4.
「グレゴリー殿、蒸留酒は如何だろう」
次にやって来たのはマドレーヌだった。
彼女の清涼な雰囲気にホッとする。
クリスは、子供なのになんかドロドロしたものを感じさせるんだよな。
「ああ、ありがとう。頂こう」
強い酒精が喉を通っていき、カッと熱くなる。
流石、公爵家の酒だ。強いし美味い。
「ハァ、流石だな。マドレーヌも飲んだか」
「ええ、ワインを少々。あれも美味しかった」
「後で、俺も飲んでみよう。それにしても、素晴らしい会だな」
「え?」
何のことか分からなかったようで戸惑って聞き返している。
いつもキリッとしているが、たまにこんな風にぽかんとする表情になるのもマドレーヌの魅力だと思う。
「お嬢さま主催の、この会だよ。こんなにも、皆が楽しそうに、身分を忘れて過ごしている。俺が騎士の頃には、考えられない状況だ。本当に、お嬢さまは稀有なお方だ」
「やはり、貴方もそう思うか」
マドレーヌが嬉しそうにしている。
俺は深く頷いた。
「ああ。本当にすごい方だ。あのような方に仕えているマドレーヌは、幸せ者だな」
「……あの」
何だか、マドレーヌからも思い詰めた様子が感じられた。
もしや、彼女も何か悩んでいるのだろうか。
「どうかしたか」
「は、いえ。どうかしたという訳ではないのだが……」
しかし、口ぶりがはっきりしない。いつものマドレーヌらしくない。
「場所を変えて話を聞いた方がいいか?」
離れた場所にいるので、周囲には人は居ないし誰にも聞こえないだろうが、皆から見える場所ではある。
しかしその申し出を断る為に首を横に振って、マドレーヌは思い詰めた様子で口を開いた。
「グレゴリー殿に、告白をしたい」
「一体、どうした」
何か大変なことをしでかしてしまったとか、犯罪者を引き渡したいとか、そういう方面に頭が働いた。
だから、これ以降のマドレーヌの言葉に、俺は我が耳を疑った。
「私は、グレゴリー殿を好いている」
「……は?」
「グレゴリー殿の仕事に真摯なところ、とても有能なところ。怪我をして騎士を辞めた者の中には、身を持ち崩す者も少なくはない。しかし、どんな仕事でも熱心にされているその姿勢、私は尊敬し、そして好きになった」
「……っ」
告白。
告白されている。
昔はされたこともあったが、ここしばらくは全くなかった事態だ。
驚きすぎて、言葉が出てこなかった。
「私は、貴方と結婚したい」
その言葉に、ハッとする。
結婚は、俺には向いていない。それは先ず告げておかないと。
「すまない。俺は結婚は出来ない。以前失敗して、向いていないと分かっている」
「……そうですか。私と結婚しても、金銭的にはあまり支えられない。しかし肉体的に、足の支えにはなれる。いざという時、貴方を担いで逃げることも出来る」
「いや、どういう事態の想定をしているんだ。動けないほど、そこまで悪いわけじゃないぞ」
「貴方は一人で何不自由なく暮らしていける方だから、それくらいしか思いつかなくて。足を揉みほぐすとか、身体を労わることも出来る」
それを聞いて、何だかよからぬ想像をしそうになってカッと腹の底が熱くなった。
いや、これは酒のせいだ。
俺は、お嬢さまとマドレーヌのこの麗しい主従二人に決して不埒な目を向けたことはない。
誰かがいやらしい話題の的にしようとした時、威圧して止めさせるのが俺の役目だと思っていたのに。
そして、俺はもうとっくに枯れた、既に盛りは過ぎた存在だと、凪いだ状態で生きていたのに。
「……いや……」
出て来たのは、なんとも覇気がなく弱気な言葉だった。
マドレーヌはそんな俺に畳みかけた。
「突然こんなことを聞かされ、驚いたことだろう」
「そうだな……」
「返事は、十日後に伺います」
「へんじ……」
おい俺、しっかりしろ。鳥みたいに単語を繰り返すだけの存在になってるぞ!
