3.
私は廊下を進んで部屋の中に入る。リビングに該当する部屋の暖炉に火が赤々と燃えている。その前に、半裸のランベールが居た。
「ランベール! えっ、上半身裸。ってことは、ひょっとしてセリーヌさまと?!」
「エリー! 一体どうしてここに? ずぶ濡れじゃないか。早く暖炉に当たれ。服も脱ぐといい。あっ! いや、別にやましい気持ちで言っているわけじゃないぞ! 乾かす為だ」
よく見ると、ランベールの濡れた上着が暖炉の前の柵にかけられている。
「セリーヌさまに呼ばれたの。セリーヌさまは?」
そう言いながら、チラッと奥の寝室に目をやる。
セリーヌさまがあられもない姿で出てきたらどうしようと、ワクワクドキドキだ。
しかし、ランベールは私のその様子を見て鼻で笑った。
「ここには俺一人だぞ」
「え……?」
「どうせ騙されて、のこのこ呼び出されたんだろ」
「はー? あいつっ! でも一体、どうして?」
「それは勿論、この俺とエリーを二人きりにしたかったんだろう」
そう言われてみれば、セリーヌ姫は結婚したくなくて、ランベールを私に押し付けたかったみたいだ。
私はフッと哀れみを混じった笑みを浮かべた。
「普通、王子さまって取り合いされるものなのに。貴方ってば押し付け合いをされてるじゃん、ランベール」
「はぁ~? 何を言う。学園じゃ俺さまはモテモテで女子生徒たちに取り合いされてたんだぞ!」
「卒業しても婚約者の一人も出来てないでしょ」
「だからっ、お前を王太子妃にしてやるって言ってるだろ!」
「私はアランさまと結婚するから嫌です~」
「くっ、この! そんな憎たらしい口をきくなら、どうなっても……!」
ランベールは私に詰め寄って、掴もうと手を伸ばし掛けて、そしてすぐその手を引っ込めた。
いつもなら、容赦なく掴みあいの喧嘩になって泣かされていたところだけれど、流石にもう大人になったということだろうか。
「は~、まあいいわ。濡れた服を乾かしてあげる」
「そんなこと、出来るのか」
「教えてもらったの。雨で濡れた服を乾かす魔法。ほら、私の着ているものはもう乾いているでしょ」
言い争っている間にも、自分のドレスだけ乾かしておいたのだ。
私は親切にも、ランベールが今着ているズボンに魔法をかけてあげた。
「おお、本当だ。便利な魔法を知っているじゃないか」
「簡単よ。教えてあげる!」
ロナルドは教え方が上手かったのか、言ってくれた通りにやるとすんなり習得することが出来た。だから、私も教えることが出来るのか、試してみた。
暖炉の前で乾かしていたランベールの上着には、色んな飾りがついてる豪華なものだ。それを持たせて、ロナルドが言ってた通りに口にする。
「乾いていた状態をイメージして、水分を取り除くんだって。それで魔力を放出して、慣れたら服に触れなくても出来るの」
「…………」
「ちょっと、聞いてる? ランベールったら」
ランベールが無言のまま、魔法を試そうともしないので、私は文句を言おうとした。
だが、それより先に彼は急に怒り出してしまった。
「お前はっ! 何で、そんなに無防備に俺に近付いてくるんだよ! 俺を振っておいて!」
「えっ」
「何を初耳みたいな顔してるんだ! 俺は、お前を好きなんだぞ! だから求婚してるのに、何度も断っておいて、ふざけるな!」
顔を真っ赤にして睨みつけるランベールに、私は驚いてしまった。
「えっ! 求婚って、見返す為に王太子妃になれってやつ?」
「……そうだ」
「あれで好きって、分かるわけないでしょ!」
「何で分からないんだ!」
「いや分からないよ! ランベールはずっと意地が悪くて私のこと、いじめてたし!」
「それはっ、お前が反抗的なのが悪い!」
ふんぞり返って言われてもな。
でもご指摘通り、ランベールには反抗的な態度しか取れない。王子に対しては不敬だけど、従兄弟だし。
「そんな、いじめてくる人を好きになんてなれるわけないでしょ! 私はアランさまが好きだし!」
「あんな根暗で陰湿そうな奴のどこが良いんだ」
「アランさまはそんなんじゃないわ! 滅茶苦茶かっこいいし! もう全部よ! 私、アランさまの全てが好きなのっ」
「じゃあ、あいつが心変わりしてお前を振ったらどうする」
私はフーッと息を吐いてから口を開いた。
「私ね、とーっても重い女なの。想像したくもないけど、アランさまが他の人を見るようになったら、何をするか分からないわ」
「……何をするつもりなんだ」
「ふふ。どうでしょうね。それは、私とアランさまの仲を邪魔する人たちに対しても一緒よ。絶対に邪魔し返してやるつもり」
ランベールは、頭が冷えたようで胡乱げな視線を私に寄越した。
「お前たちの仲は、叔父上にも反対されているだろう。実の父親にも反抗するのか」
「絶対認めないって言うなら、王国から出て行くまでよ。私とアランさまは、別にどこでも生きていけるもの」
「なっ! そんなこと、許されるわけがない」
「この国でしか生きていけないのはランベール、貴方よ」
「……!」
私の指摘に、彼はハッとしたようだった。
「私は愛の為になら国を捨てることも出来る。アランさまもそう。だからお互い、想いあえるようになったんだわ。でも、ランベールは違う」
「俺だけではない。普通は家や国を捨てることなど出来ないものだ」
「そう。ランベールは、きちんと良識を持ったお嫁さんをもらわないとダメ。一緒に国を背負ってくれる、しっかりした人ね」
「……それが、告白の答えというわけか」
私なりの、ランベールへの返事だった。
特には告白をされた気もしないけど。
「まあ、私は出来が悪くてちょっとおかしな悪役令嬢だから。お妃さまになるなんて無理だし、王宮で暮らすのもヤだし。ランベールは、性格悪くて私に意地悪だけど、なんだかんだちゃんと王子として振る舞ってて偉いとは思ってる」
「やめろ、お前の慰めなんか聞きたくもない」
気を遣ったつもりが、ズバッと切り捨てられてしまった。
私は苦笑いする。
「ふふ。じゃ、私は先に帰ってるわ。ゲートオープン」
驚いた表情のランベールを残し、私はリーシャオの部屋に瞬間移動していた。
ぼふっと大きなベッドの上に倒れこみ、靴を履いたままだと焦る。
どうも、前世日本人部分が出て来て土足でベッドは抵抗がある。前回はソファの上だったのに、転移位置が少しズレていたようだ。
勿論、皆は狩りをしている時間なので、部屋には誰も居ない。
ふとスマホを見るとロナルドからメッセージが届いていた。
『目標確保完了』
「よしっ!」
思わず一人で声を出してしまった。口を押えてから、私はそそくさとリーシャオの部屋を出て自室に戻った。
自室では、シーラがタブレットとキーボードに向かって一心不乱に執筆活動をしている最中だった。
「ただいま~」
「お嬢さま、お早いお戻りですね」
「ええ。途中で帰ってきたわ。それで、新しいエピソードを聞き込んできたから、使えそうなら使って頂戴」
「区切り良いところまで、少々お待ちください」
シーラは私に視線も向けず、すごい集中力でキーボードの上の指を動かしている。
良い感じだ。
それを見守りながら、マドレーヌに『先に部屋に戻った』というメッセージをスマホで奥っておく。
それからシーラの為にお茶と軽食を取って来て、そして彼女がひと段落した時に休憩がてらお茶を勧め、とても恐縮されたのであった。




