2.
親方は電話口でまくし立てる。
「喧嘩とか可愛いもんじゃねぇ、殺し合いだ! オレらじゃ止められねぇ、魔術伯の旦那を呼んでくれねぇか?!」
えー! どうしたんだろう、いきなり。さっきまで、そんな様子じゃなかったのに!
私も焦って返事をする。
「アランさまはさっき、王都から遠征に出るって言ってたの! 連絡はしてみるわ!」
電話を切ってすぐにマドレーヌに「修練堂に戻るよう御者に言って!」と伝え、私はアランさまに電話をかけた。
繋がるけれど、コール音が鳴り続けるのみで取ってもらえない。
移動中で、気付かないのだろう。
連絡がつかないうちに、修練堂に着いてしまった。
雨が降っている中、急いで敷地に入っていくと驚いた。
クリスとジェシカが、本当に、鬼気迫る表情で魔法を撃ちあっているのだ。
それも、生半可なスピードではない。二人は空中を高速移動しながら、互いの魔力を避けながら、自身の魔術で相手を攻撃していた。
ジェシカが雨を凍らせ、氷のつぶてをクリスにぶつけようと手をかざす。クリスはその氷を風魔法で全て避けた後、更に風魔法でジェシカを切り裂こうとした。
私はヒッとなったが、ジェシカの居た所には氷で作られた彫像だけが残されている。
残像だ、ってやつだ!
そしてそれは風魔法で切り裂かれると、またクリスに氷の破片として向かっていく。
その破片を全て風魔法で巻き取って四方に散らすクリス。
全ての動作は高速で行われていて、一般人は呆然と二人を見上げるしかない。
親方と今日立ち会っていた職人たちは、修練堂の中に避難して巻き込まれないようにするのが精いっぱいだった。
でも、二人を止めなきゃ。
前に出る私を、マドレーヌが止めようとする。
「エリザベスさま! いけません、下がって」
それをかいくぐって、私は大声を出した。
「二人とも! やめなさいっ!」
声は聞こえたようで、二人はハッとした。そして一瞬、互いに攻撃の間合いを探ったものの、私が重ねて「降りてきなさい!」と怒鳴ったので、二人は飛翔魔法を止めて降りてくる。
いやすごいな、二人とも。魔法の才能がありすぎる。
この若さで、飛翔魔法で高速移動しながら攻撃魔法をかけられるなんて。
後ろめたそうな表情の二人に、声をかけた。
「一体どうしたの、雨の中ずぶ濡れになって」
私にはマドレーヌが傘をさしかけてくれている。
でも、マドレーヌも濡れてしまう。空を飛んでいた二人はびしょびしょだ。
親方たちも、ぱしゃぱしゃと水たまりをかけて走り寄ってくる。
「ようやく止まったか。コラ! テメーラ! 何考えてんだ! 皆に迷惑かけんじゃねぇ!」
そう言うなり、二人に容赦のないげんこつを放ったのだ!
私の常識では、体罰なんてダメ絶対、ってことになっていたのでこんなにゴン! と音がするくらいの暴力にはびっくりして、慌てて止めた。
「ちょっ、親方! いきなり殴らないで!」
「それ以上のことを、こいつらはやってんだ! 一歩間違えば、両方死んでたんだぞ! いや、二人だけじゃなく、ここに居た全員が死ぬ恐れもあった! それくらいのことをしたんだよこいつらは!」
親方のことを分かっているから、彼が皆を心配していて、そしてこの若い二人のことを心から案じているから怒っていると私には分かる。
でも、親方との付き合いが短いジェシカとクリスにとってみれば、理不尽に暴力を振るわれた、くらいに思っているかもしれない。
「とにかく! 話はこれから聞くわ。とりあえず、事務所に行きましょうか。暖かい飲み物でも皆で飲みましょう。濡れた身体も拭いて」
私の提案に、親方も頷く。
「そうだな。よし。皆、事務所に移動だ!」
職人さんたちも移動していたら、馬車が停まり、中からロナルドが出て来た。いつもの胡散臭い笑顔で皆を見てから口を開く。
「争いが起こったと連絡があって来ましたが、もう収まったみたいですね」
「ああ、お嬢さまが止めてくれた」
「皆、濡れて大変ですね。私、濡れた服を乾かす魔法を使えるから、乾かしてあげます」
その言葉につい食いついてしまった。
「えっ、そんなことも出来るの? 私も教えてほしいわ」
「はい、勿論です。旅の途中に降られた時なんかに便利なんで覚えたんですよ」
皆で事務所に入り、一番濡れていたジェシカとクリスから乾かしてもらう。
私もマドレーヌも乾かしてもらった。親方を始めとする工房の職人さんたちは、それほどは濡れてないのでと遠慮していた。
そして今、打合せスペースにはジェシカとクリス、親方とロナルド、私が座って、マドレーヌが背後に立ってくれている。
気が利くフッ軽見習い職人が、紅茶を淹れてくれた。ロナルドが持ってきてくれたものだ。
