幕間 11-9.5
誰かの嘆き声が聞こえる。
誰かが苦しんでいる。
誰かが助けを必要としている。
少女――クラマにとって、行動をする理由はそれだけで十分だった。
だから、今、異邦の街をムラマサと一緒に駆け抜けているのも、彼女にとって至極当たり前のことだった。
「ほらほらムラマサのオッサン! 遅れてるよ!」
「無茶言うな! "鉄砲"玉みたいなお前さんについていくだけでもせいいっぱいだったのに!」
実意のところ、クラマはペースを落としている。だが、追いかけるムラマサは全力で、息も荒い。
(鉄砲玉――ここでも、か)
何度も自分に向けられた言葉に思わず苦笑いをしてします。
鉄砲玉――それは、彼女が異邦の地だけでなく、地元でも何度も言われてきた言葉だからだ。
正しくないと感じれば、即座に手よりも口よりも先に、足で踏みだす。そんな彼女を見て、地元の仲間たちは最初は飽きれ、時には怒り、最後には笑ってくれた。
――正しいと感じたことを即座に行動を起こせるのは、クラマの長所であり短所でもある――
そう諭す大人たちの声は静かで、瞳は優しい。
――だから、正しいと思う行動だけでなく、正しいと思える結果を得られるように努力をしなさい――
――そうでなければ、クラマは放たれた鉄砲玉のままで終わってしまうから――
修行に向かう前に言われた言葉が蘇ってくる。
自分は、正しいと思うことをしている。だけど、その先はどうだろうか。
そう考えられるようになっただけ、マシになったと自分に言い聞かせながら、夜道を駆け抜けた。
◆◆◆
エドン北区――
繁華街から程遠い住宅街は、既に人通りも少なかった。
「オッサン、隠れ家の廃屋に心当たりはある?」
「ああ、おそらくは北西の堀沿いにある館だろう。少し前から誰かが出入りしてたのか、鉄柵に異常があると言われていた」
そこは、昨日にユートが街の人たちに壊れて修理をした場所であった。
「ついてこい」
「それはいいけど、もうちょっと早く走ってよ」
「無茶言うな!」
クラマは速度を落として先をムラマサに譲る。
若干ペースを落としながらも夜道を走る。
やがて、人家の灯りも遠くなったころ、目当ての廃屋が見えてきた。
「見なよ、うっすらと灯が漏れてる」
廃屋の朽ちた壁の隙間から、僅かに光が漏れていた。注意して見なければ気が付かない程のうっすらとした違和であるが、クラマは見逃さない。
「気を付けろ、ここから先は慎重に――」
「いや、遅いみたいよ」
クラマが指をさす。廃屋の扉が明け反たれて光が一斉に照らすと、武器を持った男たちが飛びだした。
思わずムラマサは一歩後退る。だが、クラマは違った。
「4、5! よし!」
人数を数えると、一も二もなくクラマは飛び出した。
踏み込んだ足元から黄金の粒子が巻きがると拳を風が纏う。
「吹っ飛べ!」
一瞬にして拳の間合いに踏み込むと腕で薙ぎ払う。すると、突風が生まれた。
「なッ――」
武器を振るうことも許されず、無法者たちは一瞬で吹き飛ばされる。そのまま勢いのまま大地を蹴ると跳躍。廃屋の壁を蹴破った。
「なっ!?」
中で待機していた男たちが驚き、声をあげる。
その数は十を超えている。
「よくもここまで潜んでたもんだね」
呆れたの感心したのか、涼しい顔をして口笛を吹く。
「ま、アタシのやることは変わらない! 悪は苦しめっ! 苦しんで後悔しろっ! たとえ月の光から隠れようと、このテン・グーの瞳からは逃れられやしないよ!」
「勝手なことを!」
血気に逸る男が前に出ようとする。それを、制止する声があった。
「待て! これを見ろ」
男たちの後ろから、また一人――いや、二人出てくる。
一人はいかにも無法者と言ったみすぼらしい男。それに連れられているのは、背中で手を縛られた少女だった――
「あ、あれは!」
ムラマサが驚愕の声をあげる。
「ハハハ、ムラマサはそうそう手を出せないよな。ここに居るのはお前の娘だ」
クラマも足を止め、状況を窺う。一歩踏み出せば一撃を見舞えるが、それよりも早く人質に危害が及ぶだろうことは理解できた。
「はっ、人質とはどこまでも見下げ果てた奴だね」
「悪いのはお前らだろ。手を出したらこの娘がタダじゃすまない――と忠告しただろうに」
「脅しだろ!」
周囲に男たちが薄ら笑いを浮かべる。クラマの後ろに立つムラマサは、唇をきつく結んで黙り込んでしまう。
「だが、どうする? 手を出そうってのかい?」
「……ちっ」
舌打ちをし、拳を解く。それが意味することを理解すると、男たちが一斉に顔を崩す。
(どいつもこいつも、下衆極まりない)
心の内で舌打ちをした。
「お父ちゃん、アタイは大丈夫だから!」
娘の悲痛な声に、親はただ沈黙で応えるしかなかった。
男たちは勝利を確信し、じわじわとにじり寄ってくる。
「お前みたいな考え無しの正義の味方ってやつは御しやすい」
悔し紛れの言葉も出ず、クラマはきつく唇を噛む。
――どうするか、クラマは考える。
(一瞬でも隙があればいい。そうすれば、アタシの拳は届く)
だが、その手が見つからない――
――そう、クラマだけでは手がなかった。
「クラマ、"合わせて!"」
少年の声が届いた。
――なんとかなる。なんとかする。確信に満ちた自信が溢れている。
瞬間、クラマは踏み込む。
――ユートの声が、その背中を押した。




