4.
ジェシカと二人で話をするには、ここの事務所は使えない。職人たちが居て丸聞こえになるからだ。
内密の話をするなら、うちの温室に連れて行けば一番いいんだろうけど。
ジェシカだけ連れていって、クリスは連れて行かないっていうのは差を付けるようで気が引ける。
どこかカフェでも行くか?
でも目立つし、またゴシップのネタになってしまってジェシカまで噂の的になるのは可哀想。
そこで思いついたのが、新しい屋敷だ。まだ住むか分からないけど、アランさまが内見するまでロナルドに押さえてもらっている。鍵も預かっていて、今日も持ってきていた。
すぐにロナルドにメッセージを送った。
『例の屋敷に、茶葉とティーカップ一式を今すぐ届けられるかしら?』
すぐに既読になって
『かしこまりました』
と返事が来る。
商人の鑑よ、忙しいのに。
私たちが屋敷に到着して先に入っていると、すぐに届け物も着いた。
なんと、気が利くことにお茶を淹れてくれる給仕の女性も道具一式と一緒に来てくれていた。
ジェシカとマドレーヌしか居ないから、私が適当に淹れてもいいなと思っていたのに。
応接室よりダイニングの方がくつろげるかな、とそこで三人でテーブルを囲む。給仕の女性は美しい作法でお茶を淹れ、一緒に持ってきてくれたお茶菓子のクッキーを出してくれる。その動きを、ジェシカは熱心に見ていた。
こういうの、全部を指示しなくても分かってくれるロナルドのしごできぶりに感心していると、給仕の女性はすぐにキッチンに下がった。
お茶を頂き、クッキーを食べてホッとしているとジェシカが話を始めた。
「エリザベスさま、私、今の検査のお仕事が終わってから、次に行きたいところが決まりました」
「どこかしら」
「アランさまのお屋敷です」
前回も、ジェシカはそのようなことを言っていたけれど、私は言葉を濁した。
けれど、今日はマドレーヌしか聞いていない場所だ。はっきり告げておこう。
「私はそこに住むつもりはないわ」
「はい」
「それに、アランさまのお屋敷では礼儀作法を学べる環境にないわ。ジェシカがこれから侍女として良いお屋敷に行く為には相応しくない場所よ」
「はい。私は今回は、エリザベスさまのお傍に行く為にも、礼儀作法を学ぶ為にも行くつもりではありません」
「だったらどうして?」
何の為に行くんだろう、と考えてハッとした。
まさか! アランさまのことが好きになったから?!
アランさまを追いかけて、一緒の屋敷に住みたいっていうんじゃないでしょうね!
私がそのことに気付いたと、ジェシカも気付いたらしい。
すると彼女はクスッと笑って言った。
「違いますよ」
「……何が違うの」
「私が行くのは、アランさまが後見しているソフィアとかいう女の魔力を安定させる為です」
「……!」
「そして、その女を健康にして、屋敷に居座る理由を無くす。その為です。それが、エリザベスさまが望んでいらっしゃることだと気付いたのです」
私は舌を巻いた。
確かに、昨日アランさまとそういう会話をした。
だからと言って、そこから自分が行くという発想にならないでしょう。
ジェシカは、私さえ気付いていなかった方法で、私の希望を叶えようとしている。
「それでも、行かせるわけにはいかないわ。あの屋敷は危険なのよ。他人の身体を操る魔術と、風魔法を使う人物がいる。それとは別に、ソフィア自身は強大な火の魔法を得意とするらしいわ」
魔力が不安定になると、ソフィアはアランさまのお屋敷内にある修練堂で火の魔術を使う。アランさまには、その残滓が分かるらしい。だからソフィアが火の魔術を得意とするのは確定だ。
それ以外の、身体を操る魔術もソフィアが使っているのかもしれない。別の人物が使っているとしても、彼女の意を汲んでソフィアの邪魔となる人を攻撃するのは確かだ。
そう説明すると、ジェシカはにこりと微笑んだ。
「それこそ、私の出番ではないですか。私も、魔術を使えます。他の人には気付けないことに気付くかもしれません」
「身に危険が及ぶかもしれないのよ」
「エリザベスさまの名を出さずに、アランさまからの紹介にするのはどうでしょう。お身体を良くする為に参りました、と挨拶すれば信頼は得られるかもしれません。実際、私も魔力が不安定で体調が良くないこともありましたし」