焦る俺に、マドレーヌはじっと真摯な視線を送った。
彼女は、本気なんだ。ふざけているとか、冗談ごとではない。
真面目なマドレーヌに相応しい、本気の告白だ。
「十日後、また時間をほしい。それまで、私のことを少し、考えてみてほしい。お願いする、グレゴリー殿」
そう言って、マドレーヌは離れていった。
少し、考えてみてほしい。そう言われたって無理だった。
その日から、俺の頭の中は常にマドレーヌで占められることになったからだ。
無理だろう、そんな。女っ気もなく、ただ職場と借家を往復するだけのつましい生活のおっさんが、若く美しい女性に求婚されたんだ。意識するに決まってる。
しかし、このまま求婚を受けて結婚は出来ない。俺は結婚に向いていない。
マドレーヌが前の妻みたいに泣いたり喚いたりするとは思えないが、行きつく先は寒々しい空気と別離になるのは分かって居る。
かといって、せっかく告白してくれたマドレーヌに、すげなく拒否をするというのも辛すぎる。
単純な俺はもう、ほとんどマドレーヌを好きになっていた。彼女の気持ちに応えたい。
だが、結婚は。
煮え切らないまま、十日が過ぎた。
己がこんなに優柔不断とは。
それくらい、以前の結婚生活が心の傷になっているのかもしれない。
俺が離婚した詳しい話を、マドレーヌは知らない。
正直に言おう。経歴も気持ちも全部。その上で、改めて彼女の想いを確かめてみよう。
俺は、結婚に後ろ向きな理由をマドレーヌに明かすことにしたのだ。
十日後、俺はいつものように工房の仕事だったので、どうやって会おうかと悶々としていた。基本、マドレーヌはエリザベスさまの護衛として付き従っているので、工房に二人が来てくれたら会える。
しかし、そわそわしていても二人は来なかった。
俺はスマホなんていう最新の魔道具は持っていない。
自分がスマホを開発している工房で働いているというのにだ。
工房の仕事が終わり、結局どうやって会うか分からないままに外に出る。すると、目の前に長身の美女が立っていた。
女性としては髪が短いが、その髪型も似合っている。細身の引き締まった身体に、ワンピースドレスを着ていて美しい。
その美女が、俺を見てふわりと表情を崩して、優しく呼びかけたのだ。
「グレゴリー殿」
「っ! マドレーヌか……」
「そうだ。久しぶりに女装をしてみた」
「綺麗だ」
「えっ……」
マドレーヌは一瞬驚いた顔をした後、みるみる顔を赤くして俯いてしまった。
あー、可愛い。もう、俺は無理だ。
年甲斐もなく、若い女に入れ込むおじさんになってしまった。
「夕飯、食べに行こうか」
「あの、軽食だけど、用意してきたんだ。グレゴリー殿の家に行ってもいいだろうか」
「構わないが……」
マドレーヌは、男の部屋に行っても何の危険も感じないんだろうなぁ。腕っぷしが強いから。
本来なら、そんな危ないことをするな、なんて言いたいところだが、まあ危険な場所には足を踏み込まないという判断が出来るんだろう。
彼女は勇ましくうむ、と頷いて言った。
「では連れて行ってもらおう」
「こっちだ。そのバスケット、持とう」
マドレーヌが籠を持っていたので、手を差し出すと嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう」
「…………」
はあ、可愛い。
本当に俺は単純だ。彼女がちょっと笑顔を見せるだけで反応してしまうんだから。
あまり物も置いていない、侘しい男の一人暮らしの部屋にマドレーヌを案内した。
彼女が、家に居る。
いつもの家が、家じゃないみたいだ。パッと灯りが付いたように華やかに感じる。
「サンドイッチと、ワインを持ってきたんだ。挟むだけだが、パンは美味しいパン屋のものを用意した」
「わざわざ作ってくれたのか。嬉しいよ、マドレーヌ」
「ふふ。兵站の不味くて硬いパンを食べなれたグレゴリー殿なら、喜ぶと思っていた」
「はは。いかにも、今まで不味い食事を食べ慣れていたから最近はどれを食べても夢のようだ」
ワインを飲みながら、騎士の苦行あるあるやら過去の話をしていると、夢中になって話し込んでいた。
気付くと、二人でワインをぺろりと飲み干していた。
そろそろ、きちんと回答をしなければいけない。
その前に、言わなきゃいけないこと。
色々考えていたはずなのに、俺は気付けばぽろりと本音を口にしていた。
「結婚したい」
「えっ! 本当に! 嬉しい!」
「あっ、あぁ~、言うつもりじゃなかったのに……」
「言うつもりじゃなかった、とは」
喜んでくれたマドレーヌだが、すぐに顔を強張らせた。
俺のせいで表情がすぐに変わるのが可愛い。一緒に居たい。だが……。
「あの日も言った通り、俺は結婚に向いていない。結婚生活が破綻するのが分かっているのに、またするのが恐ろしいんだ。俺は臆病なんだな」
「そう、ですか。残念だ。……私はどうしても結婚しなければいけないので、告白はもう忘れてほしい」
俺はその言葉に、ぴくりと反応した。
どうしても結婚しなければいけない、とは何だ。
「何故結婚しなければいけないんだ?」
「それは、エリザベスさまに付いて行く為だ」
「結婚しなければ付いて行けない場所でもあるのか?」
「ああ。アランさまが決めたのだ。お二人が住む屋敷には、未婚の使用人や騎士を入れないと。言い寄られたら困ると言っていた」
ぐっ、あのすかし野郎がよ……! 気に食わねぇ~!
