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11-1


 エドンの朝は、古びた鐘楼から響く鐘の音から始まる。

 この地で最も高く、そして最も古い塔から朝を告げる音色が響き渡る。

 黎明の空に響く重い鐘の音は、ひと突きで働き者を起こし、ふた突きで鶏たちを起こす。つられて鶏たちが一斉に鴇を告げると、老いも若きも目覚めると言われている。

 ウツロブネが訪れる前からの言い伝え。それを示すように、鐘の音を合図に人々が姿を見せる。

 街の中央――旧市街の中央に佇む石造りの塔を中心に、街が目覚めた。

 職人たちが朝の支度のために走る。夜遅くまでにぎわっていた大通りを行く人の数はまだ少ないけれど、熱は完全に失われていない。


 ――昨夜の騒ぎを覚えているか?――

 ――もちろん、山から降りて来たじゃじゃ馬娘と妙な武器を使う剣士の戦いだろ――


 朝の人々の噂話は、昨日の大勝負。突如発生した決闘の内容。


 ――どうにも、ケラウスの弟子が関わってるらしいぜ――

 ――はは、それじゃあ組合の連中もソワソワしてるだろうな――


 耳を立てずとも聞こえてくる噂話。それを、気恥ずかしそうに顔を伏せがちに歩く一人の少年――ユートが居た。


『大人気ですね、ユート』

「あんまり目立つつもりはなかったんだけどなあ……」


 別に悪いことをしたわけでもないが、人が自分の話をしている。ユートはその状況を気恥ずかしく感じてしまう性質であった。


『悪行の結果で名前が広がった訳ではありません。もう少し堂々としていたらどうですか?』


 道行く人々からの評価は、概ねユートに対して友好的であった。


「突発的に暴力を振るったんだから、悪い噂が流れててもおかしくないのにな」

『そこは正当な理由があったと判断されたのでしょう』


 異邦人が街中で戦闘行為を行う。本来なら咎められて当然の行動であるが、ユートはあくまでクラマの暴走を止めるための行動であったし、事後の判断をエドンの秩序に任せることを決めた。少なくとも、それを咎める人間は出てきていない。


『この際だから言っておきましょう。ユートはこの先もコロニーの代表として行動するのですから、衆目に対して慣れるべきです』

「代表か……」


 その言葉の重みを嚙みしめるようにつぶやいた。


(今まではコロニー連盟がそこら辺は便宜を図ってくれてたけど、ワンドガルドじゃそうはいかないからな)


 コロニーで動ける人間は自分だけ。地球圏――少なくともコロニー連盟の中ではそれは共通の認識であり、組織からフォローはされてきていた。だが、今はユートがコロニーの方針そのものを決めなければならないし、昨日のように権力者と面会をする必要もあった。


『代表が顔を伏せながら大通りを歩くなんてあってはならないのですから』


 その言葉に、もっともだとユートは頷いた。


「そうだね、分かった」


 顔を上げて前を見る。朝の空気は透き通っていた。空には雲一つなく、文句なしの快晴だった。


『さて、改めて状況を確認しましょう。現在、私たちはエドンの西地区に向かって移動しています』

「ああ、西へ続く街道へと続くこの街の看板。もっとも人の集まる場所」


 ユートたちが昨夜通って来たのは東の大通り。西から中央の旧市街を挟んで伸びる市街地も大いに賑わっていたが、東へと向かう人は少ない。エドンにおいて、大規模な金と人の流れがあるのは、西の地区である。


 ――金を稼ぎたいのなら、人の流れを知る方がいい。物や人が流れる場所では金も流れる。必ずや、儲けの手掛かりがある――


 とは、ウエの言葉である。

 昨夜、面会を終えた後にこの街での商売について相談をしたところ、そう助言を貰った。


 ――もちろん、お主たちの商売について商工会に話を通す際に後ろ盾にはなろう。だが、売れない商売で損を出すかまでは保証は出来ぬからな。必要な地に必要な物を。それが『商』の基本であろう――


 金を稼ぐことに失敗をしたのなら、その責任はユートが負う。何をするか、それを見極めるために街と人を知れと言った。


◆◆◆


 それは、昨夜のウエとの会見の後のこと。


 東の果ての土地利用を認められたあと、ユートはこの街に暫く滞在したいと申し出た。

 ウエは、ユートがエドンの街に留まることを快く受け入れてくれた。その際、滞在中は自分の屋敷を宿として使っていい事も付け加えて。

 あまりの好条件に思わずユートは驚いたが、ケラウスが言うところ、旅人の世話を焼くのは別に珍しい事ではないらしい。

 現に、ユートとはまったく関係ないクラマも自分の屋敷に滞在させているほどだ。


 ――なあに、食客の一人や二人増えたところで文句を言う程貧乏ではないからな――


 そう言う問題ではない、と口から出かけたが、堂々と言い放たれた言葉を前に吹き飛んでしまった。


 ――して、何を目的とする? 余計な事ではあるが、ただの観光と言う話ではないだろう。


 見透かされたような問いかけに関心しつつ、ユートは包み隠さず理由を話す。

 理由はこれから活動する資金を手にするうえで、安定した収入を得る方法を探すため、と。


 ――ふむ、ロゼ・マナタイトを買い取る価格だけでは足りないか?――


 ユートは首を横に振った。ウエから示された価格は、一人の人間が半年は暮らせるほどの金額であった。冗談かとユートは聞いたが、ケラウスからしてみればまだ安いくらいだと言う。

 だが、それでも不十分だとユートは言う。


 ――自分一人ならいいけど、一時的な収入だけじゃだめだ。この先コロニーのみんなが目を覚ました時、生きていける手段を手に入れないといけない――


 コロニーで未だに眠り続ける人々。彼らが起きた時に、社会から隔絶されたままではいけない。仕事とは、金銭を得るだけではなく、社会に加わるための手段である。

 生きる、だけなら今のユートでもすぐには困らない。幸いにしてコロニーの機能は大部分が生きている。だが、いつ故障するかも分からない。その時に自前の資源だけでは立ちいかなくなる可能性がある。そして、最悪の場合コロニーを捨てる可能性がある。その時に、ワンドガルドから隔絶された状態では未来はない。

 なにより、ユートは多くの存在を背負っている。自分一人が生きられるだけではダメなのだ。


 少年らしからぬ理由に、ウエは少しだけ険しい顔をしたが、すぐに笑い。


 ――そうか、お主も苦労がおおいな――


 親身に助言を与えたのであった。


 そうして翌朝――

 別行動があると言うケラウスと別れて、ユートは街へと出た。

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