10-11
名乗りを上げた偉丈夫を前に、ユートはただ静かに頭を下げた。堂々とした立ち振る舞いを前に、自然と体が動いていたのだ。
(まさか、あの市場で場を治めた人が太守だったとは……)
顔を上げて、改めて顔を見る。言われてみれば力強い眼差しは市場で見た時と全く変わらない。
――むぐっむぐあがむぐ――
ユートは思考を巡らせる。
(目の前の人はこの街の太守……時代や地域によって定義は異なるが、都市や地域の長を示す言葉だ。翻訳を通していることを考えても、エドンの有力者であることは間違いない)
ユートは口を開きかけて止まる。
(何を言うべきか、それ次第で最初の印象は決まる……俺たちは来訪者だ、まずは慎重に)
――あがっ、もがもがもが――
「太守様、名乗ることをお許しいただけますか?」
「ハハハっ、そこまでへりくだることはない。隣のケラウスのように姿勢を崩して気楽にするがいい」
ユートは思わずケラウスに視線をうつす。もちろん、ケラウスはそこまで姿を崩してはいない。意地の悪い冗談を前に、ケラウスは呆れたように溜息をついていた。
「まあ、慎重になるのも無理はないが……ユート、お前がしないといけないのは臣従じゃなくて交渉だろ」
「あっ……」
言われてユートは思わず声を出す。
(そうだ、自分はコロニーの代表としてここに来ているんだ。それも、降伏や服従のためじゃない、来訪者として挨拶をしに来たんだ)
ユートは目を閉じて短く息をはく。
そして、眼を見開いて、改めて言葉を発する。
「初めまして、お言葉に甘えて私たちの世界の標準的な挨拶でもって名乗らせていただきます」
ウエは頷く。それを了解と受け取ったユートは名乗りを続ける。
「私はユート、元の世界ではラグランジュⅣ7番コロニーに所属する一人の人間です。本来であれば太守様とお目通りがかなう立場ではありませんが、奇縁によりコロニーを代表してこの場に立たせていただいております」
――ごふっ、がふがふ――
「うむ。エドン太守ウエ・マツディラ、略式であるが、そなたを客人として迎え入れることを宣言しよう。仮に部下が偏見によってお主を排除しようものなら、すぐに我が耳に入れてくれ、必ずや力になろう」
「ありがとうございます」
「ははっ、そう畏まることはない」
――ごがががっ、ががっ――
「あー、それはいいんですが……」
ユートは開かれっぱなしの襖の奥を見やる。先程から、必死に抗議をするようにじたばたと暴れているクラマが怒りの形相で一同を眺めていた。
「あの子、いつまであんな感じで放置してるんですか?」
「はははっ、それもそうだな」
(はははじゃないんだけど……)
ウエは手を叩くと、襖が開いた。部屋の外で待機をしていたロウ・ジュ―が顔を見せる。
「ロウ・ジュ―、頼むぞ」
「ははっ」
そうして、ロウ・ジュ―はクラマが囚われている部屋の前に立つと。
「ごめんっ」
襖をしめた。そして、そのまま立っている。
「いや、閉めるだけですかっ!」
思わず声をあげると、ロウ・ジュ―はしれっと応じる。
「いやいや、これで不埒者の声は聞こえませぬぞ」
「そういう問題じゃないでしょ! 年若い娘さんを縛り付けたまま部屋の真ん中に放置するって悪い趣味に受け取られても仕方ないでしょ!」
「ホッホッホ、冗談でございますよ」
改めて、ロウ・ジューは襖を開けた。落ち込んで項垂れていたクラマは、すぐさま抗議を再開した。
「これこれ、そう暴れては戒めを解けませぬぞ」
◆◆◆
――数分後、ようやく解放されたクラマは、唇を尖らせていた。
「くーっ、やってくれるじゃないか。このアタシをどうするってんだ!」
ウエは抗議の言葉を笑って受け止めた。
「なあに、市場の同心に引き渡すのも面倒――いや、手間であったからな」
(翻訳のミスかなあ……意味変わってないよ)
その疑問を口にしないだけの分別はユートにはあった。
「なあに、ほとぼりが冷めるまで頭を冷やしてもらうまでだ」
「だからって、縛ったまま放置はないでしょ、放置は!」
今にも掴みかかりそうなクラマを前に、ウエは豪快に笑っていた。
「な、分かっただろ」
横で見ていたユートに、ケラウスは耳打ちをする。
「こういう男だ、豪快で強引、それでいて、見ず知らずの人間を受け入れる懐の広さ」
「勝手に連れてくるのは懐が広い、で片づけていいのかな」
「ま、それはそれだ」
とはいえ、ユートも半ば呆れながらも安心はしていた。
少なくとも、目の前の人間――ウエはユートの立場を知っても理不尽に拒絶をすることは無いだろう――豪快に笑う姿を見て感じ取っていた。
「見たところ、旅の身のようだな」
「そりゃそうさ。アタシは北のテン・グーのクラマ、修行のために各地を回ってるのさ」
「なるほど、なるほど」
ウエは頷くと、もう一度手を叩く。
「ロウ・ジュ―よ、とりあえず部屋に通しておけ」
「牢ではなくて?」
一瞬、クラマの瞳がギョッと見開かれる。
「なに、食客の一人や二人問題なかろう。連れて来た詫びもあるし、旅人の話は諸国の様子を知るうえで重要だ」
「そうでしたな。いいでしょう」