だが、それにまんまと乗せられて、マドレーヌにその気にさせられて舞い上がってしまった俺自身に一番腹が立つ。
「それで? 俺みたいな冴えない中年に言い寄ったら、すぐに結婚するだろうと踏んで近付いたのか?」
それは思ったより、低く鋭い声になっていた。
少し好意を匂わされただけで舞い上がってしまった醜態を、女にぶつけるなんてダサすぎだろ。
しかし、マドレーヌは目をぱちくりとして小首を傾げた。
「ちゃんと告白しただろう。グレゴリー殿の好きなところも伝えたが、忘れたのか」
「っ、じゃあ、あれは本当に、本当だっていうのか……」
「そうだ。最初、結婚相手には別の男を用意されそうになった。同僚の騎士だ。だが断った」
公爵家に仕えている騎士なんか、身分もあるエリート中のエリートだろう。
「どうして、そいつを断って俺の方なんかに来たんだ」
「貴方も分からない人だな。だから、告白した通りだ。結婚のことを考えていたら、どうにもグレゴリー殿が気になって、ナタリー……、同級生に相談したんだ。そこで気になるということは、もう好きだろうと指摘された」
「っ……」
本当の本気。
そうだと分かっていたのに、マドレーヌの気持ちはあくまでも真っ直ぐだ。
ひねくれた、枯れた中年の心を熱くする程に。
「それに、私がじゃれついてもびくともせずに受け止めてくれる男なんて、滅多に居ないだろうと言われた。私が肘鉄を食らわしても、思い切り足を踏んでも、グレゴリー殿は平気そうだった」
「あぁ、あれか……」
俺がお嬢さまに飴をあげた時、マドレーヌは止める為に色々やってきた。
あれはじゃれついていたんだな。
普通に滅茶苦茶痛かったが。
しかし、今更あれは痛かったなどと言えるわけもない。
俺が言葉を濁していると、彼女は続けた。
「確かに、すぐに結婚しようと考えなければ、気付かなかった想いだ。私も一生、独身で騎士としてエリザベスさまに身を捧げるつもりだった。でも、結婚するなら貴方がいい」
「俺が嫌だって言ったら、違う男と結婚する?」
卑怯な俺は、そんな風に確認までしてしまう。
マドレーヌは、淡々と告げた。
「その時は、悲しいし、辛いけれど。他人の気持ちを無理に変えることは出来ない。グレゴリー殿を忘れるように頑張って、それから紹介された男の誰かと結婚するだろう」
「嫌だ。俺と結婚してくれ」
言葉は、するりと自然に出て来ていた。
マドレーヌが、結婚しなければいけない状況では俺を選んでくれた。
それだけで、嬉しくなってしまったのだ。
そして、マドレーヌが俺を忘れるなんて、そんなのは嫌だ。
マドレーヌは、今度は慎重に確認した。
「本当に? 結婚生活は嫌なんじゃないのか?」
「向いていないと思っていた。でも、マドレーヌと一緒に過ごしたい」
「嬉しい。ふふ、これからもグレゴリー殿と会えるんだな」
スマホの開発が終わると、エリザベスさまが工房に通う頻度も下がる。もう来なくなるかもしれない。すると、俺とマドレーヌも会えなくなる。
改めて、彼女と会えなくなることを嫌だと強く感じた。
馬鹿だな、俺は。もうとっくに答えは出ていたのに、過去にこだわってぐちぐちと。
それが分かったら、もう腹をくくるしかない。
俺は、今までに一度もしなかったことをした。
跪いての求婚だ。
「マドレーヌ。俺は何も持っていない、若くもないただの男だ。だが、これからの人生を君と共に過ごしたい。指輪は、また今度買いに行こう。指輪の無い簡易的な求婚だが許してくれ。結婚してください」
「はい……!」
マドレーヌの瞳が潤むのを見てから、恭しく手の甲に口付ける。
俺は立ち上がり、そして彼女を抱きしめて言った。
「今夜は帰さない」
「えっ……、あ……」
その夜、とっくに枯れたと思っていた情熱は俺の中に眠っていただけだと分かった。二人の間には、熱い炎が燃え上がったからだ。
R15相当を先に脇カプが担当してしまった…




