12-1
エドンの東――リュウセイの広野。
広野を住処とするウサギが駆けている。だが、突然立ち止まると、耳を立てて周囲を見渡す。
鳥と獣の鳴き声と、風の音だけが支配する空間に、低く唸る音が聞こえてくる。
視線の先、薄緑の絨毯に轍を引きながら、電動ローバーが走っていた。
西から東へ――エンドからコロニーへ、乗っているのはユートとケラウス、そして運転席のドリーだ。
エドンでの一件の後、ユートはコロニーからローバーを呼び出した。
ウエの館でケラウスと合流すると、慌ただしくコロニーへと戻ることになった。
荷台にはムラマサから預かった修理する金属製品。これを修理して数日中に持ち帰る必要がある。
とは言っても、コロニーの設備であれば修理は容易である。それは事前にシーナにも確認済みである。
『宇宙に鉄の塊を浮かべる私たちの文明の力を見せつける時ですね』
シーナからの通信は非常に前向きであった。
道程は順調。日が沈む前にはコロニーへと到達するだろう。
そんな中、ユートはどこかボーっとした顔で空を見上げていた、
「……」
「気の抜けた顔をしてどうしたんだ?」
ケラウスに言われ、慌てて振り返る。本当に気を抜いていたようだ。
「いや、なんかコロニーに戻れることにホっとしてて」
ぽつぽつと、どこか纏まらない自分の感情を口にする。
「今までも任務とかで長くコロニーを開けることはあったけど、行って帰ってきたな~くらいで、何も感じなかったのに」
ユートもまだ若いが、完全に庇護される子供ではない。安住の地を離れることは何度もあった。それでも、少しずつコロニーが近づいて来ることを感じると、張り詰めていた感情が緩んでいくのが分かった。
「ん、そりゃあ色々あったからな、知らず知らずのうちに家が恋しくなったのかもしれん」
「家って言う意味なら、俺たちはずっと遠くに来たっきりだよ」
「それもそうか」
ユートとケラウスは二人、空を見上げる。未だに青い空ではあるが、ユートが来たのは遥か星空の向こうなのだから。
「なあユート、元の世界に帰りたいと思ってるのか?」
ケラウスの質問に、ユートは僅かに返答に迷う。
「出来ることなら帰りたい、とは思ってるかな」
酷く実感のない言葉だ、と口にした本人ですら感じた。
「出来ることなら、か。絶対ではないんだな」
ユートは頷いた。
「……俺にとって故郷と呼べるものがあるなら、それがコロニーだったから。
コロニーも一緒にこの世界に来ている今の状況だと、どこに帰りたいのか、分からなくなる」
「ま、悩むだけの時間はあるさ……」
運転席のドリーがちらりとユートを見る。ユートは微笑んで大丈夫だと伝えた。
「だが、すぐに帰る方法が見つかる訳ではないんだな」
「それは間違いない」
それは、事実であった。
(何せ、手がかりのエインシアが勝手に消えたから)
突然この世界にやってきたユート。来た方法も分からなければ、帰る方法も分からない。
唯一、手がかりを持っていた長耳の女性は、好き放題言って消えてしまった。
「一つ、提案がある」
ケラウスは、そこで一度息をのむと、真剣な瞳でユートの顔を見る。
「正式に、魔法を学んでみないか」
ユートは黙って話を聞く。
「俺の見立てでは、お前は間違いなく魔法使いの素養がある。それも、風とか雷だとか既存の属性とはかけ離れた力だ。
この世界で生きていくのなら、自分が出来ることを知っておいた方がいい」
ユートは頷くと、即座に返事をした。
「わかった。お願いします」
悩む必要はなかった。今までも魔法による現象は見て来たし、基礎的な内容はライカからも聞いている。
ワンドガルドにおいては確立された技術ではあるし、何も怪しいものはない。
むしろ、ユートから頼むことを考えた程だ。
「よし、ひとまずは拠点に戻るところからだな」
ケラウスは拳を叩くと、嬉しそうに言う。
「心配すんな。お前さんは間違いなく一流の魔法使いになれるよ」
◆◆◆
夕暮れの頃、ようやくコロニーの地上拠点が見えて来た。
「……ふう」
ユートは思わずため息を吐いたのは、無意識のうちだった。
「ユートさん、見てみて!」
ドリーの視線の先に、人の影が見える。
「ユートちゃぁぁぁーん!!!」
ライカが手を振って走ってくる。もうすっかり元気になっていたようだった。
ローバーは速度を落とす。ユートは草原に着地すると、ライカに歩む寄る。
「おかえりなさい、ユートちゃん」
「……」
ライカの一言を聞いた時、何故かユートは言うべき言葉が出てこなかった。
「どうしたの? 疲れたの? 大丈夫?」
「いや……」
ただ、自分の中に浮かび上がった感情。
嬉しい――それ以上に、安心していることに、戸惑っていたからだ。
「ただいま」
それに応えるのは、ライカの笑顔だった。