「いやぁ、でもねぇ……」
「もし私に何かあれば、それこそ後ろ暗いところが暴けるかもしれません」
確かに、魅了的な提案とは思う。
けれど、誰も助ける者もいない敵(?)の巣窟に、スパイとしてまだ十三歳の少女を一人で送り込むのは気が引ける。
私は渋って、どうしても行けとは言えない。
「貴女が諜報活動に慣れているベテランだとか、世の事をたくさん知っている大人ならまだお願いしたかもしれないわ。でも子供にそんな危険なこと、任せられないわ。それはジェシカの能力を疑っているわけではなく、私の良識の問題なの」
すると、ジェシカは涙ぐんでしまった。
彼女が思い切って提案したことを、否定してしまったから。ごめん、でもここは譲れない。
そう考えていると、ジェシカは首を横に振った。
「違うんです。そうやって、私のことを思ってくれるのが、嬉しくて」
「え……」
「私、今まで、誰にも好かれたことがないんです」
「そんなことは無いでしょう」
こんなに美しい、しかも賢い少女だ。
だが、ジェシカは首を横に振ってから続けた。
「私の家は複雑なんです。父親が違う妹、父親の連れ子で私とは血の繋がっていない弟、そんな子たちが下に九人居ます。今の父も、実の父とは違います。以前まで、いつも無いものの為に争っていました。お金も食事も、何もかもが足りなくて、無いのに争い合うのです」
「…………」
貧困家庭で辛い環境だったのだろう。
「私たちは憎しみあいながら暮らしていました。それでも、ほんの小さな赤ん坊なんかには世話が必要です。私はありとあらゆるものを妬み、ひがみ、恨みながら仕方なく家族の世話をして生きていました。そんな時に、私に魔力があることが発覚したのです」
「それは、まだ良かったのかしら……」
「私の父のことはよく分かりません。母が言うには、容姿が美しかったので貴族の落とし種だったのかも、ということでした。でも、それもあながち間違いだったのでは無いかもしれません。母とは行きずりの関係で、私が生まれたことさえ知らない父ですが、魔力をくれたことには感謝しています」
「ええ……」
「両親は、私を将来売ればお金になるのではないかと以前から考えていました。そこに魔力が加わったのです。どうすれば一番儲かるのかをいつも声高に話し合うようになりました」
それは、ロナルドも言っていた。
本当に酷い環境だ。
「ジェシカを大切にしない限り、お金は取り上げると条件を付けようかしら」
「いいえ。私は出て行きます。最近、血の繋がらない父や弟が、私を見る目が怖いのです」
「……! 絶対、そんなの許さないから! 今すぐ荷物をまとめて出て来なさい。住むところは何とかするから」
怒りのあまり大きな声を出すと、ジェシカはやっぱり涙を浮かべながら笑った。
「やっぱり、私、エリザベスさまが好きです」
「えっと。私がジェシカのことを心配するから?」
「エリザベスさまが、愛情深い方だからです」
「そうかしら。そうでもないわよ、興味が無い人には目もかけないし」
そこまで皆に愛情を注ぐタイプではない。
「アランさまが現れたら、エリザベスさまの心臓は跳ねて、高鳴るんです。私は今まで、そんなに人を好きになっている人、見たことがありませんでした」
「最初、面白がっていたものね」
面白ーい、と言っていたジェシカを思い出す。
彼女もそう思い出したようで、フフッと笑ってから懐かしむ顔になった。まだ子供なのに、こんなに憂いある色っぽい表情をすることに驚く。
「面白いと思った後、私は心底羨ましくなったんです。そんなに好かれているアランさまが」
「え……、そっち?」
「はい」
「アランさまのことを好きなのではなくて?」
「違います、全く興味ありません」
「そう、なんだ……」
きっぱり言われて、安心して良いのかな、と思う。
でも、私の中ではアランさまを好きにならない女なんて居るの? って感じなんだけど。
「私の目標は、エリザベスさまに好かれることです。それこそ、心臓が高鳴るくらいに」
「う、うん。ありがとう。でももう、ちゃんと好きよ……」