話を聞いていたクラマは、一瞬だけ考えこむ。だが、本当に僅かな間だった。
「まあ、アタシも旅の身で懐は寂しいからね、食えるんなら遠慮はしないよ」
現金な顔でニヤリと笑うと、ロウ・ジュ―に連れられて部屋の外へと出ていった。
部屋の中に残されたのはユートとケラウス、そしてウエだけだ。
「さて、改めてユートよ、お主たちの境遇についてはライカより手紙をもらっている。だが、改めて説明をしてもらえぬか」
「承知しました」
こうして、ユートは今までの経緯について語り始めた。
突然この世界にやってきたこと。
竜と遭遇し、東の果てに住処を整えてきたこと。
ライカとの出会い、その後にケラウスを目覚めさせたが、代わりに倒れたライカのためにマナタイトを探したこと。
「星の海からやって来た旅人か。まさか我が身がその姿を見ることになるとはな」
話を聞き終わったウエは、噛みしめるように言う。
「星の海からの来訪者など、ウツロブネの昔話にしか存在しなかった」
「それは俺たちも同じだ。まさか、目覚めたら目の前にいた少年がそうだとはな」
「然り」
大人二人は改めてユートの顔を見る。姿形はワンドガルドの少年そのもの。瞳だけは大人びているが、まだ幼さを残した容姿は、保護される立場の者と同じ。
だが、彼らにとってはそれだけではない。
「そして、エインシアに繋がるもの」
――エインシア――
その名を口にした時のウエの表情を、ユートは見逃さなかった。
重苦しく、神の名を語るような畏敬がこもった口調だった。
「赤龍聖ロゼルロンは、彼女が本物であるかは分からないと言っていました。けれど、近しいものではある、と」
それは、宇宙に居た龍も同じであった。
この大地に住む人間も、龍も、エインシアと言う言葉を前にすると身構えている。
「龍聖様が見誤るとは思えん。だが、そなたが接触した存在は、我々としても見過ごすことは出来ぬ」
ウエは立ち上がると、ゆっくりとユートの前へと歩む寄る。
そして、その大きな手を少年の肩に乗せた。
「何かあった時、お主たちの力を借りることになるだろう」
ユートは静かに頷くと、ウエは満足げに微笑んだ。
「そして、入植についてだが……」
「それでしたら」
ユートは腰に付けた圧縮ポーチから緑色の鱗を取り出す。すると、ウエの表情がたちまちに変わった。
「その深緑の鱗は間違いない、広野を支配していた亜竜のものではないか!」
ウエはユートから強引に鱗を奪うと、その質感を確かめるように何度も撫でる。
「ふむ……お主が広野の竜を倒したと言うのは、事実なのだな」
「ああ。市場でコイツの技量は見ただろう」
「そうではあるが……」
ケラウスの言葉にウエは納得をしつつも、疑問をぶつける。
「だが、龍は人の身の数十倍はある、一人で討伐ができるものではないだろう」
ユートが倒した竜はエクステンションマッスルの倍以上の巨体をほこった。それを武器を持っているとはいえ少年が一人で倒すとは想像が難しいのだろう。
「俺たちには十メー……メットルの巨大な人型の兵器があります。それに乗って戦って、勝利しました」
「ふむ……魔導鎧のようなものか」
(魔導鎧?)
聞きなれない言葉に、ユートは引っ掛かりを覚えた。だが、疑問を口にする前にウエは話を進める。
「まあいい。ケラウスの証明もあるのだ、疑う必要はない」
ウエは鱗をユートに渡すと、懐から一枚の紙を取り出した。
「それは」
「証明書である。東の果ての土地の所有を認める、な」
ウエは証書を差し出すと、ユートは両手で慎重に受け取る。
難しい文言とウエ・マツディラの言葉。確かに、土地の使用を認めるものであった。
「手紙の中でライカから頼まれていたのだ。お主たちがこの地に住まうことを公的に認めて欲しい、とな」
「そうですか」
ユートは旅先で出会った隣人の気遣いに静かに感謝をする。拠点に帰ったのなら、それをハッキリと示そうと決めた。
「東の果ての地は、竜の襲来によって人が住めない土地であった。障害である悪竜を倒したのであれば、その地に居を構えることに誰が異を唱えよう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
協力をしてくれたケラウス。快く許可をくれたウエ。そして、手をまわしてくれたライカに感謝を告げる。
「それと、ロゼ・マナタイトを手に入れたと聞いたが」
「はい、一部は持ってきています」
今度はロゼ・マナタイトを取り出す。室内灯の光に赤い光が混ざる。
ウエは鉱石の表面を撫でると、頷いた。
「なるほど、本物のようだな。後でロウ・ジューから話をするが、幾つか買い取らせてもらおう」
「え、いいんですか?」
驚くユートに、ケラウスは言う。
「な、持ってきた方がいいっていっただろ」
拠点を立つとき、ロゼ・マナタイトをもつように言ったのはケラウスだった。
「ロゼ・マナタイトは地上では希少な鉱物だからな。ユートも当座の資金が必要だろうから、ちょうどいいだろう」
「お金、か……」
その言葉に、ユートは改めて自分たちの問題を認識するのだった。




