど、それも拝めなかった。
私はよだれ垂らして寝てそうで、ハラハラする。
けれど彼はクスッと笑って優しい瞳で言ってくれた。
「可愛い顔をして眠っていたよ」
「うぅ、顔、洗ってきます」
「私も部屋に戻ることにしよう。昨日の報告をしないまま、着替えだけしてこの部屋に来てしまったから朝食までに少し仕事がある」
「アランさま、本当にお忙しいのにここに来てくれてありがとう……」
また髪を撫でられ、額にキスされる。
「私も癒されたし、久しぶりに心身を休めることが出来た」
「それなら良かったです。朝食はご一緒出来ますか」
「ああ。後で、朝食会場で」
そう言うと、アランさまはフッと姿を消した。転移魔法で自室に戻ったのだろう。
はー、昨日は良い夜だったな~。
アランさまと一緒に寝ちゃった!
私はうきうきと洗面所に向かったのだった。
そしてこの後朝食会場で、私は糾弾されるハメになるのだが、今はまだ何も知らないのであった。