ぎこちなく出されたお茶を、クリスがそっと飲む。熱そうなそぶりも可愛い。
一通り落ち着いたようなので、私が口火を切った。
「それで、一体どうしてこんな争いになってしまったの。喧嘩なんてものじゃなかったわ、あれは」
するとジェシカがニコッとして述べた。
「ごめんなさい。発散する為に魔術を行使していたら、どっちが上手に魔力を使えるかって張り合ってしまって。夢中になって魔法を使っていると、どう終わらせていいのかも分からなくなってしまいました。本当にごめんなさい。二度としません。ね、クリス」
「あ、はい。そうです。すいませんでした……」
私はその説明に、ホッとした。
若いから、そういうこともあるだろう。それに、ちょっとした小競り合いからエスカレートして辞め時が分からなくなるってのも分かる。私も調子に乗って失敗することとかあるし。
うんうん、それなら良いのよと告げようとしたら、先に親方が怒鳴り始めた。
「嘘つくんじゃねぇ! オメェらの仲が常に険悪で、反目しあってるっていうのはオレの耳にも入ってんだ! 誤魔化さず、本当のことを言え!」
「えっ……」
思いもよらぬ言葉が聞こえてきて、我が耳を疑った。
私の中では二人は可愛い同志で、今こうやって出会って仲良くなって将来的にくっついたりして♡ なんて妄想さえしていたのに。
二人とも、私の前ではいつも甘えてきて可愛い態度だ。
一度、ちょっと口論ぽくなったけれど、すぐ元に戻ったしいつもは仲良しだと思い込んでいた。
しかし、ロナルドも目を笑みの形にしたまま頷く。
「そうらしいですね。でも、仲が悪いにしたって直接魔法で攻撃しあうなんて、そんなことは許されないことです。今後、絶対にしないように。そして、これの原因を取り除く為に、本当のことを教えてください」
確かに、互いを魔法で攻撃しあうなんて、前世で言ったら十代の少年少女がサバイバルナイフを振り回して決闘するみたいなものだ。二人とも逮捕されて、少年院に送られるような事件だし報道だってされるだろう。
怪我がなかったのが何よりだ。
でも、これの原因があるとしても、こんな大人が取り囲んで当事者同士に詰問して話させるなんて、ちょっと配慮がない。
「こんな風に大勢の前で話をさせるのは可哀想よ。言い難いこともあるでしょう。一人ずつこっそり教えてちょうだい?」
「お嬢さま、そんな甘っちょろいこと言ってる場合じゃねぇですよ! ここは私有地でまだ隠せるが、こいつらは絶対やっちゃいけねぇことをしてんだ。外でやっちまえば即捕縛されるし、オレらだってタダじゃすまねぇ!」
「あっ、うーん。それはそう、だけれど。二人とも、不安定な魔力を抱えている子供なこともあるし……」
「だから甘やかしちゃなんねぇって!」
すると、クリスがポツリと言った。
「そんなエリザベスさまだから、僕はお傍に居たいんだ」
「え……」
皆が彼に注目する。
「僕は今まで、他人に気遣われたことなんて無かった。いつも可哀想で侮って良い存在だったから。同情されても、他人が優越感を覚えるだけって分かってた。でも、エリザベスさまは違った。僕という存在を、思いやってくれてる。だから、だから……、エリザベスさまの為に、魔法学園でもなんでも行こうって思ったのに……。どうして、僕を追いやる為の教育なんですか……」
私が驚いていると、ジェシカが激高して言った。
「あんたのせいじゃないの! あんたが、最初から同情してほしくて、ぺらぺら貧しくてお金目当てですって言うから! 私までそうだと思われたんでしょっ! 冗談じゃないわ! 何が僕は可哀想で~、よ! あんたはいつも、他人からの同情を引き出してお情けに縋って生きてたんだからそう扱われて当然でしょ!」
「何をっ! お前だって! 自分の容姿を餌にして、大人でも子供でも散々言うことを聞かせてきたんだろ! エリザベスさまにはそれが効かなかったからって、僕に当たるなよ!」
「あんたみたいなのと一緒にしないで! 人に哀れまれるの、あんたは慣れてるだろうけど私は違う!」
「お前、認めろよ。一番哀れまれたくない人に、可哀想だと思われてるんだって」
「っ……、エリザベスさま! どうして。私、どこが駄目でした? 私、エリザベスさまに好かれたいです! あの方みたいに、エリザベスさまに愛されたいんです……っ」
そう言ってジェシカがその美しい緑の瞳からポロポロと涙を零す。
クリスも、少年独特のふっくらとした頬にツツーっと綺麗に涙を流している。
ひょっとして。
ひょっとしなくても、アランさまとの会話を、聞かれていたようだ。




