5.
翌朝の早朝、俺はマドレーヌを送って彼女が住み込みでいる公爵家のお屋敷まで送って行った。
俺はとてもご機嫌で、浮かれていた。
昨夜のマドレーヌはとても素直で、可愛くて、俺に一生懸命応えてくれた。
今すぐ結婚して一緒に住みたい。次に会えるのはいつだろう。
貴族の結婚では有り得ないだろうが、俺は平民だ。堅苦しく考えず、したいようにする。
だがそれを、お嬢さまは許さなかったようだ。
お嬢さまからの出頭要請の手紙を持ってきたのは、公爵家の騎士という、目付きの悪い若い男だった。ものすごく敵意を持って俺を睨んでいる。
そうやって威圧して来いとでも言われたのか?
手紙には、俺が仕事の休みの日時を指定して、屋敷に来いと書いてあった。
俺は「分かった」とだけ答え、そいつはキッと俺を睨みつけて去って行った。
これは、久しぶりの重圧との戦いだな。
俺は覚悟した。マドレーヌを手に入れる為の戦いだ。
指定された日時に、わざと正門から尋ねると裏門に回された。
応接室で、えらく待たされる。よくある貴族の嫌がらせだ。しかし、これくらいは別に痛くもなんともない。俺はゆったりと待たせてもらった。
だから、お嬢さまがやって来た時には、そんなに遅くは無かったなと思うくらいだった。
お嬢さまの方がそわそわとして、早く来てしまったように見受けられる。
お嬢さまは、いつも工房を尋ねるような簡素な、でも令嬢としては恥ずかしくない程度のワンピースでは無かった。俺を威圧するような、いかにも高貴なドレスを纏い、髪型も複雑な結い方をしていた。
ここは公爵家で、お嬢さまは公爵令嬢。そして俺はただの平民だと知らしめる為の衣装だ。
だが、これ以上の辛酸を何度も舐めさせられた俺には、可愛いものだ。
大体、お嬢さまが綺麗な恰好をしたところで、普通に美しく可愛いだけだ。
鋭い爪をもった猫が、綺麗に毛を梳かれ宝石の首輪を付けられたところで、可愛いなと思うのと同じだ。
お嬢様の護衛は二人。中年のベテランでやり手の気配がする騎士。そして先日、俺に手紙を持ってきて殺気を隠そうともしない若い騎士。こっちはまだまだ青いな。しかしどっちも、俺を睨みつけている。まるで深い恨みがあるかのように。
お嬢さまは座るなり、あら、と俺を見て瞬いた。
「髭を剃ったのね。少しは若く見えるわ」
「マドレーヌが嫌がったので」
正直に答えると、若い騎士の殺気が一層高まった。
触れた時に、マドレーヌがちくちくすると言ったので無精ひげを剃るようにしたのだ。
彼女の滑らかな肌が俺の髭で擦れて赤くなるのも嫌だった。
お嬢さまは執事に書類を手渡すよう合図した。そして受け取ると、応接机の上にその書類を投げ捨てたのだ。その書類には、どうやら俺の個人情報が記されているようだった。
「貴方のこと、調べさせてもらったわ。平民の星、なんですってね」
「昔のことです」
「そうよ、昔のこと。例え貴方が工房の門番として活躍したとしても、今はただの傭兵。分かるでしょう?」
「…………」
重圧は、単刀直入なものだった。やっぱりお嬢さまは可愛いらしい。
貴族はもっと狡猾で厭らしい、毒蛇みたいなのが多かった。
俺が無言でいると、彼女は続けた。
「私の可愛いマドレーヌは、早く結婚しなければいけないと焦ってしまったの。だから貴方のように、すぐに結婚してくれる相手を選んでしまったのだわ。だって考えてもみて。マドレーヌは若くて美しくて、これからいくらでも殿方から好かれるでしょう」
「…………」
「でも貴方は、マドレーヌより十一歳も上の三十五歳。離婚歴あり。職業も不安定な傭兵で、身分も後ろ盾もない。貴方は良い人かもしれないけれど、マドレーヌの結婚相手としては相応しくないの。弁えてちょうだい」
「それを貴女がおっしゃるのですか。親から結婚を反対されている貴女が」
俺の反論に、お嬢さまはクッと悔しそうに顔を歪めた。
「そうね。親心というものは分かったような気がするわ。でも私は絶対反対! マドレーヌにはもっと良い人がいるわ。何もうんと年上の、足を怪我していて、将来性もない人と焦って結婚することはないわ!」
「マドレーヌが俺を選んでくれたんだ」
「焦りからの気の迷いよ。もっとゆっくり選ぶよう諭せば考え直してくれるわ」
