11-11
東の果てから太陽が昇る。黎明の光が水鏡の水田に反射し、獣たちが目覚める。
鴇の音とともに、エドンの街に朝を告げる鐘が鳴り響く。
ユートがこの地に来てから三度目の朝の鐘。人々は今日も目覚め、町中に散っていく。
知人と顔を合わせ、挨拶をする。そして、他愛もない言葉を交わす――
――聞いたか、昨日の晩の北区での騒動――
その話題は、昨晩の騒動。
北区に潜伏していた悪党どもが、流れの戦士たちに、たちまちのうちに倒された、と。
新手の冒険者と言う人も居れば、密かに権力者に雇われた特殊部隊が活躍したとか、好き放題に言っている。
――ま、なんにしたって悪いことは出来ないね――
――たとえ隠れていようと、泣いている人が居るのなら誰かが手を差し伸べるんだから――
さて、当の本人たち――ユートとクラマは――
北区のウエの屋敷で今も眠っている。
昨夜の大立ち回りで疲れた二人の寝坊を、ウエとケラウスは何も言わずに見逃していた。
◆◆◆
太陽も半ばまで登ったころ、二人は遅めの朝食を食べた。
その後、装いを正すと外へ。目的地は、中央区のムラマサ工房。
ムラマサ工房には、朝から人が集まっていた。
「昨日俺が来た時は、本当に火が消えたみたいだったのにな」
「はぁ~信じられないね、これだけ人が集まる場所だろ? 案外、みんな様子は伺ってたんじゃないか」
「……そうかもしれない」
ユートは忙しく走り回る人の顔を見る。そこに、どこか見覚えがある。昨日、この周辺に来た時に無意識にすれ違っていたのだ。
今、出入りしているのは工房の従業員たちだ。彼らは脅迫が行われた後、休暇を言い渡されていた。けれど、心配で様子はうかがっていたのだ。
「人質になってたのは家族と一部の住み込みの従業員だっけ。よくもまあ、五人も拘束するだけの数が居たよ」
昨日打倒した悪党どもの数を思い返すと、ユートは頭が痛くなる。
「アタシが十八人、ユートが十六人だっけ。アタシの方が多かったね」
「クラマは容赦なくぶっ飛ばしたからでしょ。こっちは加減して戦ってたんだから」
「金属の棒を振り回すアンタが言う?」
お互いに悪い顔をしながら工房の中に入っていった。
◆◆◆
二人が工房に入ると、すぐにムラマサがやってきた。
顔には僅かに擦り傷が残っている。
「おう、二人とも来たか。ケラウスは?」
「ケラウスはウエ様と一緒に後始末だって」
大人には大人のやることがある、と朝早くからロウ・ジュ―に絞られていた。
「で、アタシはその邪魔になるからってこっちに来たってわけ」
ユートたちが眠っている間も、ウエとケラウスは何やら話し込んでいたようだった。権力者の手の届く範囲での事件である、それも大人数での犯行なのだから、その忙しさはユートもクラマも十分に理解していた。
「火の匂いがしますね」
埃や燃料が燃える時の乾いた匂いに、ユートは気が付いた。
「おう、アンタたちのおかげで工房も再開できるってもんだ!」
室内の温度が明らかに違っていた。出入りする人々の声にも熱がこもり、空気だけでなく人の感情も回り始めていることを感じさせる。
「もちろん、ユートさん、アンタの仕事についてもな」
「ええ、今日はその交渉に来ました」
ムラマサは懐から一枚の書状を取り出した、そこにある筆跡は、ウエのものだった。
「ああ、概要は朝にウエ様の遣いから聞いてる」
「それは助かります」
改めてユートは自分たちがやりたいことを伝える。
エドンの地で仕事を見つけたい。歩いた結果、金属の加工業者が足りないのではないか、と。
「前にも言ったが、金物の加工は常に手が足りてない。こっちとしてもありがたい――が、そこは仕事だ」
ムラマサの顔には、いつの間にか職人の険しさが乗っていた。