「もっと好かれたいんです。だから、危険な場所にでもどこにでも行きます」
ちょっとタジタジとなる。
でも、このくらいの年の女の子だから、思いつめやすい部分もあるのかも。
将来、こういうのも黒歴史となって恥ずかしい思い出となるかもだし、無理はさせないに限る。
「どっちにしても、アランさまの判断が必要よ。アランさまのお屋敷だし、ソフィアさんの側に付くのも推薦が必要でしょう。魔力が不安定だった経験を生かせる、とか推してはおくわ」
「ありがとうございます」
「それまで、うちの侍女には難しいかもしれけれど、どこか良いところで安全な場所を早急に探すわ。でもやっぱり、今日からうちで保護すべきかしら?」
「いいえ、すぐに危険というものでもありません。自室もありますし、大丈夫です」
それでも、聞いてしまえば不安ではある。今日帰ったら、すぐに爺やに相談してみよう。
そう決めてから、二人に語り掛ける。
「きっとこれから、ジェシカのことを好きになってくれる人は、たくさん出てくるわよ。その中からどんな人の手を取るのか、私はとても楽しみにしているのよ。マドレーヌもね」
突然振られたからか、マドレーヌはびっくりしてお茶を零しそうになった。
「えっ、私、ですか。いえ、私はそのような。もう立派な嫁き遅れですし、嫁ぎたいとは思いません」
「そうなの? こんなに美人だから、恋人の一人や二人、居てもおかしくないと思うのだけれど」
「いえ……、私は心拍数が平坦な状態で常に居たいのです」
それはあからさまに私が異様だと言ってない?!
ムスッとすると、ジェシカがクスクス笑う。マドレーヌは弁解している。
「うふふっ」
「その、エリザベスさまがどうとかではなくてですね。私は護衛で、平常心が必要なので」
「そんなこと言って、二人ともいつか、すっごく好きな人が出来て心拍数が高い警告が出るかもしれないんだからね!」
自分じゃコントロール不可で勝手になるんだから!
ジェシカは笑い、マドレーヌが焦る中、小さなお茶会は楽しく終わった。
お茶会が終わったと厨房に居た女性給仕に知らせると、彼女はテキパキと片付けてくれた。
そして迎えが来るから失礼しますとしずしず外に向かう。
既に待機していた迎えの馬車にはロナルドが乗って来ていたようで、わざわざ私に挨拶に来てくれた。忙しいだろうに、マメだ。
「お茶はいかがでしたか、エリザベスさま」
「まぁ~、貴方は本当に素晴らしいのね。何も言わなくてもすぐに私の要望を叶えてくれる。今回のお茶も給仕も、素晴らしかったわ」
「勿論、エリザベスさまが要望をおっしゃってくださったら、如何なるものでもご希望に添えるよういたします」
「要望、あるわ! ジェシカを保護出来る場所ってあるかしら?」
私がそう言うと、彼はもう分かっていますとばかりに答えた。
「勿論、ございます。先ほどの給仕の女性は礼儀作法を教えることも可能なのです」
「えっ! じゃあ、ジェシカは住み込みで教えてもらえるってこと?」
「はい」
当然のような表情で答えている。なんと憎いやり方だろう。どこまで見通しているんだか。
「私、貴方がなんだか恐ろしく思えてきたわ。どこまで先を読んでいるの」
「いえいえ、私ごときがエリザベスさまを読むことなど出来ません。ただ、いくつか予想して用意していただけです」
「とにかく、ありがとう。でも、ジェシカに妙なことしちゃ駄目よ」
「天に誓って」
こうして、ジェシカに安全な場所と教育の場を用意してもらった。
はっきり言って、私とロナルドの仲はもうズブズブもいいとこだ。
このままじゃ、私はロナルドに頼りっきりになってどんなこともお願いしてしまうだろう。いや、頼むその前に彼が先回りして叶えてしまうかもしれない。
時代劇の、お代官と悪徳商人の癒着が脳裏に浮かぶ。
やっぱ、頼る先を分散させた方がいいのかなあ。
マドレーヌに頼り切りだったお使いは最近、ロナルドに頼める。今後はジェシカにも頼れるんじゃないかと考えている。
まあ、スマホ事業が落ち着くまではこのままでもいいかな。
そして、アランさまが帰ってくれるのも待たないと。
その前に、スマホと付属品の販売が決定したのだった。