「だが、彼女がここに居ない間に話を進めようとしているのが答えでしょう」
お嬢さまは、俺とマドレーヌの間を引き裂こうとしている。
もしくは、俺たちの仲がどれほどのものか確かめようとしている。
それが答えだろう。
「……では、引く気はないのね? どうあってもマドレーヌと結婚すると?」
「はい」
「公爵家からの援助は無いわよ。彼女と結婚したからといって、裕福にはなれないわ」
「それはもう聞いています。まだ借金も返し終わっていないと。これから、二人で返していきます」
それを聞いて、お嬢さまはやっぱり悔しそうな顔をした。
マドレーヌにはもっと若くて良い男を宛がいたかったんだろう。さっきから俺を睨んでいる、この若い騎士のような。
だが残念だったな、マドレーヌが選んだのは俺だ。
「……そう簡単には認められないわ。例えば、貴方がうちの騎士と戦ってそれ以上の強さを誇るほどの証明をしなければね!」
結局はそうなるんだな。決闘とか指導という名の、集団リンチを何回も受けてきた。
だが、俺はそれらの全てを跳ね返してきた。
「受けて立ちましょう」
「彼はうちの筆頭騎士、ノディよ。ノディ、グレゴリーと決闘してちょうだい」
「ハ!」
ノディと言われた中年の騎士は、お嬢さまに良い返事をした後、キッと俺を睨んで言った。
「久しぶりだな、グレゴリー。貴様に受けた屈辱、忘れはしなかった」
「……?」
どこかで会っただろうか。名前にも聞き覚えはないが、どこかで顔を見たような気がしないでもない。
お嬢さまが尋ねてくれた。
「ノディ、グレゴリーを知っているの?」
「ハ。この男は騎士学園の、二年後輩でした。その頃から生意気でふてぶてしく、ろくでもない男でした。そして私を負かした後、勝ち逃げした男でもあります」
「…………」
そう言われてみれば、微かにそういう記憶があるような。
しつこくて嫌らしい戦い方でだいぶ粘られたから、二度戦うのはごめんだと逃げた相手がいた。あの相手は、今目の前にいるこいつか!
ヤバいな。こいつと戦うのか。右足が満足に動かない状態で、俺の手の内を知っている嫌な戦い方の男と。
内心焦っていると、若い方の男が口を開いた。
「お嬢さま、その役目、俺に負わせてください!」
「あら、レンドール、だったわね。どうして? 貴方もグレゴリーと知り合いなの?」
俺は、こんな男は知らないが。
すると、レンドールは一瞬口ごもってから、観念したようにきっぱりと言った。
「……それは。俺が、マドレーヌをこの男に取られたくはないからです!」
「えっ!」
お嬢さまのテンションが一気に上がったのが、よく分かった。
キャー! と興奮するのを抑えようとして、口元を両手で覆っている。目がキラキラしている。
そして、レンドールにすぐに質問した。
「まあまあ! でもその、マドレーヌは貴方の気持ちを全く分かっていない様子だけれど?」
「そうです。彼女には何を言っても響かなかった。どんな言葉をかけても、流されてどうしようもない状態でした」
「そう、それで……。ええ、構わないわよ。レンドール、貴方を指名するわ」
「ハ! ありがたき幸せ」
俺にとってはラッキーだ。俺の手の内を知らない若造が相手になるのだから。
「では、訓練所に移動するわ。シーラ! 一緒に来て頂戴!」
「はい、お嬢さま」
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流石公爵家だ。騎士の訓練所が敷地内にある。それも、大勢の騎士候補生たちが通っていた学園なみの広さだ。大したものだ。
訓練所の広場に降り立った俺とレンドールは、刃を潰された剣を渡された。
お嬢さまとその隣の侍女は、わくわくといった様子で見学用のベンチから俺たちを見ている。
筆頭騎士、ノディはお嬢さまの警護で背後に立っている。
審判を務める騎士が、俺たちに告げた。
「何でもありの戦いだ。殺す以外は何をしても良い」
「ああ」
「分かった」
そうこうしているうちに、評判を呼んだのか周囲の見学席を侍女やら使用人たちが囲み始めた。みんな、面白そうだと期待を込めて見ている。
審判役の騎士が叫んだ。
「では、はじめ!」