「半端な仕事をする奴に任せるわけにはいかない。まず、工房からの依頼を受けてもらおう。その結果次第で、客からの依頼も回す」
「了解しました。こちらとしても異存はありません」
ムラマサはニヤリと笑うと、従業員に顎で合図をする。
従業員は奥の部屋に入る。中から金属がこすれる音がする。
暫くして、両腕に金属製品を抱えて出て来た。
「うーん、穴の開いた鍋に壊れた柵、よくもまあため込んだね」
クラマが呆れたように言う。
「工房で使って壊れたものだ、まずはこれを修理してもらおう」
ユートの目の前に一斉に金属製品が置かれる。ユートは一瞥すると、口端を持ち上げる。
(この程度でいいのか。口ではああ言ってるけど、助けてくれた恩もあるのかな)
ふと見たムラマサの髭面が、嬉しそうに微笑んでいることをユートは見逃さなかった。
「承りました。期限は?」
「一週間だ」
ユートは首を横に振る。
「四日あれば十分です」
「言ったな。男は見栄を張ったのなら張り通さなきゃならん。それまでに頼むぞ」
ムラマサはユートの肩を叩く。
厳しい言葉を投げつつも、その瞳は期待に満ちていた。
「それと、これは仕事とは関係ないんだが……」
ケラウスの顔から、職人特有の険しさが抜ける。
「改めて、二人ともありがとう。金物で困ったのならウチに来てくれ、何時だって力になる」
◆◆◆
ムラマサに見送られ、ユートたちは工房を出た。
二人とも両手に壊れた金属製品を抱えている。
「クラマありがとう、一人だとさすがに何回かに分けないといけなかったからさ」
「いいってことよ。一応、アタシもアンタたちに助けられたようなもんだからね」
快く応える少女に、少年は僅かに微笑む。
「そう言えば、クラマは旅をしてるって言ったけど、これからどうするの?」
「暫くはエドンに滞在するよ。ウエのダンナが、アタシの腕を見込んで雇いたいって言うんだ」
ウエはクラマの能力を買っていた。それに、人間的にも真っ直ぐな気質の彼女を気に入ったのだろう。
「ま、昨日みたいに厄介ごとの戦力ってコトだろうね」
またあの覆面をつけて荒事に介入する。そう考えると、ユートは思わず苦笑いをしていた。
「でも今日はお休み。まだ用事があるなら手伝うよ。恩もあるし、アンタのことも気に入ったしね」
「いや、それは」
遠慮するユートの顔をクラマは覗き込む。
「遠慮するなって。アンタが遠慮しようが、アタシは何かあった時にユートの事を容赦なく頼るよ」
「それじゃあ、遠慮したら割が合わないや」
納得したのか、諦めたのか、ユートは遠慮を捨てる。
「一ついいかな」
「おう、何でも言いな」
両手がふさがっていなければ、力強く腕を振っていただろう。
「これから姉――姉弟子にお土産を買おうと思うんだけど、それを選ぶのを手伝って欲しいんだ」
一人、残すことになったライカ。その彼女が、少しだけ言った我儘を果たすため。
気の利いたお土産は、女性であるクラマの方が明るいだろう。
「姉、姉ねえ……へへ、アンタも中々気が利くね」
クラマは悪い顔をすると、含み笑いをした。
◆◆◆
少年たちはエドンの街に消えていく――溶けていく。
東の果ての地。遠い昔にウツロブネに乗ってやってきた人々によって拓かれた果ての街。
今もまた、多くの人々を受け入れ、営みは育まれていく。
――しっかり、アンタも女に贈り物をするんだね――
雑踏の中に、新しい音が混ざっていく。
――人のことを朴念仁と思ってたのか、それとも気遣いも出来ない男と思ってた?――
――さ、どうだろう――
少年と少女の他愛もないやりとりは、当たり前のように人々の声に埋もれていく。
それは当たり前。この街は、遠い世界からの旅人だって受け入れて一つにしていく。
その中に――遠い星の空からやってきた少年も加わった、と言うだけの話なのだから。




