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11-2


 角を一つ曲がれば景色は変わる。十分も経てば見知らぬ顔が歩いて来る。

 それは、ワンドガルドでも変わらない。

 ユートは南区から東へ、早朝から仕事を始める時間になる。道行く人の数は増え、大通りが見えてくる。


(さすがに普段着とは言えない人が増えて来たな)


 道行く人々の装いも変わってくる。昨夜入って来た東区は着流しのような軽めの服を着ていた市民が多かったが、西では旅人が使うような外套やしっかりとした造りの靴の人が増えてくる。なにより、皮の鎧や帯剣をした人間もいる、市民と言うには厳つい人たちも歩いていた。

 通りの遥か先、街と外とを分ける城壁から鎖が引かれる音がした。見ると、跳ね橋が降りて馬車がゆっくりと進んでくる。荷台には布が被せられているが、こんもりと盛り上がっており、多くの物資を乗せていることが見て取れる。

 それが、何台も続いていた。その横を旅人と思わしき人々が歩いている。若い男もいれば女もいる。項垂れた青年もいれば、ギラギラとした顔をした壮年の男もいる。


「人と金が流れる場所、か」


 ウエから言われたことを改めて思い返す。

 夜の大通りとはまた違った熱気。市民の熱気とは違う、ギラギラとした野望に燃える人々の熱気が集まっている。

 その熱気に惹かれたのか、ユートは注意深く街の様子を追いかける。


『ユート、申し訳ありませんが、カメラを周辺の建物に向けてもらえませんか?』

「わかった」


 シーナの通信に応じると、胸の通信機を外す。そのまま手に持って周辺の建物に対してカメラを向けた。同時に、ユートも観察を続行する。

 建物の様子も東と異なり、木造だけでなく石造りの建物が混ざってくる。さすがに造りのしっかりしており、塗装のされた外壁に磨かれたガラス窓。窓ガラス越しにはうっすらと照明の灯りが見える。

(ウエ様の館でも照明は十分に行き届いてた。同じような物が広く普及しているんだろうな)


 ユートはゆっくりと通信機を動かしながら観察する。ふと、看板が目に入った。


『うーん、ワルドガルドの言葉ですね、当たり前ですが』


 当然であるが、看板に書かれている文字はコロニーとは異なる。


『ユート、読めますか?』

「ああ、ライカから借りた本を読んでいる時と同じだよ。目に入ってくるのは線の集合体なのに、頭の中で意味が組み立てられていく」

『なるほど……幸い、私も提供された現地の本から学習した言語能力で翻訳は出来ますが、念のため口に出して確認をお願いします』

「わかった」


 ユートは道の脇に並ぶ建物の看板を読み上げていく。


「まず、通りの真ん中あたりにある一番豪華な建物が『東大陸通商組合』、その隣が『エドン陶器職人』――」


 一つ一つ読み上げていく。


「それで、次が――」


 七つほど読み終わったころ、ユートの読み上げる声が止まった。


『どうしましたか、ユート?』

「シーナもよく見てみて」


 ユートが通信機のカメラを向ける。すると、シーナは小さく唸った。


『なるほど、改めて確認をしたいのですが……あれは、『漢字』で間違いはありませんね』

「ああ、間違いない。漢字で『由者』と書かれている。目で見ている情報と頭の中で翻訳された情報が一致しているから間違いない」


 通りの西側にある、二階建ての木造の建物。敷地の門に掲げられた看板には、確かに地球で使われていた漢字が掲げられている。


「もうちょっと近づいてみようか」

『そうですね、興味を持ったものに対して行動をするのも悪くないですが、地球に所縁のある施設であるなら、我々が有利に接触できる可能性があります』


 ユートは胸に通信機を付け直すと、早足で歩き始めた。


◆◆◆


 目的の建物の前に着くと、新ためてユートは周囲を観察する。

 正面の中庭を挟んで三方に広がる大掛かりな建物。派手さはないがしっかりとした造りをしている。

 中庭には石畳の道が引かれており、中央で十字に交わって四方に広がっている。壁沿いにはベンチやテーブルが設置され、朝早くから多くの利用者が居た。


「……みんな、帯剣してるね」


 その利用者たちは、一様に何かしらの武器を装備していた。護身用と言うには物々しい剣や槍、そして杖。着ている服も派手な装飾のない動きやすそうなものだ。


『武装をしていますが、彼らの表情には攻撃的な様子はありませんね』

「ああ、笑いながら話しあってるよ」


 中には食事を始めている人々もいる。

 ここは何であろうか、ユートは疑問を浮かべながら、周囲を見る。

 その中で、一人の人間の後ろ姿を見つけると、引っ掛かりを覚えた。


(茶色のトゲトゲの短い髪……やせ型だけどがっしりした肩……あの後ろ姿、どこかで見覚えが)


 ちょうど、件の男性が振り返った。その顔を見た時、ユートは何故自分が気になっていたのかを理解した。


「ザックさんだ」


 ――ライカと出会った日に、一緒に草原でスライムと戦っていた青年。その顔と完全に一致した。

 ザッツもユートに気が付いたのか、手を振りながら走ってくる。


「ユートだよな、久しぶりだ」

「こちらこそザッツさん」


 お互いに壮健であることを確認する。


「ライカはどうしてる?」

「今日は広野の方で留守番です。俺だけが所用でエドンまで来ています」

「なるほど、それはこの冒険者ギルドへか?」

「冒険者?」


 思わずオウム返しで聞き返した。


「そっか、お前さんは外の世界の人間だから、知らなくても無理はなかったな」


 すまない、と小さく謝罪をする。


「冒険者ってのは、定住せずに各地で仕事を請けて旅を続ける、俺たちみたいな奴の呼び方さ。モンスター……危険生物の退治や、物資の運搬。そんな仕事をしながら生きてるよ」


 一通り聞き終わると、ユートは頭に浮かんだ疑問を口にする。


「それって傭兵とか旅人じゃないの?」


 ユートの質問に、ザッツは首を横に振る。 


「違うな、俺たちは兵士じゃない。この剣を振るう理由を自分自身で決める。特定の土地や主に縛られずに『自』分の生き方に『由』を預けるってことだ」


 ユートは自分たちの世界での職業に当てはめて考えてみる。

 兵士――職業的な軍人とも違う、もっと個人に寄った立場の人間。


(フリーター……いや、専門性を持ってるのならフリーランスと言った方がいいのかな)


 個人で契約をして仕事をする存在。傭兵と言えばそうだが、ザッツの語り口を考えると明確に違いがあるようだ。 


「そんな難しい顔するな。要するに根無し草のロクデナシってんだからよ」


 知らず知らずのうちに、ユートは考え込んでいたようだ。


「お前さんも冒険者として仕事をしているのかと思ったが……その様子じゃ違うみたいだな」

「うん、そうなるかもまだ分からない……」


 歯切れの悪い返事だった。


「……俺は一人じゃないから、難しい」


 仮にユートは個人であるのなら、もっと冒険者と言う職業に踏み込んで聞いていたのかもしれない。だが、個人での仕事でしかない稼業では、彼が目的とする、コロニー全体を社会に繋ぎ止める役割にはならない。


「そっか。お前くらいの実力があれば、いい冒険者になれると思うが……ま、余計なお世話か」


 ザッツは少しだけ残念そうに言う。

 僅かに、居心地の悪い沈黙が場を支配する。

 何か話題は無いか、周囲を見渡すと、門が目に入った。


「あの、よければ、この『由者』ってなんだか教えてもらっていいですか?」

「お、そうだな」


 二人、看板に掲げられた地球の言葉を見上げる。


「『由者』≪ユウシャ≫ってのは、この土地で使われる冒険者への称号だ。自らの生き方に『由』を貫く侠気をもつ冒険者――」

「それが、『由者』か……」

「そういうことだ」


 異星の地に残された言葉。多くの言葉は現地の文化に飲み込まれて消えていったのだろう。

 だが、それでも残された地球の残滓を、ユートはどこか誇らしく感じていた。


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